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『東方仙影譚』第四十七話

 いつまで続くんだ? 本当に、本当にめんどくせぇよ。

 ルクスを殴り倒し、妹紅の包囲をすり抜け、ついには輝夜の腹まで本気で蹴り飛ばした。俺を心配して、必死になって追いかけてくれる大切な仲間たちを、俺は自分のこの汚い両手と両足(暴力)で、次から次へと傷つけ続けている。

 

 マントのフードを深く被り直した俺は、罪悪感で吐き気を催しながら、里のさらに狭く暗い路地裏の迷路へとがむしゃらに逃げ込んだ。

 みんなの為なら、悪役にだってなってあげるよ。

 

 俺を嫌ってくれ。俺を出来損ないの冷酷な不審者だとののしって、見捨ててくれ。あっちの世界の親みたいに、最初からいなかったものとして忘れてくれ。

 そうすれば、お前らはこれ以上俺のせいで悲しそうな顔をしなくて済むし、俺の汚い拳で傷つくこともなくなるだろ。

 このままじゃ、俺自身がどうなっちまうか分からないんだ。自己嫌悪が溢れてして、自分の心すら完全に壊しちまいそうなんだよ。

 ――タッ、と。

 

 暗い路地の行き止まり、冷たい壁の目の前に、一人の少女が静かに滑り込んできて俺の行く手を完全に遮った。

「……っ!?」

 フードの隙間から見上げたその先にいたのは、長い耳を小さく震わせ、紫色の髪を揺らしている永遠亭のウサギ。

 

 鈴仙が、目の前に立っていた。

 

 おい、嘘だろ。26話の永琳さんの激痛実験の時に部屋の前でガタガタ震えていたはずのお前まで、なんでこんな里の薄暗い行き止まりに正確に先回りして、そんな真剣な顔で俺を睨みつけてんだよ。

 ヤバイ。こいつの目を見たら、波長を狂わされてガチの催眠にかかっちまう。見ないように、絶対に目を合わさないようにしないと。

「俺は大丈夫だから、どいてくれよ」

 俺は一歩後退り(あとずさり)しながら、震える声を必死に男前なトーンに整えて、冷たく言い放った。

 だが、いつもは頼りなくてオロオロしているはずの鈴仙は、その華奢きゃしゃな身体を一歩も引くことなく、俺の目を真っ直ぐに見据えて、かつてないほどりんとした強い声を響かせた。

「どかせるなら、どかしてみてください」

 ――ゾクッ!!! と、全身に鳥肌が立つほどの強いプレッシャーが路地裏の空気を支配した。

 次の瞬間、鈴仙の瞳が、おそろしく禍々(まがまが)しい深紅の光(狂気の波長)を放って妖しく発光し始める。

 

 俺はその場に強く、強く目をつむった。

 

 視界が真っ暗闇に包まれる。目を開けたら終わりだ。だけど、目を瞑ったままじゃ、これまでの小回りの効く喧嘩のステップで鈴仙の横をすり抜けることも、攻撃を叩き込んで強引に突破することもできねぇ。

 暗闇の中で、俺の激しい心臓の鼓動だけが、冷たい壁に虚しく響き渡っていた。

 

 ――だが、次の瞬間だった。

 

 まぶたの裏を刺していたあの禍々しい赤い気配が、ふっと静かに消えていく。

 

 光が収まった。

 

 不思議だ。俺は確かに、今も強く目を瞑っているはずなのに、周囲の空気がおそろしく温かい光で満たされていくのが、肌を通じてハッキリと分かった。狂気の波長なんかじゃない。もっと優しくて、どこか懐かしい、あの永遠亭のリビングと同じお茶のニオイ。

「仙さん!」

 鈴仙の、いつものオロオロとした、だけど心底俺の身を心配してくれている優しい声がすぐ目の前で響いた。

 

 お願いだから、もうそれ以上近づかないでくれ。

 俺は深くフードを被ったまま、両腕で自分の頭を強く抱え込み、喉の奥から一番隠しておきたかった本当の弱音を絞り出した。

「俺もう……、汚れてるんだよ。だから、来ないで」

 外の世界の親に『出来損ない』だと殴り飛ばされ、居場所を無くして。

 そんな俺を心配してくれたルクスをこの手で何度も殴りつけて、妹紅の包囲をすり抜け、輝夜の腹まで本気で蹴り飛ばした。

 自分を大切にしてくれるあいつらを、俺は自分のこの汚い暴力で傷つけたんだ。そんな最低な奴、もう誰も近づいちゃいけない。嫌って、見捨てて、どこかへ置いていってくれよ。

「やなこったっ!」

 ――バサァッ!!! と、俺のまぶたの裏の暗闇を吹き飛ばすような、力強い声が至近距離で響き渡った。

 

 いつ来たんだ。

 なんで。

 

 本当に、お前らなんて大嫌いだ、どっか行けって、あんなに激しく突っぱねたじゃないか。腹を本気で蹴り飛ばされて痛いはずなのに、なんで妹紅もお前も、そんなに当たり前みたいに俺のすぐ横に立ってやがるんだよ。

あるじ……』

 衣服の擦れる音がして、俺のすぐ目の前で、誰かが静かに土に膝をつく気配がした。

 

『主、我輩にも、分けてくれよ。責任』

 耳元に届いたのは、少し掠れてはいるけれど、おそろしく穏やかで温かい、我が相棒――望月ルクスの澄んだ重低音ボイスだった。

 

 ……は?

 お前、何言ってんだよ。

 お前はさっき里の大通りのど真んで、俺に馬乗りになられて、顔面を何度も何度も無我夢中で殴られた『被害者』の側だろうが。

 逆だろ、普通。

 お前が俺のことを「なんて酷いことをするんだ」って責めて、俺のせいで傷ついたんだからお前の方に責任があるって、怒鳴り散らすのが普通だろ。

 

 なのに、なんでお前は、俺が一人で抱え込んで押し潰されそうになっているその罪悪感(責任)すらも、半分我輩に分けろなんて優しいことを言ってやがるんだ。

 

 イカれてやがる。

 

こいつも、妹紅も、輝夜も、魔理沙も、どいつもこいつも全員ガチで頭がおかしいわ。

 実の父親から暴力を振るわれ、傷ついた心を歪んだプライドで隠して「悪役」になろうとした俺。

 だけど、そんな俺の必死な拒絶を、おそろしく理不尽なまでの無条件の優しさで秒速で全否定してくる仲間たち。

 俺と望月ルクスの物語は、やっぱりタイトル以上の大渋滞と温かい涙と共に、相棒のイカれたセリフに心の底から驚愕きょうがくしながら、張り詰めていた暗闇の氷が、少しずつ、少しずつ溶け出していくのだった。

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