『東方仙影譚』第三十二話
キメラ吸いは気持ちいいZOY☆
こうして、魔界からの最凶の刺客アスモデウスは、ルクスの目潰しとヒロインたちの無言のガチリンチによって、わずか一話(数分)で完全に心が折れて魔界へと泣きながら帰っていった。
急遽始まったはずの大バトル新章のフラグを、ただのグダグダ物理コントで強制終了させた俺たちは、とりあえずリビングの食卓の椅子へと座り直した。
ふぅ、と溜め息をひとつ。
朝一番から不法侵入に脅かされ、太ももの裏を違えて自爆し、食卓でゴキ○リの命の重さについて論争した挙句に魔王の襲来。俺の精神的エネルギーは、今この瞬間、完全にマイナスへと突入して枯渇しかけていた。要するに、癒やしが欲しかった。
俺は、お茶をすすりながら俺の隣で大きいキメラ姿(ふさふさのアカギツネの顔に軍帽マント付き)のまま直立している自慢の相棒を見つめ、大真面目なトーンで提案した。
「ルクス。吸っていい?」
『???』
突然の俺の物騒な問いかけに、ルクスは軍帽の下からアカギツネの大きな耳をピョコピョコと動かし、紅い瞳を丸くして首を傾げた。
「猫吸いならぬキメラ吸い……。いい?」
『どう、やるのだ?』
十九話の威厳ある魔王トーンのまま、ルクスが不思議そうに問い返してくる。見た目は巨大な獣のそれだが、こいつの毛並みは昨日からゴムボールで一緒に遊んでいた時も思ったが、おそろしくふかふかで柔らかいのだ。
「こう、毛に顔を埋めて吸うんだよ。至福だよ至福」
『お好きにどーぞー』
感情が1ミリも籠もっていない、完全なカタカナ棒読みでの快諾だった。おい相棒、さっき二十八話のコントの時と同じ「魂の抜けたバイトの接客」みたいなトーンで許可を出すんじゃねぇよ。だが許可は下りた。
「あ、失礼します」
俺はパイプ椅子から身を乗り出すと、一切の躊躇なく、ルクスの大きな胴体――そのふっさふさな暗いオレンジ色の毛並み目がけて、思いっきり全力で自分の顔面をダイレクトに埋め込んで、スーハースーハーと深呼吸(キメラ吸い)を敢行した。
ゔはぁ、最高。
魔界の悪魔のニオイがするのかと思いきや、お日様で干したお布団のような、おそろしく香ばしくて温かい極上のモフモフ感が俺の荒んだメンタルを秒速で限界突破まで癒やしていく。これが望月ルクスを完全にお買い上げ(契約)したマスターだけの特権だ。至福すぎる。
そんな俺たちの、朝の激戦の直後とは思えないほど緊張感の欠片もない主従のイチャイチャを特等席で見せつけられた藤原妹紅は、湯呑みをすすりながらスンッとした真顔で呟いた。
「なにを見せられているのか?」
ガチの正論だった。おいもこたん、正論で俺を刺すんじゃないわよ。確かに客観的に見たら、十二歳の女の子がリビングのど真ん中で170センチオーバーの二足歩行のキツネの腹に顔を埋めてハァハァ息を吸っているのだから、ただの事案(変態)の絵面そのものだ。
すると、隣にいたニートのお姫様(輝夜)が、紅い瞳をキラキラと輝かせながら、実におねだりするようなトーンでルクスの前に歩み出た。
「吸っていい?」
「あぁ、輝夜よ。侵されてしまったか……」
妹紅が、ついに宿敵の姫様まで外の世界の異常なモフモフ欲のウイルスに毒されてしまったのを目撃し、おそろしく哀れみの籠もった声でため息をついた。だが、当のルクスはやっぱり死んだ魚の目のまま、これまたいつも通りのトーンで快諾した。
『お好きにどーぞー』
「お日様の匂い……」
輝夜はルクスのお腹にガバッと顔を埋めると、うっとりとした表情で、ニート特有の最高の癒やしを全身で満喫し始めた。お姫様、ガチで名残惜しそうにスーハースーハーすんな。
すると、お腹を二人の女子に交互に吸われ、完全に永遠亭の無料キャットタワー(キツネだけど)と化した我が自慢の相棒は、軍帽の下からボソッと冷静なツッコミを漏らした。
『なにをやらされているんだろう』
正気に戻るんじゃない。お前、さっき二十七話で「我輩の心臓に刻むに相応しい、気高き名なのだ」って格好よく契約を交わしたはずなのに、その数分後にリビングで女子たちに代わる代わる吸引される役職(モフモフ担当)に任命されるとは思わなかったよな。
「もこたんもやろう」
ルクスのお腹から顔を離した輝夜が、ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべながら、食卓の隅でドン引きしていた妹紅を手招きした。
「無理です」
「やろう」
「無理です」
「やろう」
「無理です」
もこかぐによる、朝一番の不法侵入並みの不毛な押し問答がリビングの中に響き渡る。妹紅のディフェンスは完璧だ。ポケットに手を突っ込んだまま、ガチトーンの拒絶(無理です)をマシーンのように連発している。
だが、月の頭脳の元で暮らすニートのお姫様のハメ技(罠)は、ここからがおそるべき本領発揮だった。
「ハチ目アリ科の昆虫は?」
「アリです」
「○村香澄?(○に入る言葉を答えよ)」
「有りです」
「サイタマスーパー○○ーナ?(○に入る言葉を答えよ)」
「アリです」
「キメラ吸いは?」
「アリです……ふぁ!?」
言葉のコンボが完璧に決まった。
ハチ目アリ科(蟻)、有村架純(有り)、さいたまスーパーアリーナ(アリ)という、外の世界の怒涛の連想クイズ大喜利にテンポ良く答えていた妹紅は、最後の誘導尋問に見事なまでに引っかかり、自らの口で「アリです」とキメラ吸いを全肯定する判決を下してしまったのだった。
「よし吸おう」
「やらんって」
我に返って大慌てで顔を真っ赤にする妹紅と、ハメ技が成功して大はしゃぎで迫る輝夜。
「それで稼げるかな?」
お祓い棒を片手に、リビングの窓際に立っていた博麗霊夢が、おそろしく金の匂いを嗅ぎつけた守銭奴の目で俺たちをジッと見つめていた。おい博麗の巫女!!! 友達の自慢の相棒の毛並みを使って、博麗神社で『1回10円・キメラ吸い体験コーナー』とかいう怪しい新ビジネスを始めようとするな! 悪魔の無駄遣いにも程があるだろ!
「外の世界では常識なのだろうか」
魔理沙が箒をガシガシと頭に押し付けながら、外の世界の愛猫家・愛犬家たちの度を越した「ペット吸い」の奇習を、本気で『外の世界の絶対的な常識・マナー』として脳内で深刻に勘違いし始めていた。おい魔法使い!!! 違うぞ! 外の世界の人間全員が、朝起きて野生の獣に顔を埋めてスーハースーハー息を吸って生きてるわけじゃねぇからな!
朝一番から不法侵入に脅かされ、魔王をゲーム機の角でボコボコにして撃退した直後に、リビングで全力のキメラ吸いと、それを取り巻く誘導尋問ハメ技大喜利の連鎖。
俺と望月ルクスの、幻想郷での居候生活数日目の朝は、やっぱりタイトル以上のグダグダさとカオス(だけど特大の癒やし)と共に、賑やかなお茶の時間を迎えるのだった。
ルクス、作者にも吸わせてくれ。あとルクス。そこ変わってくれよ。




