第14話 欲しい物と目標
商業都市ディンク。
夜の帳が降り、魔石灯の光で照らされるその駅前。
人の足が途絶えることのない雑踏の中、足を止めて話す二人の男の姿があった。
向かい合うのはやたらと大きな荷物を背負う強面の大男と、見慣れぬ装備で身を固めた黒髪の男。
さすらいの行商人オルドと、異世界からの来訪者であるシヴァである。
「すまねえな、兄ちゃん。ホントは冒険者ギルドまで連れてってやりたかったんだがよ、仕事がなぁ……」
「気にするな。ここまで案内してもらえただけでも御の字だからな、助かったよ」
燃えるように逆立つ自身の赤髪を、乱暴にガシガシと掻きながら済まなそうな顔を見せるオルド。この見た目とは裏腹に親切な男に、シヴァは苦笑とともに感謝の言葉を返した。
事実、迷路のように複雑なディンク駅構内をオルドに案内して貰わねば、シヴァは未だに構内をさ迷い歩いていただろう。
「チッ、仕事さえ入ってなけりゃ付いてくんだけどなあ」
「仕事は大事だろ?」
「分かってらあ」
心底がっかりするオルドに、ついついシヴァは友人のニートを思い出して偉そうに口を挟んでしまったが、彼は気を悪くしたふうもなく返してきた。それよりも、なぜこの商人にこうも気に入られたのか分からないシヴァは首を傾げるばかりだ。
ともあれ――
「ギルドに行くのは明日に回すとするよ。二十四時間開いているとしても、流石に疲れたからな」
ニアーツの中でオルドから、ギルドが年中無休で開いていると聞いていた。
夜間に閉まっていたのでは、急な依頼や期限ギリギリに依頼を終えた冒険者の受付ができないからだ。
「そうか、まあ俺は今から明日も明後日も、残念なことに仕事が詰まっているから付き合うのは無理なんだがよ……」
自身が所属している商業ギルドへの今回の行商の収支報告と仲間の死亡報告。行商のついでにと受けた依頼品の提出、報酬の受け取り。次の行商のための商品の仕入れ。それらに伴う帳簿の記帳が終わればまたギルドへ報告。旅の間に溜まった鬱憤の吐き出しなどなど。個人経営はなにかと多忙なのだ。一部経営とは関係ないものも含まれていたような気がするが、とにかく多忙なのだ。
「そいつは残念」
オルドの言葉に肩を竦めるシヴァ。
とはいえ、シヴァがギルドを後回しにした本当の理由は、このまま街を見て周ろうと思ったからであり、別に疲れたわけでもオルドに気を使ったわけではないのだが。
相手が良い感じに解釈してくれたのであれば、それに好都合だと乗っかるのも、なにかとしがらみの多い社会人の務めだろう。……シヴァは会社勤めを経験したことのない半ニートだが。
「今度会ったときに埋め合わせすっからよ」
言って、握った拳を突き出してくるオルド。
冒険者ギルドに入り、この街を拠点に活動するのであれば、またこの男と会う機会もあるだろうし、オルドもそれを示唆しているのだろう。
――商人は人の縁を大事にする、か。
シヴァは昼に聞いたオルドの言葉を思い出しながら、
「では、その埋め合わせとやらを楽しみにしておこうか」
「おう、期待してろ。じゃあな、兄ちゃん!」
自身の拳を男の拳とカチ合わせることで再会の約束とし、この何かと世話好きな商人と別れたのだった。
さて、オルドの背中を見送ったシヴァは、さっそく彼から事前に教えられていた通りを歩きながら、周りを観察していく。
建物は大体が2~3階建て。中には5階建てもあり、どの建物からも明かりが漏れていることや、等間隔に設置された街灯からも、魔石灯が広く一般に流通していることが分かる。
魔石灯によって街から暗闇が払拭されれば、遅い時間であろうと活気が溢れるのは、人が作り出した自然の理であろう。
賑やかな声に笑い声。
石畳を叩く足音のリズムは人の数だけ存在し、好き勝手に刻むテンポはどれもバラバラで、文字通り雑踏ではあったが、それが逆に高揚感を与えてくる。
後ろから抜き去っていく者、すれ違う者に目の前を横切るもの。
老いも若きも、男も女も、老若男女関係なく、どの顔も大抵は笑顔であった。
その一助となっているのが、通りの中心をゆっくりと走る路面電車……いや、路面ニアーツだ。
シヴァが乗った物よりも一回りは小さく、また、作りも大雑把だ。窓などは一切無く、枠組みだけの箱といった風貌だが、不思議と街に溶け込んでいる。
乗るのは無料のようで、道行く人が気軽に乗り、また、乗っている人が好きなところで降りていくのが見える。
シヴァはそんな人々を観察しながら通りを歩いていく。
目的は今晩泊まる宿探し。
オルドと別れる前に聞こうとも思ったが、どうせ街をぶらつくのであれば、そのついでに自分で探そうと思いつき、止めていたのだ。
シヴァが今居るのは繁華街。それを知ることができたのは、彼の足下にある通りの案内板である。
