素敵な二人・下③
独立商人を目指すオルドと、生まれつき左腕が無いグレーテル。
二人が出会ったのは、今から十年近く前。
まだ行商見習いだったオルドが、雇われていた商会の行商に付いて行った時、運悪く二十匹以上のゴブリンの群れに遭遇した。
仲間が殺され、または逃げ出す中、オルドも自ら剣を振るいつつ自前の魔石仕掛けの置物を囮に使ったりなどして必死になって走り回り、どうにか近くの山へと逃げおおせることができた。が、ゴブリンから逃げ回る際に負った背中の傷が思いのほか深かったらしく、助かったという緊張の外れから痛みと疲労が一気に圧し掛かり、意識を失った。
倒れていたオルドを助けたのは、山菜を採りに山に入っていたグレーテル夫妻であった。
グレーテルの父親はどうやら初歩的な治癒魔法が使えたようで、オルドの背中の傷を見てすぐに魔法を使って簡単に傷を塞いだ後、家まで運び込んでから医者を呼び、本格的に治療してもらったらしい。
それから三日三晩、オルドは眠り続けた。
「そんな俺を甲斐甲斐しく看病してくれたのが、グレーテルだったわけだ」
「こんなデカブツの介抱、グレーテルさんには大変だったんじゃないか?」
「まあね。でもまあ、デッカイ赤ちゃんだと思えばそう大した事じゃなかったよ。両親も手が空いている時は手伝ってくれたしね」
グレーテルはそう言うが、オルドの身長は百八十を越える。しかも意識がないとなれば、例え両親の手助けがあったとしても片腕のグレーテルにはさぞ荷が重かっただろう。加えて言えば、意識のないオルドの介抱には下の世話もあったはず。乙女がやるには恥ずかしかっただろうに。
「むしろ大変だったのはこいつが目を覚ましてからさ」
「おいおい、俺ぁそんなに迷惑掛けてないはずだろう」
「ああん? 何だいオルド、どの口が迷惑掛けてないって? だったらここからはあんたに代わってあたしがシヴァさんに語ってやろうじゃないか」
グレーテルが溜め息を吐き、オルドが目を覚ましてからの事を語り出した。
オルドがいかに手がかかる怪我人だったかを。
――オルドっ、アンタまた勝手に起き上がって! まだちゃんと傷塞がってないんだよ!? ――しょ、ションベンくらい一人でできらあ! っててて! ――ホラ見な! 気ぃ失っている間、散々面倒みてやったんだから今さら恥ずかしがるんじゃないよ! ――そんなん聞かされたら余計に恥ずかしいわ!
時に溜め息混じりに、
――ほら、包帯替えるの手伝ってやるから。――いいって。――あたしの体を気遣ってるのかい? ――違ぇよ。――じゃあなんなんだい。――……俺の腹の傷、結構深かったからよ。跡残ってるし。気持ち悪いだろ? ――……は~。馬鹿だねえ、オルド。――あいて! 思い切り背中を叩くなよ! 背中を! ――体の傷は男の勲章みたいなもんだろうに。むしろ誇りな! ――そ、そうか? ――そうだよ。だからアンタの勲章、あたしに見せてみな。そしたらあたしが優しく介抱してやるさ。――お、おう。
時に怒りを込めて、
――この馬鹿! だから勝手に起きるんじゃないっって何度言わせるんだい! ――だから! お願いだから! ションベンは一人でさせてくれよ!? ――でかいのはその図体と股間のナリだけで、気が小さい男だよ! ――おおお、乙女がナリとか言ってんじゃねえよ!? ――言わせたくないんだったら大人しく世話されな!
それでいて懐かしむように、
「ほんっっっとにアンタは、手のかかる怪我人だったよ」
「……うるせえ」
まるで掛け替えのない宝物を見せびらかすように、
シヴァに言って聞かせたのだった。
「ま、そんな感じだったね」
「……なるほど」
つまり、今の話は惚気だったわけだな? 俺はずっと二人のイチャコラを聞かされてたわけだな?
