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『東方仙影譚』第四十話

頑張った、うん

 キィィィィン!!! とリビングのど真ん中でおそるべき光の渦が爆発的に吹き荒れ、俺たちの視界が真っ白な光で満たされた。ズルズルと次元の壁を引き裂かれるような、おそろしく激しい浮遊感。

 

  そして、ドサリと足元に確かな硬い感触が戻り、光が晴れた。

 

 ツンと鼻を突いたのは、排気ガスと、どこかの飲食店から漂う油のニオイ。気がつくと、一話目のコンビニの裏だった。

 灰色のコンクリートの地面、無機質な室外機、そして表から聞こえてくる、車の走行音。間違いない。数日前に俺が足の骨を挫いて、そのまま影の異形に引っ張られて消えちまった、あの始まりの場所だ。

「……」

 ふと隣を見ると、一緒に強制出荷されたはずの藤原妹紅が、見たこともないアスファルトの地面や自販機の光を前に、まるで見事な彫刻のようにガチガチに固まっていた。おいもこたん!!! 完全に現代文明の景色に脳の処理が追いつかなくなって、キャパオーバーでフリーズしてんじゃねぇよ!

 いや、妹紅のフリーズを弄っている場合じゃない。まずこのままだと、妹紅とルクスは目立つなぁ。

 白髪にお札まみれの服を着た少女と、頭に軍帽を被った170センチオーバーの巨大なモフモフのキツネ。こんな組み合わせでコンビニの表通りに出たら一瞬で通報されて警察官に包囲されるわ!

「ルクス、人間になってくれ」

『あぁ』

 ルクスがコクコクと頷き、全身に深緑色の魔力を滾らせた。ボンッ!!! と煙が立ち込めた中心には、キツネ耳も尻尾も綺麗に引っ込めた、非の打ち所がない完璧な「人間のイケメン姿」の相棒が直立していた。23話の自主練の成果が、ここでガチで完璧に発揮されやがった。

 だが、その人間の姿のルクスが着ているのは仕立ての良い「軍服」。顔はイケメンだけど、やっぱり普通に街中を歩くにはコスプレ不審者にしか見えない。

「他のさ、なんか。現代風な服になれない?」

『こんなのですか?』

 ルクスが魔力をファサッと揺らすと、軍服とマントが一瞬にしてスタイリッシュな現代風の私服へと上書きされた。よし、完璧だ。ルクスのカモフラージュは終わった。問題は、未だに自販機の横でガタガタ震えているあの不法侵入女子だ。俺は適当な解決策を口にした。

「妹紅は、えー。マントでも着てろ」

「雑すぎない?」

 ルクスがさっきまで羽織っていた深緑色の大きなマントを頭からバサァッと雑に被せられ、フードの隙間から不満げな顔を覗かせる妹紅。おいもこたん、そんな文句そうな目で俺を見るんじゃねぇ! 俺のキャパシティなんてそんなもんだわ!

 マントのフードを深く被らせることで、どうにか不審なファンタジー系コスプレイヤーのレベルまではカモフラージュできた。まぁ。しょうがない。一応フードは被らせているし、どーにかなるだろ。

 アスファルトを歩くルクスの革靴の音と、妹紅の和風な木靴の変な音が街並みに響く。

 俺は記憶を頼りに実家へ向かった。

 

 見慣れた住宅街の角を曲がり、俺の足は、家出する前まで毎日暮らしていた懐かしい一軒家の前でピタリと止まった。実家に着いた。

 表札には、27話でルクスと共有した俺のファミリーネーム――『望月』の二文字が、いつも通りそこに掲げられている。

 

「よし二人とも、そこら辺の電柱か壁の物陰に隠れてろ。いいって言うまで絶対に出てくるなよ」

 俺は小声で指示を出すと、マントのフードを深く被ったままの妹紅と、私服姿のルクスを家の前の死角へと隠れさせた。

 ドクン、と心臓が小さく跳ねる。俺は少しだけ緊張で震える指先を伸ばし、玄関の横にあるインターホンを静かに押し込んだ。

 

ピンポーン……。

『はい、どなたですか?』

 スピーカーの向こうから聞こえてきたのは、数日間ずっと聞いていなかった、だけど聞き間違えるはずのない懐かしい声だった。俺は深く息を吸い込み、いつもの男勝りなトーンのまま、インターホンに向かって声を返した。

「あ、すみません。俺だよ、仙」

『……っ!?』

 スピーカーの向こうで一瞬、息を呑む気配がした。

 そして次の瞬間、玄関の鍵がガチャガチャガチャッ!!! とおそろしく猛烈な勢いで解錠され、バァァァン!!! と勢いよくドアが開けられた。

 そこには、髪を少し振り乱し、血眼になって目を見開いた父さんの姿があった。

 

 あぁ、やっぱり心配してくれて――そう思った、まさにその時だった。

 父親の口から飛び出してきたのは、俺の淡い期待を木っ端微塵に粉砕する、おそろしく冷酷で刃物のような怒声だった。

「もう顔を見せるなと言っただろ。出来損ないが」

「……」

 俺の思考が、一瞬にして真っ白にフリーズした。

 出来損ない。外の世界にいた頃、耳にタコができるほど俺の心臓をえぐり続けていた、あの最悪な呪いの言葉。

「出てけ」

「……!」

「出てけ!」

 次の瞬間、俺の視界が激しく反転した。

 

 ドガッッッ!!! とおそろしく生々しい鈍い衝撃音が響き、気がついた時には、俺は冷たいコンクリートの地面へと容赦なく叩きつけられていた。

 

 父さんに殴られた。

 

 頬が熱く、ジンジンと引き裂かれるように痛い。

 受け身も取れずにアスファルトへ打ち付けられた、背中が痛い。

 

 ガチャン!!! ピピッ、と、俺が何かを言い返す暇すら与えられないまま、目の前の重厚な実家のドアは、おそろしく冷徹に、そして強固に閉まって施錠されてしまった。

 

朝一番から不法侵入に脅かされ、魔王を撃退し、ようやく辿り着いたはずの俺の実家。

 だけど、俺を待っていたのは、涙の和解なんかじゃなく、実の父親からの冷酷な暴力と絶縁の言葉。

 俺たちの外の世界への一時帰還編は、やっぱりタイトル以上の最悪な空気と激痛と共に、あまりにも無慈悲な現実の壁に、ぶち当たるのだった。

こういうのってシリアスの範囲内?

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