案内板といってもプレートが埋め込まれているわけではない。
どういう仕組みか、石畳に簡略された通りの地図が映像として映し出されているのだ。
不思議に思って多機能ゴーグルでスキャンした結果、石畳一つ一つに魔石回路が埋め込まれているらしく、それで映し出しているようだ。
ちなみにこの案内図には店の名前や簡単な業種が書かれており、いくつかあるらしい宿の場所も大体把握できた。
あとは実際に見てから決めるのみと、シヴァは足を動かしながら、周りの店を眺めていく。
繁華街というだけあって、店の種類は豊富だ。
『食事処 啄木鳥』『居酒屋 呑んだ暮れ』『服屋のショーン』『娼館 夢心地』
飲食店に始まり、果ては娼館まで。店名が妙に日本染みているのは自動翻訳ソフトのせいだろう。
ただ、どの店も大抵はレリーフとともに看板がかかっていることから、識字率は高いようだ。
であれば、一緒に掛かっているレリーフは外国客向けなのだろう。良く見れば業種ごとに統一されている。
(……とすれば、言語は国毎に違うということか。まあ翻訳機がある俺にはあまり関係ないが)
活気に溢れる人波の合間を縫いながら歩いていると、向こうからウェイター風の男が、ガラスの蓋がされたトレイを手に颯爽と歩いているのが見えた。
トレイには小さなカップが幾つも載り、その中身はどうやらケーキのようだ。
(出前みたいなものか?)
シヴァの視線に気付いたのか、男が振り向き、笑顔で話しかけてきた。
「こんばんわ。ユシマリットですが、お一ついかがですか? 一つ1Gです」
出前ではなく路頭販売だったようだ。
ユシマリットなるケーキは当然ながら聞いたことはない。が、興味を惹かれたシヴァは購入してみることに。
販売員はお金を受け取るとケーキの入ったカップを手渡し、また颯爽と人波の中に消えていった。
シヴァもまた歩き出し、カップとともに渡されたスプーンでケーキを掬ってみる。
ケーキはムース状で、表面は茶色で下に行くにしたがって、段々と白へとグラデーションが掛かっており、見た目はティラミスに近い。
中々に美味しそうだが、果たして味はどうだろうか?
シヴァはケーキの乗ったスプーンを口の中へ運ぶ。ティラミスのようなケーキがスプーンから舌に移った瞬間、ムースが溶け出す。
食感はしっとりとまろやか。味は当然甘いが仄かな苦味もあって。
(美味い!)
素直にそう思う一方で、「これ、食感といい味といい、ホントにティラミスそっくりだな」とも思うシヴァだった。
小さいカップという事もあり、ほんの三口ほどで食べ終え、カップを街の至るところに設置されているゴミ箱へと捨てたシヴァは、それから全ての宿を見て周り(主に値段)、現在の所持金1716Gと相談し、一番安いわけでも高いわけでもない、平均的な値段を割り出して、それに近い宿へと来ていた。
宿の名前は『ヤーク』。一泊45G。
平均的な値段だけあって、宿の外見も平凡そのものの三階建て木造建築。とはいえ、値段で決めたのだから文句は無い。
受付に座っていた男に一泊宿泊したい旨を告げる。一泊だけなのは、店の質を確かめるためだ。ダメなら明日以降は他の宿に移るつもりである。
「部屋はあるから問題ないよ。一泊なら45G……毎度。お客さん、ここに記帳してもらえるかい。外国から来たならこっちで代筆するけど?」
最後の一言はシヴァの見慣れぬ装備を見たからだろうが、客商売の人間がジロジロ見てくるのはいかがなものだろうか。
(これは明日にでも他の宿に移ることになりそうだなあ)
とはいえ、翻訳機が働いてはいても、シヴァが異世界の文字を書けないのは確かなことでもある。
これがネット上などでのメールのやりとりであるのならば、こちらが打った文字も勝手に翻訳されるのだが、ここは現実である。文字は自分で書くしかない。まあ書けないのだが。
仕方なく代筆を頼もうとした時、受付の男から差し出された万年筆(!)をついつい手に取り、そのまま差し出された記帳台にペン先を置くと――
「は?」
「どうかしましたか?」
「いや、なんでもない」
間抜けな声を出したシヴァに、受付の男が訝しみ訊ねてきたので、シヴァは慌てて誤魔化した。
シヴァが驚いた理由。それは、帳面にペン先を置いた途端、目の前に仮想キーボードが現れたからだ。
仮想キーボード。
それは、スマホや携帯ゲーム機などのタッチパネルに対応した機器で使われるものだ。
それが目の前に浮かんでいる。
試しにペン先を帳面から離すと、キーボードも消えた。またペン先を置くと、現れる。これはつまり――
シヴァは脳内ハンドで自分のこちらでの名前、『シヴァ』をローマ字入力で打ち込んでみる。そしてエンター。
すると、現実の手が勝手に動き、スラスラと記帳していくではないか。もちろん、書かれているのは異世界の文字だ。
(やっぱり!)
