第十八話 (リディア視点)
「恩人?」
想像もしない言葉に、私の思考が止まる。
とっさにマイクの方を向くも、首を横に振られる。
……マイク自身も知らないと言いたげに。
そんなマイクに対し、アズバランが浮かべるのは隠す気のない呆れ顔だった。
「確かに情報は制限していた。しかし、まさか一切気づかないとはな」
「何を言って……」
「かつてお前が私兵の派遣を渋った影の森の氾濫において、儂等侯爵家を救ってくれたのこそ、暁のサリサ。サーシリア殿だ」
「……は?」
マイクと私の声は自然に合わさっていた。
それもそうだろう。
いったい誰が信じられる?
サーシリアがあの侯爵家当主、アズバランに恩人と言われるような存在だったと。
その事実を受けいれられない私達へと、アズバランは告げる。
「ここに宣言する。儂等侯爵家は、サーシリア殿に敵対するものを許さない。もちろん、サーシリア殿に冤罪をかけたお前等もだ」
圧がどんどんと増していく。
そんな中、私もマイクも口を開くことさえできなかった。
「この場にくれば、援助がもらえるとでも思ったのだろう?」
「そ、そんなこと……」
「抜かせ。顔に全て書いてあるわ!」
次の瞬間、アズバランの顔に浮かぶのは獰猛な笑みだった。
「そもそも、だ。あの援助はサーシリア殿の為に行ったものにすぎない。あの方亡き今、カロライン家に援助する理由はない」
「そんな……!」
呆然と立ち尽くすマイクを見て、アズバランは声を上げて笑う。
……そこに今までと違う感情を私が感じたのは、その時だった。
「それともう一つ儂には忘れられないことがあってな」
そう語り出したアズバランの声はいつもよりも不断だった。
けれど、直感的に私は理解してしまう。
……アズバランがマグマのような怒りを必死に押さえていることを。
「かつての氾濫は恐ろしいものでな、あの時はまるで蟻のように魔獣が出てきた。故に儂等は今まで世話をしてきた人間達に戦力をよこすように告げた。するとどうなったと思う?」
半笑いのアズバランに対し、私とマイクの顔からは血の気が引いていた。
「誰も私兵の半分も送ってこんのよ。今まで、散々世話をしてやったのにな。その中でも、ふざけた家があってな。──十数名しか援軍を送ってこなかった子爵家があった」
その子爵家がどことは言っていない。
しかし、もう必要はなかった。
呆然とする私達を見ながら、アズバランは告げる。
「儂は昔から短気でな。──嫌いな奴が目の前にいると叩ききりたくなるのよ」
ぞっとするほど濃密な殺気がアズバランから漏れ出る。
その瞬間、私もマイクも立ち上がっていた。
「貴重なお時間、申し訳ありませんでした!」
「私達は急用を思い出したので!」
そうして走り出した私とマイクが後ろを振り返ることはなかった。