二人の熱気にあてられやさぐれたシヴァは唾を吐きたくなったが、乱暴に引きちぎったパンとともに飲み下した。
(まあ、仲が良い事は良いことだけどな)
なおも目の前でじゃれあう二人を見ながらそう思うシヴァであったが、
――おい兄ちゃん、そう言うグレーテルだけどよ、コイツも大概ひどいんだぜ? なんたって俺の一世一代の告白を信じてくれなかったんだからよ。――そりゃあ信じられないさ。それまではあたしに言い寄ってくる男なんていなかったんだからね。まあ、今でも言い寄ってくる男はアンタだけだけどさ。――つまり、俺の一人勝ちってことだな! ――臆面もなく恥ずかしいことを言ってんじゃないよ。――ダッハッハ! 赤い顔して言っても説得力ねえぜグレーテル!
いつの間にかじゃれ合いは、シヴァが目に入ってない様子のいちゃつきへと加速していった。
「……ごっそさん」
オルドとグレーテルが自分たちの世界から戻って来たのはそれから一時間後のことだった。
それから村に滞在していた数日間は、特筆すべきことは何も無かった。
オルドは持って来た雑貨を村人に売る。
オルドの商いをグレーテルが手伝い、代わりに、グレーテルに頼まれたことをオルドが手伝う。
村に滞在している間、二人は常に一緒だった。
大声を出し合い、笑い合い、食事を共にし、言葉を交わし、酒を交わし、酔いが回れば腕を組んで踊り、また笑い合う。
それはまるで恋人のように。
それはとても幸せそうに。
オルドとグレーテルは時間を共有する。
そんな数日間だった。
「それじゃ、また来るわ。それまで元気にしてろよグレーテル」
「オルドに心配されるまでも無いさね。アンタこそ、体に気をつけなよ、商人は体が資本なんだろ?」
商いも無事に終わり、商業都市ディンクに帰る日。
別れを惜しむふうもなく、二人は笑顔で言葉を交わしあう。
「それじゃあ、行くわ」
「ああ、行っといで、オルド」
オルドは最後にグレーテルと軽く唇を交わし、シヴァたちはトッケル村を後にしたのだった。
それから三日後の朝――。
シヴァたちは商業都市ディンクへと帰還し、冒険者ギルドで依頼終了の手続きをとっていた。
「――はい。シヴァ様からの報告は承りました。それでは依頼主のオルド様、今のシヴァ様からの報告に異論が無ければこちらの書類にサインをお願いします……はい、オルド様のサインを確認しました。それではこれで手続きは終了となります。お疲れ様でした」
受付けを離れた二人は、ロビーに併設されたバーへと移動し、適当な席に腰を下ろしながら簡単な朝食とビールを注文。
料理が運ばれてくる間、会話を交わす。
「兄ちゃんはこれからどうするんだ?」
「俺か? 朝食を取ったらそのまま簡単な依頼を取るつもりだが」
何事でもないように答えるシヴァ。
半分は異世界版モノレールであるニァーツでの移動とはいえ、片道三日の道程はそれなりに消耗するはずなのだが、シヴァには関係ないようだ。事実、シヴァの態度は強がりでもなく、本当にケロリとしている。
「……タフだねえ」
オルドが呆れ顔で返事を返すと同時、頼んでいた料理がビールと共に運ばれてきた。
ウェイトレスによってテーブルに置かれたのは、大皿。そこにうず高く盛られるのは、一口大に切られただけというシンプルな肉のみ。味付けもまた、塩と胡椒のみ。
だが、それが良いとシヴァは思っている。特にビールのお供には最高だ。
シンプル・イズ・ベスト。
変に気取っておらず、シンプルだからこそ、頭を空っぽにして味を楽しめる。また、パンチの効いたスパイスが、これまたビールに合う。
思えば、初めてこの世界に来て食べたのが、この料理だ。それ以来、シヴァはこの料理が大好きだった。