どうやらこれで読みだけでなく、筆記に関しても問題はなくなったようだ。
「書き終わりましたか? どれどれ……シヴァさん、で合ってる? ……うん、シヴァさんね。はいこれ、鍵。204号室。一番奥がそうだから」
シヴァが万年筆を置くと、男はシヴァの名前を確認し、鍵を無造作に渡す。案内や貴重品の管理、注意事項などはないようだ。
(……やっぱ明日は別の宿に泊まろう)
シヴァは部屋に向かいながら、硬く心に決めたのだった。
シヴァが取った部屋は、八畳ほどの広さだった。
あるのはベットに小さな円卓と、その上に置かれているフクロウを象った金属製の置物に椅子が一脚。それと簡易キッチンのみ。
洒落っ気など皆無、なんとも侘しい室内である。
入ってすぐのところにある二つの扉は、掛かっているプレートの文字を見るにどうやら浴室とトイレらしい。
(トイレ、か)
実はシヴァ、異世界に来てからまだ一度もトイレに入ったことがない。
理由としては、参考にと読んだWeb小説と、最初に立ち寄った村の中世然とした印象が挙げられる。
Web小説では大体中世染みた異世界のトイレは汲み取り式であることが多かった。そして最初の村はまさに読んだ小説を髣髴とさせてしまった。
これで実際に汲み取り式のトイレとご対面し、なおかつ紙がなければ困る。汲み取り式のトイレなど、二十一世紀末の日本ではもはや幻の設備であるからして。
なのでシヴァは、自由に元の世界に帰れることを良いことに、これまで用を足したいときは元の世界に戻ってトイレに入っていたのだった。
とはいえ、目の前にあるのであれば、とりあえずは見てみようと、恐る恐る扉を開けてみれば――
見慣れた座椅子式便座がそこにあった。
貯水タンクと思しき物もあり、その横にはレバーもある。
試しにレバーを上げてみれば、「バシャー」と水が流れる。
「まさかの水洗か。紙も普通にあるし。……だけどどっから水をくみ上げているんだ? どこにもパイプなどは見当たらないが」
シヴァはぐるりとトイレ内を見渡すが、それらしきものは無い。
とすれば、これも異世界常識でできたものかと思い至り、スキャンしてみた結果、やはり魔石と魔法陣が書かれたミスリル板を組み込まれていた。
読み込んだ情報によると、魔石で集めた魔素を使い、魔法陣で水を生成しているらしい。
ちなみに流した汚物は、便座の奥で別の魔石の力によって、水ごと塵に還されるらしい。
いわばコレ1つで独立した循環器となっているのだ。
ちなみに、隣の浴室も、部屋に設置されている簡易キッチンにある蛇口も同じ仕組みだった。
これが一般に普及しているのであれば、街や村には上下水網がないことになる。思えば最初の村からこれまで、井戸を見たことが無いことに気が付いたシヴァ。
「……便利すぎるだろ、魔石」
ともあれ、これでいちいち用を足すためだけに元の世界に戻る必要は無くなったようだ。
ベットに腰掛け、PZ5のホームメニューで時刻を確認すると、とっくに十時を過ぎていた。
「寝るには早いような気もするが、やることがあるわけでもなし」
よくよく考えてみれば、やる事が無いのは今だけではなく、この世界でやりたいこと自体が無いことに気付く。
異世界観光や冒険者になるという目的こそあれ、どうしてもやりたいという目標はない。
目標とは、自らに課した未来に向かって努力することだと、シヴァは考えている。
参考に読んだWeb小説で例えれば、異世界で王になる。勇者になって魔王を倒す。ハーレムを作るなどがそれに当たるだろう。
だが、元よりそういった事に興味が無い性格である。
だからこそ、親から譲り受けたマンションやアパートの経営者という立場に甘んじているわけで。
「――まっ、目標なんてそのうち見つかるだろ。とりあえずは……うん?」
