『東方仙影譚』第十五話
どうも作者の炙りサーモンです。この作品は東方projectの二次創作です。パロディやメタ発言、作者の勝手な解釈などが含まれます。それでも大丈夫という方は次に進んでください。
「……で、結局あの紅白は何だってんだ?」
喉を潤すための冷たい水を一気に飲み干した俺に、妹紅が腕を組みながら尋ねてきた。その表情には、まだ俺を傷つけられたことへの怒りが色濃く残っている。
「八雲の賢者様の見立てだとね」
布団の端に腰掛けた輝夜が、あきれたようにため息をついた。
「霊夢のやつ、仙の影の力……つまりルクスの気配を、幻想郷を脅かす『新しい異変の予兆』だと勘違いしたらしいのよ」
「はぁ!? 勘違いだぁ!?」
妹紅が声を荒らげる。
「いくら勘違いだからって、殺す気満々で『夢想封印』ぶっ放してきただろ! 一歩間違ってたら仙は死んでたんだぞ!」
「落ち着きなさい、妹紅。霊夢を擁護するわけではないけれど、正体不明の危険な影の怪物を連れた外来人なんて、あの巫女からすれば警戒して当然の対象だわ」
カルテをめくりながら、永琳が冷徹に、しかしどこか楽しげに会話に割って入った。
「とにかく、このまま逃げ回ってたら、次に会った時は本当に命がない。……誤解を解くためにも、ちゃんと博麗神社に行って話をしなきゃダメだな」
俺がそう言った、その瞬間だった。
それまで170センチの巨体のまま静かに佇んでいたルクスが、ゆっくりと、その大きな緑色の翼を羽ばたかせた。
『我が主よ。大丈夫ですか?』
「え? 喋った? ルクス喋った?」
あれ、幻聴じゃなかったんだ。
いや、つーか、なんかさ。
執事みたいな、忠誠心がすごいというか……。
「あぁ、もう大丈夫だよ。わざわざありがとうな、ルクス」
俺はそう答える。すると、ルクスは静かに深く頭を垂れた。
『我が主のおかげで、封印されていた言葉が話せるようになりました』
ルクスがそう言った。
封印?
封印ってどういうことだろう。
気になることは山ほどあるけれど……まぁ、でも、まだ聞かなくていいか。
いまはこいつが無事で、俺の言葉に応えてくれただけで十分だ。
「へぇ……」
最初に沈黙を破ったのは輝夜だった。彼女は感心したように細い息を吐き出す。
「ただの異形の化け物かと思っていたけれど、随分と義理堅い騎士様じゃない。仙、いい相棒を持ったわね」
「ふん、口が利けるなら最初から言いなよ、驚くだろ」
妹紅はそっぽを向きながらぶっきらぼうに言ったが、その耳の端が少し赤い。ルクスのあまりにもストレートな忠誠心に、当てられてしまったらしい。
ルクスは満足そうに、けれど静かに大きな羽をパタパタと揺らした。
そんな俺たちのやり取りを、永琳は眼鏡の位置を直しながら、興味深そうに眺めていた。
そして、その鋭い視線が、俺の左耳の耳たぶで小さく揺れるピアスに注がれる。
「ふふ、主の精神的な成長がその異形の封印を解いたのかしら。面白いわね、影の能力というのは。……ところで、仙。さっき手当をする時に気になったのだけれど、あなた、どうして『左の耳だけ』にピアスをつけているの?」
「え? ああ、これ? 外の世界にいた頃からずっとつけてるお気に入りなんだけど……」
俺は何気なく指先でピアスに触れた。すると永琳は眼鏡の奥の目を怪しく細め、どこか悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ふふ、やっぱり『外の世界』の人間ね。昔、外の世界ではね……女性が左耳だけにピアスをつけるのは、特別な意味があったのよ」
「特別な意味?」
「――同性愛者。つまり、女性を愛する女性であることの『秘密のサイン』。外の世界ではもうすっかり忘れ去られた古いジンクスだけど……不思議ね。外の世界で消えかけたその『概念』が、今、この幻想郷に境界を越えて流れ着こうとしているのを感じるわ」
永琳の言葉に、俺は思わず固まった。
「え……? 嘘、これってそんな意味があんの!?」
知らずに身につけていた歴史の悪戯に驚愕する俺を、隣に座る輝夜が、なんとも言えないニヤニヤとした視線で見つめてくる。
「へぇ……仙って、そういう趣味があったのね?」
「ち、違う! 本当に知らなかったんだって!!」
顔を真っ赤にして弁明する俺を余所に、なぜか妹紅までが少し気まずそうに、けれどどこかそわそわとした様子で俺から視線を逸らしていた。
緊迫した襲撃事件の直後だというのに、永遠亭の和室は、なんとも妙な空気に包まれた。
「ふふ、主の精神的な成長がその異形の封印を解いたのかしら。面白いわね、影の能力というのは」
永琳は顎に手を当て、眼鏡の奥の目を面白そうに細めた。
そしてじっとルクスの巨体を見つめながら、その声を一段低くする。
「……ねえ仙。あなた、外の世界では本当にただの人間だったのよね?」
「え? ああ、そうだけど。異能なんて持ってなかったし、ルクスだって外にいた頃はただの『ちょっと変な形をした影』だったんだよ。それが、幻想郷に来た途端に実体化して……」
「やっぱりそうね。外の世界にはもう、彼らのような存在を維持するための『神秘』も『信仰』も残っていない。だから完全に力を奪われ、ただの影として眠らされていたのよ。――キリスト教における、最高位の概念ごとね」
永琳の口から出た予想外の単語に、俺は思わず首を傾げた。
「きりすときょう……? なんだよそれ。ルクスと何の関係があるんだ?」
「大ありよ。この子の奥底から漂うのは、妖怪や神霊の妖気じゃないわ。もっと異質で、禍々しく、かつて一界の王として君臨していたような強大な気配……。外の世界の言葉で言うなら、そうね。『七つの大罪』」
永琳の言葉に、部屋の空気がピキリと凍りついたような気がした。
「人間のあらゆる罪の根源とされる、七つの大罪。その中で、この子が司っていたのはおそらく『憤怒』だわ。かつて世界を震撼させたであろう、憤怒の七大悪魔――それが、あなたの相棒の正体よ」
「は……?」
あまりのスケールの大きさに、俺の口から間の抜けた声が出た。
憤怒の七大悪魔。元悪魔。
いや、待て待て待て。
なにその設定!?
