素敵な二人・中
――熱い。
体が、熱い。
まるで釜戸の近くにいるようだと、男は思った。
だが、それにしては視界が暗い。何も見えなかった。が、少しして自分が目を閉じているという事に気が付いた。
目蓋を開けようとするが、その目蓋が非常に重い。
どうにかこうにか目蓋を開けるも、見える景色は霧がかかったかのように不明瞭。ぼやけて何がなんだか分からない。
鉛になったかのような重い眼を必死に巡らせても、それは同じ。
それにしても熱い。体もだるい。
(風邪でもひいたか……?)
体が熱いのも、視界がぼやけるのも、風邪であれば納得できる話だ。
男は自身が発する熱から逃れるようと体を捻ろうと少し動く。途端、激痛に見舞われた。
「ぐ、ううぅ……」
あまりの激痛に声もまともにでない。本当なら大声で叫びたかったが、唇を開く動作だけでも痛みが全身を苛んだ。男は小さな声で呻くしかなかった。
だが、声は声だ。
男の小さな呻き声を聞きつけたらしい人物が、男の顔を覗きこみながら声をかけてきた。
「お、気が付いたかい? 行き倒れの商人さん」
女性の声だ。
(行き倒れの商人?)
恐らく自分のことだろう。確かに自分は商人だ。駆け出しだが。だが、行き倒れとは一体。
(……そうだ。俺は行商の途中、ゴブリンの群れに襲われて、それで……どうなったんだ?)
襲い掛かってくるゴブリンたちを必死にかわしながら逃げたのまでは覚えている。が、その後のことが記憶にない。
こうして生きているということは助かったのだろう。そして恐らく、この女性に助けられたのだろう。
であれば、この声の女性は命の恩人ということになる。
男は声の主を確かめようと、目を眇めた。
「なんだいそんな恐い顔して。べつに取って食ったりしないから安心しなよ」
女性が苦笑する気配。
(恐い顔は生まれつきだ)
そう言い返そうとした男だったが、口から漏れたのは呻き声だけだった。
「ほら、まだ安静にしなきゃ。あーもう、毛布も跳ね除けて。まるで大きな子どもだね! アンタは」
口調こそ厳しいが、明るい声。
今度こそ言い返そうとしたその時、ぼやけていた視界がふいに、鮮明になった。
男の目の前にいたのは女性。笑顔で男の布団を掛けなおす、男とそう歳の変わらなそうな十七、八の女性だった。
男はぽぅっと女性に見惚れた。
少しふっくらした輪郭にしっかりとした眉。目尻の下がった目。厚ぼったい唇。頬にはそばかす。
総じて言えば、女性はそう綺麗な顔立ちというわけでもない。
それでも、男は見惚れた。
文字通り、見て、惚れた。
「……天使だ……天使がいる……ここは天国か」
助かったと思っていたが、やはり自分は死んだらしい。
男の呟きを聞いた女性は、キョトンとした後で豪快に笑った。
「アッハッハ! 面白いこと言う商人だね、アンタ! あたしはそんな大層なもんじゃない。ただの村娘。村娘のグレーテルさ。それにここは天国でもないよ。トッケル村っていう、ただの農村さ」
「……トッケル村の、グレーテル……」
女性の名前は、男の胸に刻まれた。
「そう、それがあたしの名前だよ、行き倒れの商人さん」
「……オルドだ」
「んん?」
「商人さんじゃねえ……俺の名前は、オルドだ」
体を起こし、痛みを堪え、額に脂汗を滲ませながら、男――オルドは自分の名をグレーテルに伝えた。
必死の形相で名乗るオルドを呆気に取られながら見ていたグレーテルは、
「そうかい。良い名だね、オルド。ほら、今はもう眠りな。あとで美味しいスープを持ってきてやるからさ」
優しく微笑みながら、オルドの体をそっとベットに寝かしつけた。
グレーテルに名前を呼ばれた瞬間、オルドの心は歓喜に震えた。
生まれて初めての、一目ぼれであった。
(グレーテルと会ってから、もう十年近く経つか)
オルドは冒険者ギルドのロビーで回想に耽りながら、カウンターから戻ってくるEFⅩⅥ装備のシヴァの姿を見ていた。
「受付けを済ませてきたぞ。トッケル村へ出発しようか、オルド」