寝るかと思っていたシヴァであったが、ふと、円卓の上に鎮座しているフクロウの置物が留まった。
この部屋唯一の飾りとも言えるソレは、中々の出来であった。
丸々とした体躯につぶらな瞳は愛嬌がある。
銀の輝きを放つフクロウの置物を、何となしに見ていると――突然フクロウの顔がクルリと動き、互いの目が合った。
「な、なんっ――」
だ!? と最後まで言い切る前に、フクロウの怪異は続く。まるで威嚇するかのように羽を広げ、前傾姿勢を取ると、胸の部分が左右と下の三方向に割れ、その中に懐中時計のような小さな時計が見えた。
「……は?」
「ほるっほぉー」
呆気に取られるシヴァ。役目は終えたとばかりに一声上げてから時計を胸の中に仕舞うフクロウの置物。
「……」
「……」
しばらく凝視していたが、それっきりフクロウが動き出すことは無かった。
(な、なんだったんだ、今のは?)
見ているだけでは埒があかないと、シヴァは思い切ってソレを手に取った。
ズッシリとした重み。鈍い銀色の明かりを放つ金属製のボディをあらゆる方向から眺める。
観察した結果、どうやら幾つものパーツを蝶番で合わせてできているようだが、見た目だけではどういう仕組みなのかてんで分からなかった。
であれば、
(スキャンの出番だな)
その結果――
【魔石仕掛けの置物:フクロウ型】
契約者=ヤーク
・本体素材:ミスリル、ウーツ鋼
・内部素材:小型の魔石×1、ミスリル版×1
―概要―
・全長20センチ。
・重さ500グラム。
・内臓式時計を搭載。
・目覚まし機能有り。
―用途―
小型の魔石炉を有している、知能を持ったフクロウ型の置物。
知能を持っているとはいえ、程度は低い。
そのため簡単な命令しか実行できない。この置物に設定されているのは、【内臓式時計による時刻案内】と、【目覚まし機能】だけである。
時計が見たい時は置物に「時刻」と言い、目覚ましを設定したい時は「いついつの何時何分に起こして」と伝えればよい。
色々とツッコみたい情報だらけだが、分かった事を一つ一つ整理していこう。
この置物は、どうやら魔石炉で動くものらしい。
契約者というのは、恐らく所有者と同等だろう。買った時にでも登録するのだろうか?
ヤークと言うのはこの宿の名前か、オーナーの名前と思われる。
素材云々はどうでも良いので飛ばす。
概要欄に記されている内臓式時計というのが、先ほど見たモノだろう。
目覚ましも設定できるらしいので、是非とも後でやってみようとも思う。
そして最後に気になるのが、この置物には信じ難いことに知能があるということ。それはつまり、人工知能(AI)が搭載されているということだ。
「……マジか」
「フルッホー」
シヴァの呟きに反応するよに、フクロウが顔を向けて一鳴き。
「……マジだな」
リビング・スタチュー。つまりは生きた置物。
フクロウを円卓の上に戻し、シヴァは話しかける。
「時刻」
「ほるっほぉー」
するとフクロウは先ほどのように胸を開いて時計を出し、少しするとまた閉じる。
「明日の朝、八時丁度に起こして」
「ほるっほぉー」
シヴァの言葉に頷くように鳴くと、ミスリル製のフクロウの置物は目蓋を閉じ、頭を体に埋めるようにして眠ってしまった(ように見える)。
「……」
しばらくその様子を見ていたシヴァだったが、突然身ぶるし、次には内心で叫んだ。
(これ欲しい!!)
よっぽど魔石仕掛けの置物が気に入ったのか、シヴァの目は少年のように輝いていた。御年二十五歳だが。
(幾らか分からないけど、絶対に買う! 持っている金で足りなかったら何が何でも稼ぐ! よしっ、そうと決まれば明日、冒険者ギルドで登録を済ませたらすぐに働こう!!)
シヴァの当面の目標が決まったようだ。