めちゃくちゃ盛り盛りじゃん!!
格好いいけど……格好いいんだけど、なんかちょっと、その……。
(……厨二病っぽくて、めちゃくちゃ恥ずい!!)
俺は布団の中で、顔がカッと熱くなるのを感じた。
「俺の影には異形が棲む」ってタイトルだけでも結構ギリギリ攻めてるなと思ってたのに、まさか中身がキリスト教のガチの悪魔だったなんて、誰が予想するんだよ。おい作者ァ!!(※本日二度目のツッコミ)
でも、ちょっと待てよ?
俺は改めて、目の前に立つルクスの姿を見上げた。
黄色で縁取られたひし形模様の腰巻き。そして、その大きな体を包む、夜の闇に溶け込むような深緑色のドラゴンの鱗。
「なぁ永琳さん。七大悪魔のサタンってさ……確かイメージカラーは『赤』じゃなかったっけ? 怒りの炎みたいな。でも、こいつどう見ても尻尾とか、羽とか緑色なんだけど……」
俺の疑問に、永琳はくすりと笑った。
「そうね。かつて憤怒の王だった頃は、文字通り燃え盛るような赤色だったのでしょうね。でも、今の彼はあなたの影であり、あなたの相棒よ。きっとあなたと過ごすうちに、その禍々しい怒りが削ぎ落とされて、ずいぶんと『丸くなった』んじゃないかしら?」
「丸くなった……ルクスが?」
俺が顔を見上げると、深緑色の巨体をしたルクスは、どこか決まり悪そうに目を逸らし、大きな羽をパタパタと揺らした。
(元・憤怒の悪魔が、俺と出会って丸くなって緑色になるとか……可愛すぎかよ)
「へぇ……」
隣で聞いていた輝夜が、なんとも楽しげにクスクスと笑い声を漏らす。
「外の世界の悪魔様ねぇ。ずいぶんと大層な引き立て役を連れてきたじゃない、仙」
「ふん、悪魔だろうが何だろうが関係ないね」
妹紅がぶっきらぼうに俺の肩を小突いた。
「こいつはさっき、自分の身を挺してお前を守ったんだ。だったら、それだけで十分だろ」
『――その通りです、妹紅殿』
ルクスが静かにその紅い瞳を俺に向けた。
『我輩の真の力がどれほど禍々しく、忌むべきものであろうと、今の私は主の影。主の盾となる騎士。それ以外に意味などありません』
「ルクス……」
大真面目に騎士の礼をとるルクスを見て、俺は恥ずかしさを通り越し、なんだか少し誇らしい気持ちになっていた。
「よし! 設定のことは一度置いておこう。頭がパンクする!」
俺は包帯の巻かれた左腕を少し動かし、ベッドから起き上がった。
「永琳さん、すぐに動ける気付け薬をくれ。博麗神社に行くんだろ? 頼もしい『憤怒の悪魔様』と、最強の護衛がついてるんだ。紅白の巫女に、勘違いのツケをきっちり払わせにいかなくちゃな」
「ええ、無理は禁物だけど、送り出してあげるわ。……妹紅、しっかり仙の護衛をしてあげなさいね?」
「言われなくたって分かってるよ。あいつ(霊夢)のすました顔を拝みに行くのが、今から楽しみで仕方ないね」
妹紅が不敵な笑みを浮かべ、拳をパキパキと鳴らす。
ルクスという頼もしすぎる相棒と、心強い味方である妹紅。
死の淵から生還した俺は、今度は逃げるためではなく、自らの足で運命を切り開くために、博麗神社への道を歩み始める決意を固めたのだった。
読んでいただきありがとうございました!次回はなるべく早く出しますので、お待ちください。




