『東方仙影譚』第四十一話
鬱展開ってこういうので合ってたのかな?
『アイツ、我輩の主に……!』
完璧な現代風の私服に化けたルクスの全身から、おそろしく冷徹で、だけど激しい「憤怒の魔力」がビリビリと立ち上った。人間の姿のまま、その紅い瞳にガチの殺意を滾らせて、今にも目の前の重厚なドア(父親)を物理的に粉砕しようと拳を握りしめる相棒。だが、俺は地面にひっくり返った体勢のまま、腫れ上がった頬を押さえて必死に叫んだ。
「ルクス、やめろ」
『……!』
「ここでは暴力は決して許されない。ルクスの世界とは、違うんだよ。だから、大丈夫」
ここでルクスが魔王の力を使って父さんを殴り飛ばしたり、家をぶっ壊したりしたら、それはもうただの取り返しのつかない大事件だ。幻想郷の弾幕ごっこ(スペカ)のルールとは違う。外の世界の法律や警察は、悪魔の主従(俺たち)を絶対に容赦してくれない。
俺の必死な制止を聞いて、ルクスは拳をワナワナと震わせ、ドアを睨みつけたあと……最後は悔しそうに、だけど主人の言葉を絶対に守る従者(相棒)の顔に戻って、静かに頭を下げた。
『……はい』
「仙……」
マントのフードを深く被ったままの妹紅が、何も言えずに、ただおそろしく悲しそうな声で俺の名前を呟いた。
やべぇ。自分でも、口から出ている声がガタガタに震えているのがハッキリと分かった。油断したら、今この瞬間にでも、堰を切ったように大粒の涙がボロボロと溢れ出してしまいそうだ。だけど俺は、地面に打ち付けられた背中の激痛を堪えてどうにか立ち上がると、二人の前で大袈裟に手拍子を打ってみせた。
「あ、せっかくだからさぁ、自販機でみんなに飲み物買ってこうぜ」
とにかく、別のことを考えなきゃダメだ。この重苦しい空気をどうにかしていつものギャグ(コメディ)に戻さないと、俺の心が本当に壊れちまう。
「みんなどんなのが好きなんだ?」
ダメだ。人前で泣かないって、居候生活の数日間でも、ルクスの前でも、ずっと心に強く決めていたのに。
視界が、じわりと熱い涙で歪んでいくのを止めることができなかった。ぽたぽたとアスファルトの地面に、俺の情けない涙がシミを作っていく。
そんな、泣き顔を見せないように必死に顔を伏せて震えている俺の肩を、ルクスは人間の私服姿のまま、大きな手でそっと優しく包み込んだ。
『もう、行こう』
「あ、でも……」
でも、まだちゃんと話し合いもしてないし、父さんにあんなこと言われたままだし――。
俺がなおも空元気を振り絞ってこの場に踏みとどまろうとするのを、今度は隣にいた妹紅が、そっと俺の背中に手を当てながら、これ以上ないほど温かい声で遮った。
「あぁ、行こう」
不法侵入ヤンキーで、いつも輝夜とプロレスごっこをしてるあの妹紅が、まるで本当の優しいお姉ちゃんみたいな顔をして俺の背中を支えてくれている。
ここに俺の居場所はもうない。だけど、俺にはもう、あの優しくてグダグダでカオスな、あの温かい永遠亭の日常(帰るべき場所)があるんだ。
『……帰るぞ、主。我輩たちの家へ』
ルクスは紅い瞳を優しく細めると、ポケットから魔理沙からもらったあのオレンジ色の転移装置を取り出し、そのスイッチを大きな親指で力強くグッと押し込んだ。
キィィィィン!!!
次の瞬間、コンビニの裏路地の暗闇を吹き飛ばすような、おそろしく眩い光の渦が再び俺たちの身体を優しく包み込んでいく。
実の父親から冷酷な暴力を振るわれ、泣きたいのを必死に堪えて空元気を出し、挙げ句の果てには対等の相棒と不死身の少女の優しさに救われて、再び光の向こうへと出荷される俺たち。
俺と望月ルクスの外の世界への一時帰還編は、やっぱりタイトル以上の大渋滞と涙を抱えたまま、あまりにも無慈悲な現実の壁を背に、俺たちの幻想郷へと、引き揚げていくのだった。
うん、これぞ友情(?)




