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明滅とその真実


 王都西門は、朝から閉じられていた。


 前日の限定診断で開いた細い迂回導路は、保守担当の手で封印状態へ戻されている。


 退避線の内側では四区画の手動遮断に一人ずつが付き、主遮断の前にはヴァルターが立つ。保守担当と記録係は線外に控えていた。昨夜、保守倉から出された旧式防護板も、それぞれの手が届く位置に置かれている。


 審査担当が記録板を開いた。


「四枚の防壁板を点灯させ、規定時間を保てば試験成立です。途中で停止した場合は不成立。あなた方から再試験を求めることはできません。再生材の適合審査へ進む既定の機会も失われます」


 卓上には、ヴァルターの保証書がある。試験後に西門を安全な状態へ戻せなければ、爵位を返上し、領地収入を復旧へ差し入れる。その条件も変わらない。


「承知しています」


 リディアが答えると、審査担当は卓の端に置かれた箱へ目を移した。王都の封印紐が、蓋を十字に押さえている。


「工房を封じた際に残っていた予備三片です。王都側が封を保ったまま搬出しました」


 提出済みの検体と、箱の外に付いた記録票が照合される。倉の廃棄軍装具から取ったこと。反響を合わせて選別したこと。出所も選別も一致していた。


「再試験が認められた場合に限り、施工材として開封します」


 認められなければ、箱は閉じたままだ。


 リディアは西門へ向き直った。


 新式変換環の内側に固定された旧核石へ、指を添える。前日に淡く光った一枚は、今はほかの三枚と同じように暗い。


 ヴァルターが主遮断へ手を置いた。


「始める」


 実負荷が入った。


 核石から押し出された力が、指の下を通って門へ走る。第一の防壁板が青く点いた。短い間を置いて、第二。第三。


 三枚の光は揺れない。指先へ返る反響も、まだ手の内に収まっている。


 記録係の筆が成功欄を埋め始めた。ユリウスは退避線の外から、点灯した三枚と暗い最後の一枚を見ていた。


 あと一枚だった。


 ここまで届けば、再生材を試せる。適合を証明できれば、営業停止を解ける。工房を、自分の名の仕事へ戻せる。


 ヴァルターが第四の負荷へ手をかけた。


 その直前、第一の光が細く縮んだ。


 明滅は一度だけだった。


 門へ伸びていた青が、逆に核石へ引かれた。


 同時に、指先へ返る力が一点へ寄った。まだ熱も音もない。何が塞いでいるのかも、どこを直せばいいのかも読めない。


 それでも、この先だけは読めた。第四を入れれば、戻りはもう指先では受け止められない。


「待ってください」


 ヴァルターの手が止まる。


 審査担当がリディアを見た。


「いま止めれば、試験は不成立です。あなた方から再試験は求められません」


 卓上の保証書と、封のされた合金箱が視界に入った。


 ここで止めれば、自分の適合証明は残らない。営業資格も、工房も失いうる。西門を安全へ戻せなければ、ヴァルターが差し出した爵位と領地の収入まで失われる。


 原因を読んでからでは遅い。


 昨日、自分でそう答えた。


「不成立で構いません」


 リディアは核石から手を離した。


「止めてください。全員、退避を」


 ヴァルターは理由を聞かなかった。


「全区画、遮断。退避しろ」


 ヴァルターが主遮断を落とす。四人の担当も区画遮断器を落とし、退避線の外で待つ記録係、保守担当のもとへ下がった。三枚の青が消える。


 供給は止まった。


 一拍遅れて、新式変換環が白く弾けた。


 継ぎ目から残留逆流が噴く。リディアの前へ、旧式防護板が割り込んだ。ヴァルターが両手で構えた板の核石が淡い膜を張り、青白い流れを受け止める。


 硬い音が保守回廊に響いた。


 膜が消える。防護板の表面に黒い筋が残った。


「全員、応答」


 ヴァルターの声に、退避線の外から返事が重なる。四区画。記録係。保守担当。リディアも答えた。


 負傷者はいなかった。


 審査担当は記録板へ時刻を書き込んだ。


「試験不成立。リディア・エルマーの停止命令。全員退避。区画遮断、主遮断、防護板使用。人的損害なし」


 失敗の一行は消えない。


 リディアは記録を見届けた。


「その記録で構いません。停止した設備の検分だけ、させてください」


 安全確認のあと、新式変換環の覆いが外された。


 銀色の環の下に、一本だけ焼けた筋が走っていた。


 旧核石から戻った力が集まる位置だった。黒い筋の先には、環に覆われた太い旧導路と、そこから分かれる細い迂回導路の入口が残っている。


 リディアは旧図面をその横へ置いた。


 まだ答えは口にしない。焼け筋の始まりから終わりまでを、指先で一度だけ追った。



 焼け筋は、新式変換環の下で止まっていた。


 リディアは旧図面の線と、露出した導路を見比べた。環の取り付けられた場所だけ、太い旧導路が欠けている。その脇で、細い迂回導路の入口が銀色の金具に塞がれていた。


