第十九話 (侯爵家当主視点)
「愚か者めが」
マイクとその幼馴染みが走り去った方向。
それを見ながら儂、アズバランの口から漏れたのは呆れを隠せない声だった。
「あの父親から、どうしてここまで愚かな人間ができるのか」
そう呟く儂の胸に、怒りが再度湧いてくる。
しかし、すぐにその感情は霧散する。
代わりに儂の胸を支配するのは、ある思いだった。
「……とうとうサーシリア殿は解放されたか」
侯爵家の恩人にして、悪名高い簒奪王の懐刀にして。
……儂にとって、弟子にも等しい存在。
その存在がとうとう解放されたことに儂の胸に、喜びが浮かぶ。
しかし、すぐにその感情は違う思いに変わる。
「これで、あの子を縛るものはもうなくなってしまったか」
そういいながら、儂の頭に思い出されるのはかつての地獄。
……暁のサリサが侯爵家を救ってくれた日だった。
魔獣、それは真っ黒な何かもわからない化け物だ。
その形は多種多様に分かれ、殺す方法は二つしかない。
その頭をつぶすか、もう失われた技術。
魔法の付与された武器で、殺すかだ。
魔法はもう失われた再現不可能な技術だ。
ただ、当家にも魔法が付与された武具はいくつかある。
それのおかげで、今まで侯爵家は影の森から王国を守りきってきたのだから。
ただ、その時の氾濫だけはその魔法の武具があってもどうしようもなかった。
……何せ、数百に及ぶ魔獣が侯爵家に向けて一斉に行進してきたのだから。
それをおそれた貴族達は戦力を出し渋り、前国王まで私達に援軍を出すことを拒否した。
ーー私は次期国王から秘策を持った人間です。
サーシリアが現れたのはその時だった。
今でも、その瞬間を覚えている。
私はマイクのわずかな手勢とともに現れたサーシリアを罵倒した。
たった一人に何ができると。
しかし、私の罵声にサーシリアは何も反論せず、ただ告げた。
ーー信じなくてもかまいません。私一人で、援軍がくるまで時間を稼ぐだけですので。
国王さえ援軍を出さないと言っている状況下、誰が援軍を出す?
そう問いつめる儂を無視し、サーシリアは影の森に一人で入り。
そして、王位を簒奪した現簒奪王の援軍がくるまで、一人で魔獣達を押さえてみせたのだ。




