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『東方仙影譚』第四十二話

 気がつくと、俺は永遠亭のリビングに戻ってきていた。

 鼻を突くのは、いつもの居候生活でお馴染みの、温かいお線香とお茶のニオイ。

 

 あぁ、ヤバイ。まだ涙が全然収まってないのに。

 必死に顔を伏せて袖で目を擦るけれど、外の世界のあの冷父親の記憶がフラッシュバックして、大粒の涙がボロボロと溢れ出して止まらない。

「……」

 食卓のベンチの定位置に座っていた輝夜が、丸くした瞳で俺の姿をじっと見つめていた。

 

 やめろ、見るな。

 

「どうしたんだ?」

 魔理沙が箒を持ったまま、驚いた顔で歩み寄ってくる。

 

 見るなよ、俺の情けない姿。どうせ笑い者にするんだろう? また、笑われる運命なんだろ? 俺は。

 過呼吸のように胸が激しく上下する。息ができない、頭痛い。吐き気がする……。俺がリビングの畳の上で、自分の胸をガシッとキツく掻きむしりながら崩れ落ちそうになった、その時だった。

『……』

 無言のまま、完璧な現代風の私服姿に化けたルクスが、俺の身体をごつくて大きな両腕でそっと優しく抱きしめた。

 

 どうせ後から捨てるくせに。

 外の世界の連中みたいに、俺が『出来損ない』だからって、最後は手のひらを返してゴミみたいに放り出すくせに。

「やめろ」

 俺はルクスの胸を弱々しく押し返そうとした。

 だけど、視界の端に映ったルクスの人間の顔は、おそろしく歪んでいた。

 みんな辛そうで。隣に立つ妹紅も、魔理沙も、俺なんかよりずっと悲しそうな顔をしていて。

「……」

 妹紅が静かに歩み寄り、床にへたり込む俺の頭を、温かい手つきで優しく撫で始めた。

「やめろって」

 きっと、本当に俺より辛いから。しかもこいつらは、優しいから。

 だけど、それ以上に悲しそうな顔をされたら、俺は自分の弱音を言えなくなるじゃねぇか。

「お願いだから、やめてくれよ」

 言えない。こういうの言えないんだよ。

 もっと怒ったり、大泣きしたり、子供みたいにわがままを言ったりしたいのに、お前らがそんな顔をしてたら、俺は何も吐き出せなくなるだろ。

「聞いてんのかよ」

 俺は頭を振って、妹紅の手を振り払おうと声を震わせた。そこへ、さっきまで食卓にいたはずの輝夜までが静かに歩み寄ってきて、俺の目の前でゆっくりと腰を落とした。

「大丈夫」

 お前も来んのかよ。せめての尊厳を守らせてくれ。

 こんなボロボロで醜い姿を、これ以上みんなにさらさせないでくれ。

「その手を退けろ」

 俺は顔を伏せ、涙まみれの声を絞り出した。

 お前らみたいな、優しい人達より悲しそうにすることなんて、俺のプライドが絶対に許さない。

 だけど――。

「なんで……」

 なんで、お前らがそんなに泣きそうな顔をしてるんだよ。

 

 俺だって、悲しいのに。

 

実の父親に殴られた右頬の激痛と、過去のトラウマの吐き気の中で、対等の相棒や居候先の少女たちの優しさにかたくなに心を閉ざそうと拒絶する俺。

 俺と望月ルクスの、幻想郷での居候生活数日目の夜は、やっぱりタイトル以上の大渋滞と感情の爆発と共に、かつてないほど気まずくて、おそろしく温かいリビングの真ん中で、涙が止まらないのだった。

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