肉から立つ湯気に混じるスパイスの香りが、シヴァとオルドの鼻を抜ける。
ビールの泡立つ微かな音が、二人の耳をくすぐる。
――これは堪らない。
思わず無言になる。
大の男二人が、まるでお預けを食らった犬のように、唾を飲み込み、喉を鳴らした。同時に、二人の腹の虫も鳴った。
苦笑するシヴァとオルド。
シヴァはさっそくフォークを手にとりながら、もう片方の手でジョッキを持つ。準備は万端。
肉が先か、ビールが先か……悩ましいところだが、やはりここは肉からだろう。
そう思い、フォークを皿に伸ばそうとしたところで、
「兄ちゃん」
向かいのオルドが声をかけてきた。
フォークをそのまま肉に突き刺しながら、顔をオルドへ向ける。
そこには、神妙な表情のオルドがあり、
「ありがとよ」
そう言って、ジョッキを掲げた。
初め、何のお礼の言葉なのか判断できなかったシヴァだったが、それが依頼のことであり、グレーテルの体のことへの理解であったり、二人への応援のことだとすぐに察した。
なのでシヴァも自分のジョッキを掲げると、あえて軽く言う。
「ま、友人だから当然だな。というか、なんだその辛気臭い顔は。止めろ止めろ、お前には似合わんよ、そういうのは」
その言葉を受けて、オルドは表情を崩し、ニカッと歯を見せると、
「俺もそう思ってるよ!」
シヴァの掲げたジョッキに、自分のジョッキを勢い良くぶつけたのだった。
その翌日の夕刻、シヴァは自宅のリビングでくつろいでいた。
台所から漂うは美味しそうな料理の匂いと、天井からの照明を優しく曇らせる湯気。
料理を作っているのはもちろんリリィである。
彼女は今日もシヴァの家で料理を振るっていたのだ。
料理を待つ間、シヴァが思い出すのはオルドとグレーテル。二人の仲睦まじさ。ともすれば羨ましく思えるほど、二人の雰囲気は暖かかった。
「どうかしたんですか? なんだか顔がにやけてますけど」
トッケル村での数日間を思い出していると、台所から料理を持って現れたリリィが訊ねてきた。
「いや、ちょっと思い出していただけさ」
「……それって女性です?」
腰を下ろしながらリリィ。
まるで浮気を疑う恋人のような質問だなと、シヴァは苦笑しつつ首を横に振って答えた。
「半分正解、半分外れだ」
「えぇっと?」
「思い出していたのは、とある恋人だよ」
オルドが店を持つという条件こそあるが、結婚を約束しているのだから恋人と言っても問題はないだろう。
「へぇ、恋人ですか」シヴァの答えに満足したように頷き、「どんな感じの恋人たちでした?」とリリィ。
「そうだな……互いに互いの事を思いやり――」
グレーテルの腕になりたいと願い、一緒になろうと告白したオルド。
そんなオルドの重荷になりたくないと、自分の想いを殺して断ったグレーテル。
それでもめげずに告白を続け、そんなオルドの想いに応えたグレーテル。
「助け合って――」
村でのオルドの商いを手伝うグレーテル。
グレーテルの自主性を尊重し、彼女から介助を頼まれた時だけ手伝うオルド。
そのどちらも、阿吽の呼吸を見せた二人。
「どんな時も幸せそうに一緒にいたな」
村に居た数日の間に、二人は笑い合うだけでなく、口喧嘩も何度かしていた。
だけど、それでも二人は離れようとせずに、一緒にいたのだ。
あの雰囲気をどう表現したら良いのだろうか。
「まあっ! そういうのって、素敵ですねえ」
料理の載ったテーブルに肘をつき、ほぅっと息を漏らすリリィ。
「……ああ」リリィのその言葉が胸にストンと落ちたシヴァは「そうだな。本当にそうだ」と、ふっと笑い、彼女の言葉を借りてこう締めたのだった。
「とても素敵な二人だったよ」




