薬学
アンヌはカエルを見て言っている。
「おや、アンヌさんもいたのですね。お久しぶりです。元気そうで安心しました」
「先生、授業を皆、待っているのじゃ」
カエルが先生なのか?
「そうか、すまない、すまない」
カエルがどうやって教えるのだろう。その、大きさでは生徒の手元が見れない。
「さて、授業だったな」
カエルは、煙のように消え、煙は風に流されていく。カエルが一瞬見えたと思うと、教壇には若い男の先生が、立っていた。星のブローチを左胸に着けている。さっきのカエルが人間になったのだ。
なんかもう、何があっても驚かなくなってきた。慣れとは恐ろしい。この世界は何でもありそうだ。
それにしてもよかった。カエルが教えるのではなくて。
先生が見えたとたん、生徒たちは私語がなくなり、一斉に立ち上がった。
「さて……おはようございます」
「おはようございます」
突然先生が現れたのに、皆は驚かない。普通に、挨拶をしている。
「では、授業を始めます。教科書の32ページを開いてください」
授業の始まりだ。椅子に座って、説明を聞いたあと、実際に作るらしい。
薬学の基礎と書いてある、教科書を開く。パラパラと見ると、なかなか面白そうな絵が見えた。
「今日はユニコーンの粉についてです」
32ページを開かなくては。この教科書、あとでゆっくり読んでみよう。
「ユニコーンは対悪の作用があります。ですから、汚れを落とすことができるのです」
ユニコーンはこの世界で存在するのだ。ティエラで架空の生物だと思われていたものは、ほぼ存在するらしい。
「今日は、ユニコーンの角を削りユニコーンの粉を作ります。この粉は様々な薬を作るのにも使うので、覚えておくといいでしょう」
青い光が溢れ、各々(それぞれ)の机に一つずつ道具がのる。転移の魔法だ。
「では、まず見本を作ります。皆さん、私の手元が見えるところに来てください」
アンヌのあとに続き前へ行く。
「ユニコーンの角を削りますが、この時とがっている方から削るようにしてください。反対から削ると、粗い粉になってしまいます」
ザッザッという音が教室に響く。斜めヤスリに角を当て引く感じだ。すると、ヤスリの下の入れ物に粉がたまる。
「簡単そうに見えますが、精度が大切な薬です。丁寧に作ってください」
「はい」
「では、各自始めてください」
席に戻り、制作開始だ。
アンヌが角を持ってきてくれたのですぐに作業に入る。角は一つ。だから、二人で交代に削っていく。
「次は、サジェスなのじゃ」
「うん。んッ、お、重い」
たった手のひらの長さの角なのに、重たい。先生もアンヌもあんな軽々持っていたのに。片手でずっと持っているのはきつくなり、両手で持つ。魔法は、こういうのを楽にするためにあると思ってた。
角をヤスリに当て引いていく。同じ方向ではなく回しながらやる。こうやって見ていると、鉛筆の先みたいだ。
「う……アンヌ、こうたい……」
「分かったのじゃ」
簡単そうに見えた作業は、想定外の重さによりキツくなってくる。この作業、腕に結構くる。
「ふぅ、アンヌすごいね。疲れないの?」
「魔法は体力と筋力を使うのじゃ。基礎トレーニングは毎日しているから大丈夫なのじゃ」
「た、体力と筋力!?」
魔法なのに。なんで体力と筋力!? 初耳だ。
「何を驚いているのじゃ。常識じゃぞ」
いや、サジェスからしたら常識ではない。
「あと少しじゃが……、サジェスやるじゃろ?」
「う、うん」
アンヌはすごい。ほとんどの人がくたくたになってやっているのに、平然と削っていた。
小さい塊を受けとり、また削りだす。
もう小さいから疲れない。
「最後までやっていいの?」
「もちろんじゃ」
最後は指で押し潰すようにして、削りきった。
「これでいいの?」
「うむ、先生に見てもらうのじゃ」
「ん? 完成かな?」
声を聞きつけたのか、突然先生が前に現れる。
「は、はい」