 黒い筋は、旧核石から新式変換環へ入り、環の一点で止まっている。逃げる先がない。


「新しい環が、古い核石の逃げ道を塞いでいます」


 リディアは環の下を示した。


「環を外します。下の旧導路を戻し、迂回導路を開けます。負荷は太い旧導路へ流します。細い方は、戻りを逃がすだけです」


 ユリウスが記録板を見た。


「公開試験は不成立です。そのうえ、認証済みの変換環を外す。未認証の構成へ王都の防壁を任せることには反対します。全面交換へ移るべきです」


 危険が出た設備を、認証済みの新品へ替える。彼の主張は変わっていない。


「試験が失敗したことは否定しません」


 リディアは、失敗と記された行を指した。


「止めたので、設備も、原因を示す焼け筋も残りました」


 それ以上は求めなかった。再試験を請求する権利は、停止命令と引き換えに失っている。


 審査担当は失敗記録と焼け筋、旧図面を順に確かめた。


「人的損害を防いだ停止記録があり、限定修理の対象もこの場で指定できます。安全審査の継続として、一度の修理と再試験を追加指定します。最初の不成立記録は残します」


 審査担当が封印箱へ手を置いた。


 王都の封印紐が切られた。


 箱の中の再生合金三片は、提出済みの検体と同じ色と反響を返した。審査担当が出所と選別を照合し、記録係が開封時刻を書く。


 リディアは新式変換環を外した。


 環の下に隠れていた旧導路の欠けを、再生合金で埋める。保守担当が太い導路を固定するあいだに継ぎ目を整え、塞がれていた迂回導路を開いた。


 弱出力を一度だけ流す。


 反響は太い旧導路を往復し、戻りの余りだけが細い迂回導路へ抜けた。焼け筋の一点には集まらない。


「再試験をお願いします」


 退避線、手動遮断、旧式防護板が元の位置へ戻された。


 ヴァルターが主遮断の前に立つ。リディアは旧核石と、再生合金の継ぎ目へ指を添えた。


 実負荷が入る。


 一枚。


 二枚。


 三枚目の縁へ光が届き、そのまま第四へ走った。


 四枚の青が石壁の上でつながる。次の瞬間、二つの門扉を一枚の淡青色の防壁が覆った。


 リディアの指先へ、四区画の負荷が太い旧導路を通って返る。余った戻りは細い迂回導路へ抜け、新式変換環のあった一点には寄らない。再生合金にも熱はない。形も変わらない。


 記録係の筆が、規定時間の最終欄へ達した。


「全区画、安定しています。試験完了です」


 声にしたあとも、防壁は西門を覆っていた。


 審査担当が記録板を閉じる。


「再試験成立。防壁全面展開。安全停止手順、作動確認。再生合金、実負荷下で異常なし」


 封印箱の記録と、試験記録が並べられた。


「代替審査の結果、再生材を承認します。エルマー工房の営業停止を解除します。西門の全面交換案は不採用とします」


 ユリウスは記録を最後まで読み、全面交換の図面を畳んだ。反論も、捨て台詞もなかった。


 審査担当は、もう一組の記録を開いた。


 リディアは西門の記録にある、停止前の逆向きの明滅を指した。旧砦の負荷記録では、撤退命令より前、同じ区画段階で数値が落ちている。


「同じ兆候です。西門では供給を止めたあとも、止める前に環へ集まっていた力が残って、焼け筋を作りました。停止が損傷を生んだのではありません」


 審査担当が二つの記録を重ねた。


「旧砦も、故障の進行が先、撤退命令が後、崩落はさらに後です。撤退で維持が止まったために崩れた、という旧裁定は成立しません」


 審査担当の筆が技術照合書へ走る。


「撤退は、崩落前の安全判断として妥当と認定します」


 リディアは、西門で自分が言った言葉を思い出した。


 全員、退避を。


 原因を読み切る前に止めた。ヴァルターは理由を聞かず、その命令を通した。旧砦では、立つ場所が逆だったのだ。兆候を読んだ彼が撤退を命じ、崩落より先に人を外へ出した。


 同じ判断だった。


 翌朝、書面を二通提示すると審査担当が告げた。一通は、リディア個人への王都直属修理職。もう一通は、領地のエルマー工房への西門保守契約だった。


 人が記録板を片づけ始めてから、リディアはヴァルターの隣へ立った。


「旧砦でも、止めるしかなかったのですね」


 ヴァルターは技術照合書ではなく、リディアを見た。


「あなたは止めた」


 それだけだった。


 この人は、リディアが故障箇所を読み切る前でも止めると知って、保証書へ署名した。今日も、理由を問わず従った。


 同じ判断のできる職人が、家と工房に必要だったのだ。


 西門は直った。工房の営業停止も解けた。砦の裁定まで覆った。


 腕の仕事は、婚姻の外に残る。ならば、腕を家へ入れるための妻という形だけが、用を済ませた。


 明朝届く二通は、どちらも婚姻とは別の名を宛先にしている。


次回最終話を本日18:00投稿予定です!

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