シヴァの問いかけに頷くと、オルドは床に置いていた大きなリュックを背負い、シヴァとギルドを出る。
最初に向かうのは、街の防壁内にある駅。
そこから異世界版モノレールであるニアーツに乗り、八つほど離れたシューカー駅へと行くのだ。
駅に着いた二人は切符を購入することなく、そのまま目的のニアーツへと乗り込む。
切符を購入しないのは、ギルド会員であればカードを持っているだけで自動で清算される仕組みになっているからだ。どこで乗り降りしたかは転落防止柵であるホームドアが記憶しているらしい。非接触型の定期カードと考えれば分かりやすい。
シューカー駅まではニアーツでも一日は掛かるらしい。途中、乗換えがあるので、そのタイミングで駅構内で一泊するという。
一泊する駅はディンクの街の駅のような華やかさはなく、田舎の駅といった趣きであった。要するに、侘しい。救いは構内に食堂やトイレが完備されているくらいか。
寝るのはもちろん、駅構内。周りにはシヴァたちと似たような人々がそこかしこで寝ている。オルドもシヴァの近くでいびきをかいていた。
冷たく硬い地べたに直で眠るのは多少きついが、存外にシヴァは楽しんでいた。なにせニアーツの駅は地上から十メートル離れた空中にあるのだ。そこから見える星空はなかなかに悪くない。マントを毛布代わりに包まり、星を眺めながら眠りに就くシヴァであった。
翌朝、始発に乗り込んだシヴァたちは、昼前に目的のシューカー駅へと着いた。
ここからトッケル村までは徒歩で二日。
この世界、モノレールに似たニアーツはあるのに、自動車に該当する乗り物はない。あるのは馬車のみである。
ニアーツがあるのなら自動車があってもおかしくないと思うのだが、無い物はしょうがない。
駅を離れ、野道に立ったシヴァとオルド。ここで降りたのは二人のほかにはいなかった。
「よっしゃっ、こっからは気合いを入れてかないとな! 来いよ、ライ!」
むんと力こぶを入れるオルドが何やら呼びかけると、背負った大きなリュックから何かが飛び出し、オルドの肩に止まった。
それは、金属で出来た四十センチほどのイタチであった。
「戦闘用の魔石仕掛けの置物、か?」
「おうよ、ライってんだ。機能は【雷魔法】と【見張り】、あとは【囮】だな。こいつは四代目だが」
「雷魔法と見張りは分かるが、囮? 四代目?」
「おう。囮ってのは、いざとなったら敵の目を引きつけて所有者が逃げる時間を稼いでくれる機能さ。前の奴らもそうやって俺を助けてくれた。まさしく、最後の切り札って奴だな」
戦闘用のスタチューは高ぇからなぁ。とオルド。
「なるほどな」
オルドと初めて会った時、行商の間に魔物に襲われて命からがら逃げたと聞いた。その時は、三代目が体を張ってオルドを逃がしたのだろう。コストのことさえ考えなければ、なかなかに頼りになる機能だ。
ここから先は魔物が出没する地帯。
未だ護衛に自信がないシヴァからすれば、【囮】の機能を持つオルドのスタチューは十分頼りになる仲間となる。これがあと数台あればとは思うが。
「……ん? 数台?」
オルドの肩に止まるリビングスタチューを見ていたシヴァは、自分の言葉にある名案が浮かんだ。
「うん? どうした兄ちゃん?」
「ちょっと待て。装備を変える」
「変えるって、うおっ!?」
訝しむオルドを尻目に、シヴァはPZ5のホームメニューの一覧から【ゲーム】の項目を選び、ズラリと並んだタイトルの中から『WGⅢ』を選択。
シヴァの装備が一瞬にしてEFⅩⅥの蒼を基調とした鎧から、WGⅢのパワードスーツ兼プロテクトアーマーへと切り替わった。オルドが驚くのも無理は無い。
「……兄ちゃん、今のどうやったんだ?」
「魔法だ」
「オリジナルってやつか」
ぬぬぅ。と唸るオルドを横に、シヴァは『端末』からドローンを四機呼び出す。
「なんじゃそりゃあ!?」
突如、空中に現れたドローンを見て目が飛び出さんばかりに驚くオルド。
「……そいつらは兄ちゃんのスタチュー、か?」
「まあそんなところだ。こいつらに周囲の警戒と戦闘の補助をしてもらおうと思ってな」
