第五話
空気が変わった。
目の前で顔色を変えたリディアははっきりとそのことを理解していた。
「ええ、もちろんよ。そんなこと、貴女が一番理解しているでしょうに」
私の言葉に、リディアが気丈に言い返す。
しかし、そこには今までの余裕はなかった。
「そうですね。それを口実に私は婚約破棄になったんですからね」
そう言いながら、私はにっこりと笑う。
……私には今まで、何度も口にしそうになったある秘密があった。
しかし、今になって思う。
その秘密を必死に守り続けてよかった、と。
異様な空気に、マイクもリディアも黙りきっている。
私を告発した使用人に至っては、柱の陰に隠れている始末だ。
今、この場の中心は私だった。
「マイク、貴方も私をとがめている、それでいいのですよね?」
「あ、ああ」
そんなマイクに過去最高の笑顔を向けながら、私は告げた。
「──それでは、後は貴族審判で決着をつけましょうか」
「は?」
私の言葉に、マイクが言葉を失う。
それもそうだろう。
マイクもリディアも、私に対する冤罪をこんな大きな話にするつもりはなかっただろうから。
ただ、婚約破棄の理由にしたかったにすぎないのだ。
「安心してください。婚約破棄はもちろん受け入れますわ。そのために私もこの書類にサインをしておりますし」
それを理解して、私は意図的に話をずらす。
婚約破棄など、もうマイクの頭から抜けているのを理解して。
「ま、待って! 貴族審判、どうしてそんな大きな話にする必要がある? これはあくまで、私とお前の話だろう?」
「あら、証拠があるから私と婚約破棄したのではないのですか?」
「もちろん証拠はありますわ! ですが、貴族審判は高位貴族のもめ事を解決する場所でしょう!」
リディアが変わらず、高圧的に続ける。
しかし、もうそこには今までの余裕はなかった。
「こんな婚約破棄程度で、貴族審判なんて起きるわけないわ! 前の貴族審判だって、数年前で」
「口実ならあるわよ」
もう、敬語を使う必要はないだろう。
何せ、この先は自分を小さく見せる必要もないのだから。
「だって、貴方達は陛下の責任を追及していると同じだもの」
そういいながら、私は手のひらに拳を当てる。
それは王宮で名乗りを上げる時の格好。
「近衛騎士団、三の騎士。暁のサリサ」
ここに剣はない。
けれど、私の身分を明かすのに、その名乗りだけで十分だった。
「この私、近衛騎士の罪を問おうと言うならば、それ相応の証拠があるのでしょうね」
──その日、私は数年間隠し続けた身分を明かした。




