第26話 素敵な二人・上
昼下がりの商業都市ディンク。
街の中央に程近い区画――通称ギルド街に居を構える年中無休の冒険者ギルド。
そのロビーは四六時中冒険者が溢れ、賑やかな声や音を響かせていた。
そんなロビーの中を歩く一人の大男がいた。
燃えるような暗い赤髪は短く刈られて逆立ち、顔は強面。百八十を越す筋肉質の体躯を皮鎧で覆い、腰には剣を提げていた。
男は受付けまで来ると椅子に腰を下ろすと、どっかとカウンターに肘を乗せて受付嬢へと訊ねた。
「おう、ちょいと失礼するぜ嬢ちゃん」
「はい。当ギルドへようこそ」
ヤクザか暴力団と名乗られても納得しそうな強面に備わるは、髪同様に燃えるような赤い瞳。だが、伊達に荒くれ者が多い冒険者を相手にしてはいない受付嬢は、一切の怯えも見せず笑顔で対応する。
「ここにシヴァって兄ちゃんがいるはずなんだが」
「確かにシヴァ様は当ギルドに所属しておりますが、どのようなご用件でしょうか?」
「依頼さ。おっと、そういやカードを提示してなかったな。ほれ」
差し出されたギルドカードを拝見した受付嬢が名前を確かめる。
「商業ギルド所属のオルド様、でよろしいでしょうか?」
男が冒険者でないことに軽い驚きを見せる受付嬢。商業ギルドに所属しているということは商人なのだろうが、どう見てもそうは見えない。いや、悪徳商人には見えるか。
「おうよ、商業ギルドに所属するオルドだ。シヴァの兄ちゃんに指名依頼を出すぜ。内容は俺の護衛。トッケル村までの護衛を、シヴァの兄ちゃんに頼みたい」
強面の顔でニカッと歯を見せて笑う大男こそが、シヴァがこの商業都市ギルドへ来る途中で知り合ったさすらいの行商人、オルドであった。が、
「あの、オルド様。大変申し訳ないのですが、シヴァ様は現在、別の依頼に出ておりまして……」
「……なぬ?」
笑顔から一転、間抜け面になるオルド。
「そ、そうか。仕事があるってのは良い事だ。それで、シヴァの兄ちゃんはいつ戻ってくるんだ?」
「内容は言えませんが、昨日の朝に受けた仕事で少しばかり街から離れた所へ赴いておりますし、一週間ほど掛かる予想の依頼ですので、いつ戻って来るかまでは……」
「お、おぉう……」
受付嬢の答えを聞いてうなだれるオルドと、そんな彼から目をツイと逸らす受付嬢であった。
シヴァが街に戻って来たのは、それから五時間後の夕暮れ時であった。
夕陽はまだ西の端にひっかかっており、空は茜色に染まってはいたが、その斜光は二十メートルを優に越す高い城壁に阻まれ、ディンクの街には一足早く夜の帳が降りていた。
この時間帯が、シヴァは堪らなく好きだ。
魔石仕掛けの街灯が街を明るく照らし出し、通りは人々の賑やかな声と笑顔で溢れている。
夕飯前とあってか、そこかしこから漂ってくる香ばしい匂いがシヴァの鼻孔をくすぐっていく。
肉の焼ける匂いに香辛料の複雑な匂い。
――肉汁がしたたる分厚いステーキ。スパイスの効いたチキンのから揚げ。湯気の立ち昇る野菜炒め。煮込み料理も捨て難い。
ギルド街へと続く繁華街の道を歩きながら、自然と頭の中で料理を想像してしまい、唾を飲み込む。
こういう腹に響く匂いの料理には、さぞ酒が似合いうだろう。そしてそれをぐいっと呷りたい。
シヴァの耳に、ビールの泡が弾ける小気味良い幻聴が響く。もう一度唾を飲み込んだ。
「依頼も無事に終えたし、そこら辺の店で一杯いくのも悪くない……いや、ギルドに報告が先だな」
言い方は親父臭いが、そこは勤勉と名高い日本人。仕事を優先してしまうのは悲しい性だろう。半ニートのシヴァにも戦うサラリーマンの血が流れている証拠である。
頭を振って、耳にこびりつく幻聴と腹を誘惑する匂いをふるい落としたシヴァはギルドへと足早に向かうのだった。
「――はい。依頼完了の手続きは済みました。報酬はいつものようにカードへ振り込みましたので、ご確認をお願いします」
ギルドへと戻ってきたシヴァは、受付けで終了手続きを済まし、振り込まれた報酬額に間違いがないことを確認し、受付嬢へと頷く。
「あ、シヴァ様、少々お待ち下さい」
席を立とうとしたシヴァを受付嬢が呼び止めた。
「昼ごろにいらっしゃったお客様が、シヴァ様を指名して依頼を申し込んできたのですが」
「客?」
「はい。商業ギルド所属のオルド様と名乗るお方ですね」
手元の紙を見ながら答える受付嬢。
オルドという名の商人には一人しか心当たりがないが、シヴァは一応確かめてみることにした。
「そいつは大柄で、赤い髪をツンツン立てた大層人相が悪い、どう見てもヤクザにしか見えなくて、その顔で商人とか詐欺だろうと思わず言いたくなるような男だったか?」
「えっと……その……何と言いますか」
シヴァのあまりにもあまりな例えに、目を泳がせながら答えるのを避けようとする受付嬢。なにやらしきりにシヴァの後ろを気にしているようだ。受付嬢の態度にはてと首を傾げるシヴァだったが、
