第十五話 (リディア視点)
「……は?」
その衛兵の目を見て、私の口から漏れたのは自分でも想像しないような低い声だった。
しかし、そんな私を気にすることなく衛兵は淡々と告げる。
「そんなに当主様と懇意なのであれば、どうして事前に予約して来なかったのですか?」
「……それは」
その言葉に私は口ごもる。
そんな私に、マイクが叫ぶ。
「手違いだ! 何度も手紙は送っている! その返事が返ってきてないのだ」
……その言葉にうなずきながら、実のところずっと私の中にはある疑問があった。
それはすなわち、願望にも似たある思い。
「それは本当に手違いなのですか?」
それを衛兵が告げたのはその時だった。
「貴様!」
マイクが激昂したのはその時だった。
その姿に、私は悟る。
……マイクも少なからず、私と同じことを思っていたのだと。
故に、マイクは激昂したのだろう。
だが、この場においてその態度は悪手だった。
「ここで私に手を出す意味はおわかりですか、マイク様」
拳を振りかぶったマイクに対し、目の前の衛兵はいっさい動じていなかった。
武器どころか、拳を構えることなく衛兵が告げる。
「私に手を出す、すなわちそれは侯爵家に敵対することになります。その覚悟がおありならば、私は甘んじて貴方の拳を受けましょう」
「……この」
「さあ」
淡々と告げる衛兵に対し、マイクの額にどんどんと汗が浮かぶ。
この場で騒ぎを起こすのは、最悪の事態だ。
……今はとにかく、日を改めるしかない。
そう判断した私はとっさに声を上げる。
「ま、マイク様やめてください!」
しかし、私の言葉がマイクの耳に入ることはなかった。
拳を握る力がどんどんと増していく。
「双方下がれ!」
凛とした声が響いたのは、その時だった。
その声に、衛兵とマイクの間に漂っていた緊張が霧散する。
次の瞬間現れたのは、整った服を身につけた一人の男だった。
……どこか見覚えのある男に、私は記憶を探ろうとする。
しかし、その前に男は衛兵へと口を開いた。
「ラズリー、問題はすぐに報告しろと伝えておいたはずだが」
「……申し訳ありません」
「手が放せなかったのはわかる。ただ、ほかのものを使っても次からは私に回せ」
「はっ!」
あの生意気な衛兵をそう説き伏せた男は次に、こちらを向く。
──その男の正体に私が気づいたのは、その時だった。
「スミス?」
そう、その男は私達が解雇したはずの元衛兵長だった。
一瞬私にはその姿がわからなかったほどに、着飾ったスミスは笑顔で告げる。
「ご無沙汰しております、当主様。いえ、元当主様と言うべきでしょうか」




