『東方仙影譚』第四十六話
喧嘩だけはめちゃくちゃ強かったんだ。
『出来損ない』と殴られ続けた俺の人生の中で、唯一あいつらを見返せる取り柄は、それだけだった。十二歳の小さな身体。路地裏での小回りも、死角を突くステップも、あっちの世界の不良どもをボコボコにして生き延びる中で嫌というほど身体に叩き込んできた。これなら十分、妹紅の追跡からだって逃げられる。
俺はマントを黒い影のようにパタパタと羽織りながら、里の複雑な迷路の奥深くへと、さらに孤独に潜り込んでいった――その瞬間だった。
ガシィィィッッッ!!!!
「っ……がふっ!?」
路地の角を曲がろうとしたまさにその刹那、俺の小さな身体は、背後から突如として現れたおそろしく強大で、びくともしない『力』によって完全に背後から抱きすくめられ、その場に縫い付けられた。
俺はなにかに体を押さえられた。
後ろから俺の胴体をガッチリとホールドし、十二歳女子の腕力をフルパワーにしても1ミリも動かせないほどの、絶望的なまでの膂力。
輝夜だ。
振り向かなくても、そのお日様の温かい布団のようなニオイと、服の感触で一瞬で分かった。
本当に、この物語の初期から怪力だよな、お前は。
3話のあの時も信じられない怪力で抱き抱えて永遠亭まで運んだり、22話の朝一番におでこをごっつんこして脳震盪を起こすほどの破壊音を響かせたり。お前、月の姫のくせに、なんでそんなプロレスラー並みのおそろしい筋肉を隠し持ってんだよ。
「行かせない」
耳元で、輝夜の、いつものニートのトーンとは全く違う、おそろしく真剣で強い決意の籠もった声が響いた。
めんどくせぇ。
放っておいてくれって言ってるだろ。
でも、このお姫様のガチの怪力は、ただ力任せに暴れたって絶対に振り払えないな。ビクともしねぇ。腕のホールドが強固すぎて、このままだと、またルクスや魔理沙たちに囲まれて、あの残酷なまでの優しさで俺の壊れかけた心をすり潰されちまう。
いや、振り払えないなら、攻撃すりゃいい。
俺は外の世界の不良どもを黙らせてきたあの実戦の技術を躊躇なく発動させ、輝夜のホールドの僅かな隙間に向かって、自分の小さな足を思いっきり後ろへと跳ね上げた。
ドガッッッ!!!!
俺は輝夜の腹を、後ろ蹴りで思い切り蹴った。
「うっ……!」
いくら初期からの怪力ニート姫と言えど、不意を突いたキックの衝撃までは殺しきれなかったらしい。輝夜の腕の力が一瞬だけフッと緩んだ。俺はその瞬間を逃さず、ずるりとホールドから抜け出すと、そのまま振り返ることもなく前方の路地へと走って逃げた。
いつまで続くんだ?
ルクスを殴り倒し、妹紅の包囲をすり抜け、ついには輝夜の腹まで本気で蹴り飛ばした。
俺を心配して、必死になって追いかけてくれる大切な仲間たちを、俺は自分のこの汚い両手と両足で、次から次へと傷つけ続けている。
めんどくせぇ。
本当に、本当にめんどくせぇよ。
俺の心の中に、果てしない自己嫌悪のドス黒いマグマが限界突破して溢れ出す。
俺と望月ルクスの物語は、やっぱりタイトル以上の大渋滞と自己嫌悪と共に、大切な仲間を自分の足で蹴り飛ばして傷つけた激しい罪悪感を抱えたまま、里の真っ暗な路地裏の迷路へと、さらに深く、孤独に出荷されるのだった。