シヴァはオルドの肩に止まるのイタチ型のスタチューを見て、ドローンのことを思い出したのだ。
翼のない飛行機のような姿をし、イオンクラフトなる技術で無音で空中に浮く戦闘用ドローン。
戦闘用とあって、機体の下部には小型のレーザー砲やマイクロミサイル数発を装備している。また、内蔵されたセンサーで周囲二キロをマッピングと同時に警戒をし、同じく内蔵されたカメラで周囲を撮影できる。
さらには光学迷彩を搭載しているのでステルスモードも可能。
WGⅢで散々お世話になったガジェットだが、この異世界においても便利なガジェットであることは異世界に来た当初に証明済みである。
シヴァはドローンの光学迷彩を起動させたあと、二人の周囲を囲むようにして配置した。
「きっ、消えたぞ兄ちゃん!?」
「問題ない。見えなくなっただけだ。今は俺たちの周囲を警戒しながら飛んでいるよ」
「なぬっ!?」
「いや、だから見えないって」
オルドは辺りを見渡すが、シヴァの言うとおりドローンの姿は皆無だった。
空を飛ぶスタチューは数あれど、翼を持たずに飛ぶスタチューなど聞いたこともない。その上姿を消す機能など、魔法でも見たことも聞いたこともない。
両方の特徴は、敵と相対する場合、大きなアドバンテージとなるだろうことは容易に想像がつく。翼がなければ羽音はしない。現に今も周りにいるというが、全く音が聞こえない。その上姿が見えないとなれば、まるで暗殺者である。
それが四機。
オルドは知らず、唾を飲み込んだ。
「……っはぁ~。もう何から突っ込んだらいいのやらだが、とりあえず凄ぇな、兄ちゃんは」
こんな代物、どこで手に入れたのか、それとも自分で創ったのか。訊ねてみたい気持ちをオルドはぐっと堪えたのだった。
野道を歩くこと数時間。
シヴァたちは七匹ほどの牙兎の群れに襲われていたのだが、
『ピギャッ!』
『ピッ!?』
ドローンの攻撃範囲に入った瞬間、レーザー砲で頭や体を貫かれ、あっさりと絶命していく。
そして一分とかからずに、一方的な戦闘が終了した。
「……兄ちゃんのスタチュー、凄えな」
剣を抜いて臨戦態勢をとっていたオルドが剣をしまいながら呟き、シヴァも構えていたアサルトライフルを下ろしながら「まあな」と答えるも、この結果はシヴァにしても予想外であった。まさかドローンがこんなにもこの世界で強いとは思いもしなかったのだ。
倒した牙兎たちを今度はモンスタースレイヤー7G仕様で素材を剥ぎ取るシヴァ。装備は剥ぎ取りスキルに特化した装備である『料理人シリーズ』。だが、見た目はただのコックさんであった。
装備に備わったスキルのことなど知らないオルドは、冷やかな眼差しで訊ねるのだった。
「……その格好に着替える意味はあんのか?」
「……剥ぎ取りが上手くいくんだよ」
仏頂面で答えるシヴァ。実際に綺麗に剥ぎ取られた太もも肉などを見たオルドは、冷やかな視線から一転、シヴァを褒め称えるのだった。
だが、太もも肉などの素材をシヴァがアイテム欄に放り込むのを見ると、オルドはまたしても「なんじゃそりゃあっ!?」と仰天した。オルドから見れば、突然消えたようにしか見えないのだから仕方ない。
「あー……これも魔法だ」
上手い説明が見つからないシヴァは、これまでと同様に適当に誤魔化した。
「なるほどねえ……って、オリジナルの魔法、持ちすぎだろ兄ちゃん! いや、純粋に凄ぇけどよ!」
だが、案外通じるものである。
「ふふん。俺ってばTUEEEからな」
「そんなドヤ顔で言われても、否定できないってのが悔しいなオイ!」
その後も遭遇した魔物はドローンとシヴァのアサルトライフルの餌食となり、日が暮れてきたところで道の脇でキャンプをする事となった。
普通なら交代で見張りに立つところだが、そこは便利なドローンと魔石仕掛けの置物。見張りモードにすれば人間が見張りに立つ必要は無くなる。特にドローンの戦闘力は折り紙つきなので安心だ。
こうして、シヴァたちは魔物や賊などを気にすることなく、眠りに就くのだった。