「どれどれ」
粉を一つまみして、手のひらに振りかける。そしてじっと検分し始めた。
「うん、良くできてる。合格かな」
「は、はい」
終わったのはこの二人だけ、他の人はまだ苦戦して削っている。
「二人は自由時間にしていていいよ。皆が終わるまで待ってて」
アンヌが多くやってくれたが、明日はきっと筋肉痛だ。腕が少し重い気がする。
「じゃあ、皆できたな」
道具が青い光に包まれ消える。
「この粉の使い方を説明します。まず、汚れているところに粉を散らします。そして、その粉を擦り付けるようにします」
先生が実際にやって見せてくれる。しかし、ここからでは机の上は見えない。
「そのときに、魔力を流すと汚れが落ちます」
先生が机を傾けて、やっと見えた。黒っぽい色の机の一部分が見事きれいな茶色になっている。
「それでは、皆さんもやってみてください」
アンヌがは左で、サジェスが右で作業をする。まず粉を手に取り、机に撒く。手で机に押し付けるようにして擦り力を込める。
「すごい、消ゴムみたい!」
魔力を流すと粉は消え、代わりに机がきれいになる。感覚としては、消しゴムで汚れを消す感じだ。
「ん? なんじゃ? その消しゴムとやらは」
「こんな感じで、汚れが消える道具だよ」
「あっ、ちょっと待ってて……確か鞄に筆記用具があったはず……」
ラフェイには消しゴムはないのだろうか。
「ほら、これだよ」
鞄の中から筆箱を出し、消しゴムをだす。
「そんなのでどうやって消すのじゃ。固そうなのじゃ」
「こすって消すんだよ」
訝しげに見てくる視線が痛い。サジェスはノートに鉛筆で線を書いて、アンヌに渡した。実践するのが一番だ。
「やってみて」
「うむ」
恐る恐る受けとると、線を消し始めた。
「ん!」
「あっ!」
ビリビリッと音が響く。
ユニコーンの粉を使うように力を込めて消したのだろう。紙が破れた。
「す、すまないのじゃ。破いてしまったのじゃ」
「ううん、いいよ。説明をしなかったのも悪かったし」
最初に説明をすればよかった。
「消しゴムはね、軽い力で消すことができるんだよ。だから、そっと擦ればいいの」
「そうじゃったのじゃな」
「サジェスさん、それはなんですか?」
もう一度線を書き、アンヌに消し方を見せていると、先生がこちらに来て言った。先生の声にクラスの皆も注目してくる。シーンとするこの空気はあまり好きじゃない。もしや、授業中に勝手に出してはダメだっただろうか?
「は、はい。えっと……これは……あの……ティエラの……け、消しゴムです」
「消しゴム? もしかしてティエラの道具でしょうか?」
「は、はい」
「素晴らしい! すばらしいです! 一目見てみたいと思っていたんです。もう一度見せてくれませんか?」
「え……はっはい」
よかった。怒ってはいなそうだ。先生は子供みたいに目を輝かせて消しゴムを見ている。はっきり言って、少し怖い。
「先生、授業終わったらにするのじゃ。もう授業が終わる時間なのじゃ」
「うっ、そ、そうだな。すまない」
とぼとぼと教卓に帰っていく姿を見ていると本当の子どもに見えてくる。
「では、これで薬学の授業を終わります。粉は二人で分けて、それぞれ皮の袋に入れて大切に使ってください。皮の袋は前に置いてあります」
「ありがとうございました」
「では!」
生徒が頭を下げたとたん先生が目の前に跳んできた。
「さあ、サジェスさん見せてください!」
ポカーンとしている生徒がいっぱいいる。あんなにテンションの高い先生初めて見た、と言っている声も聞こえる。
「わ、分かりました」
先生がすごく興味を持っているからだろうか? 教室を去る人はいなくて、皆が注目してくる。
こんな注目されて消しゴムで消すのは初めてだ。
さっきアンヌに見せたように鉛筆で線を書き、消しゴムで消す。
「ほぉう」
先生は、感嘆の息を吐いていた。
次は、体を動かします。