「……人相が大層悪い商人で悪かったな、兄ちゃんよ」
影が差したかと思うと、ぬっと後ろから首に回された太い腕に驚くシヴァ。振り向けばそこにいたのは、
「げっ! オルド!?」
「誰がやくざだ! 誰が!」
「…………」
「目を逸らすんじゃねえよ!?」
「ぐげげげっ!?」
互いに遠慮のないやりとりに、受付嬢は目をパチクリとさせた。
「それにしても久しぶりだな、オルド。一月ぶりくらいか」
「ああ。あれから一つ急な仕事が入ってな、一昨日片付いたばかりで、ようやく兄ちゃんと会う時間がとれたぜ。まあ、これからまたすぐに仕事に出るんだけどよ」
受付けの前で騒いでいた二人は場所をギルドに設営されているバーへと移していた。二人の前にあるのは大量の角切り肉が盛られた皿と、同じく大量に盛られたパンの山。肉はサイコロステーキに近く、パンはバケットに近い。盛り合わせはチーズであるようだ。
そして、二人の喉を潤すのは発泡酒――ビールだ。
「すぐに仕事ってことは、俺への依頼と関係があるのか?」
「おう。俺の行商の護衛を頼みたい。期間は多めに見積もって二週間。行き先はここからちょいと離れた場所にあるトッケルっていう寒村なんだがよ」
シヴァは口の上に泡でできた白い髭を作りながら、オルドは口の周りを肉汁で汚しながら会話を重ねる。
この街の周辺はここ一月の間で随分と詳しくなったが、トッケルという村に聞き覚えはない。オルドはちょいとと言うが、シヴァからすれば随分と離れた場所にあるようだ。
それに――
「護衛の依頼、ねえ」
聞けば、村に行く途中、魔物が多く生息する場所があるらしい。
だが、つい一週間ほど前、シヴァは護衛の難しさを学んだばかりだ。
護衛対象を守る壁役。
敵をひきつける切込み役。
状況を俯瞰で見れる指令役。
固定のパーティーを持たないシヴァは全てのポジションを一人でやらなくてはならない。
どんな無双の力を持ってしても、それは難しいだろう。
難しい顔をするシヴァを見たオルドは、ふっと笑って彼の肩をバシバシと叩いた。
「ま、そんな難しく考える必要はないさ。こう見えてもある程度は自分の身は自分で守れるからよ」
「だったらどうして俺を指名する」
「実はな、これから行く村は俺にとって特別な場所なんだ」
「特別な場所? なんだ、女でもいるのか?」
冗談めかして言うシヴァだったが、
「あ~、その…………まあ、な」
最初は目を泳がせていたオルドだが、最後は照れ隠しなのか、頬をぽりぽりと掻きながら認めた。
「……………マジか」
「マジだ」
キリッとした顔でオルド。
「……お前が惚れた女がいるのは分かった。で?」
「あん?」
「その村へ行商に行くのに、俺を指名する理由をまだ聞いてないんだが」
「ああ、そうだったな。……あまり、そいつを他の奴に見せたくないんだよ」
「んん?」
それはあれだろうか。他の男に惚れた女の気を取られたくないとか、連れて行った護衛がその女に惚れられても困るとか。いや、それなら同姓のシヴァを連れて行く理由にはならない。腕の立つ女性冒険者もそれなりの数がいるのだから。
「まあ、今俺が言った言葉は、そいつに会えば分かる」
「その女の人を他人に見せたくないって話だったが、俺ならいいのか?」
「ああ。兄ちゃんと知り合ってからまだ短い付き合いだが、信用できると踏んだ。こんな説明で兄ちゃんが納得しないだろうってのも分かる。だが、その村に行くにはどうしても護衛が必要なんだ」
真剣な顔で言うオルド。
「頼む、このとおりだ兄ちゃん。俺の依頼、受けてくれ」
最後は頭を下げて頼み込んできた。
確かにオルドの言うとおり、シヴァは納得していなかった。
だが――
百八十を越える巨体を小さく折り畳むその姿は真摯そのもので。
納得していない気持ちを飲み込むには十分だった。
そもそも、シヴァは最初から断るつもりはない。オルドには、この街まで案内してくれた恩があるのだから。
だが、それを素直に言うのも気恥ずかしいシヴァは、たっぷりと芝居がかった口調で言ってやった。
「分かったよ。お前がどぉー~~してもと、俺に護衛を頼みたいお願いしますシヴァ様とそこまで言うのなら、心優しい俺はお前の依頼を引き受けてやろうじゃないか」
呆気に取られて顔を上げたオルドが見たのは、ニヤニヤと口元を歪めるシヴァで。
すぐにオルドも口端を上げて笑みを作りながら、
「はんっ! 逆に俺様の足を引っ張って助けを請う羽目にならなきゃ良いがな! 兄ちゃんよう!」
そう言い返し、持ったジョッキをシヴァのジョッキにぶつけた。
ガチャンと小気味良い音を鳴らしながら、ジョッキの端から零れたビールの飛沫が、天井から射す魔石灯の光を浴びてキラキラと輝いた。




