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『東方仙影譚』第四十四話

「こっち来んな……」

 俺は顔を膝に埋めたまま、感覚の無い腕をカタカタと震わせ、かすれた声で相棒を拒絶した。見られたくねぇんだよ。こんな場所で片腕引きずって泣きわめいてるなんて、格好悪すぎてお前にだけは見せたくねぇんだよ……!

『……』

 ルクスは何も言わなかった。威厳のある魔王のトーンで語ることも、いつものトーンでボケることもなく、ただ無言のまま、棚の物陰の狭い暗闇へとその大きな上体を滑り込ませてきた。

 ――ギュッ、と。

 完璧な現代風の私服に化けたルクスの大きな両腕が、床にうずくまる俺の小さな身体を、壊れ物を扱うみたいにおそろしく優しく、だけど絶対に離さないという強い決意を込めて、正面から力強く抱きしめてきた。

 お日様の下で干したお布団のような、あの温かいルクスのニオイが、過呼吸で冷え切った俺の身体を優しく包み込んでいく。

「や……めろ……」

 俺は、感覚の消え失せた左腕を必死に動かそうとして、ルクスの胸を弱々しく押し返そうとした。口から漏れ出たのは、自分でも情けなくなるくらいにか細く震えた、消え入りそうな抵抗の声だった。

 離せよ。俺は『出来損ない』なんだぞ。外の世界の親にすら殴られて、拒絶されて、居場所を無くして逃げてきた、ただの格好悪い十二歳の家出少女なんだぞ。そんな奴を、魔界の七大悪魔の一角だったお前が、なんでそんなに愛おしそうに、必死になって抱きしめてくれてんだよ……。

 ルクスの胸に顔を埋めたまま、俺の目から再び大粒の涙がポロポロと溢れ出し、奴の胸元を濡らしていく。あぁ、もうダメだ。このままこの相棒の腕の中で、全部諦めて子供みたいに大泣きしちまおうか――。

 

 そんな、俺の心が限界を迎えて崩れかけていた、まさにその時だった。

「おい! 仙!!!」

 バサァッ!!! と、棚のすぐ真横の引き戸が激しく開け放たれ、和室の中に妹紅の焦り狂った声が響き渡った。

「あ……?」

 俺はルクスの腕に抱きしめられた体勢のまま、涙まみれの顔を弱々しく上げて、開いた口が塞がらない顔で引き戸の方向を見上げた。

 

 だが、勢いよく突入してきたはずの妹紅は、狭い棚の物陰で、完璧なイケメン姿のルクスに俺が正面からすがり付くように抱きしめられ、大粒の涙を流してボロボロに震えている姿を目の当たりにした瞬間、その場にピタリと硬直した。

「せ、ゔ、あ……」

 妹紅の口から、掠れた声にならない絶句が漏れ出た。

 いつもなら「表出ろ」とか「焼き鳥奢ってやる」とかぶっきらぼうに言ってくるあの不法侵入ヤンキーが、俺のあまりにも痛々しい姿と、それを必死に守ろうとするルクスのガチの空気を前にして、ショックのあまりかけるべき言葉を完全に見失って震えている。

 

 やめろ。そんな可哀想なものを見るような目で、俺を見るな。

 外の世界で、出来損ないだって殴られて、床に這いつくばっていたあの惨めな瞬間がフラッシュバックして、胸の奥から激しい拒絶の感情がせり上がってくる。

 対等の相棒になったはずのルクスにも、優しいお姉ちゃんみたいに頭を撫でてくれた妹紅にも、こんな無様ぶざまな姿だけは、これ以上絶対に晒したくなかった。

 

 俺はルクスの胸に顔を伏せて引き攣る呼吸を堪えながら、喉の奥から絞り出すような、おそろしく冷え切った震え声で、目の前の少女を拒絶した。

「どっか行けや」

 お願いだから、今は誰も俺を見ないでくれ。

 

実の父親に殴られた右頬の激痛と、過去のトラウマの吐き気の中で、自分を見つけ出してくれた仲間の優しさを、歪んだプライドから激しく突っぱねてしまう俺。

 俺と望月ルクスの物語は、やっぱりタイトル以上の大渋滞と剥き出しの絶望と共に、かつてないほど痛々しい拒絶の言葉を響かせながら、涙の止まらない和室の隅で、張り詰めた沈黙へと、沈み込んでいくのだった。

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