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ブレイン・シード  作者: 小石丸
3. 山河破れて国は無し
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ビッグクランチ作戦

 小一時間ほどの牧野(まきの)牧師の熱い説教の後、府知事から『不適切な発言をお詫びいたします』という一言を引き出して、ようやく協議は終了となった。

 鈍渡(どんと)隊長は小一時間でお詫びを引き出すなど大したものだと、牧野牧師に内心で舌を巻いた。連れて来たのは想定以上の大正解だ。


「鈍渡さん、別件で残ってもらえますか?」

川端(かわばた)を同席させても?」

「出来ればお一人で」

「私に万が一があった時のためです。それとも私の部下が信用できませんか?」


 しばらく沈黙が続く。張り詰めた空気に先に音を上げたのは府知事のほうだった。


「分かりました、お座り下さい。ここからの話は他言無用です」


 鈍渡隊長に続いて川端もやや緊張した面持ちで座り直した。府知事の表情は非常に苦々しいが、そんな個人的感情はこの際無視させてもらう。


「川端にはこの場において自由に発言させていただきます。質問、反論、何でもです。蟠りを遺せばお互い困るでしょう」

「承知しました。さて、川端さんには軽く事情を説明しましょう。現在、日本は海外から断絶されておりエネルギー資源、食糧、その他諸々において危機的状況にあります。そして、我々はそれだけの犠牲を払ってなお、我らの魂の尊厳を死守しなければ……」

「手短にしていただいて結構ですよ、日本を覆う結界は我々の都合で存在すると」


 川端の顔に驚きが浮かぶ。国難と言える事態を自ら引き起こしていると告白されているのだから当たり前だ。


「こ、これだけの犠牲を強いて、さらに今後も多くの犠牲が出ます! そこにどの様な大義があるのですか?!」

「良い質問だ。結界というとまるでファンタジーだが、単純にその影響だけで考えてみればいい」

「うーん……もしかしてシェルターと同じですか。しかし魂の尊厳を守りたい、ですよね。目的が漠然とし過ぎていますし、第一、そのような哲学、観念的な議論は教育や認知戦の領域です。物理的な方法を取る意味が分からないというか。物流や人の往来まで制限するのは経済的なダメージが……困窮する人が増えて、かえって治安悪化などに繋がります。貧すれば鈍す、といいますが却って民度は下がり逆効果ではありませんか?」

「魂の尊厳という形の無い物のような言い方に既に問題があるのだが」

「もしかして実体がありますか。では……『三種の神器』のようなレガリア的な物ですか」

「そこまで近ければ良しとするか。防衛対象は現在の日本各地に散らばり封印されている『宝珠(ラビィ)』と呼ばれるアイテムだ。レガリアではなくオーパーツというべき代物だな」

「ラ、ラビィ?」

「そうだ。その数二十二個、それぞれの能力は様々、どれも人智を超えたモノと言って良い」


 いったん、川端が発言内容を呑み込むのを待つ。当たり前だが呆然としている所に畳み掛けても仕方がない。


「……防衛対象『宝珠』について隊長は人智を超えたモノと仰いました」

「ああ」

「そしてこの国を覆う結界もまた人智を超えています。自分には『宝珠』を製作した者とそれが狙われることを想定して『結界』を製作した者が同じかどうかは分かりませんが、少なくとも技術レベルと言って良いなら同等と見ます」

「気にする所はそこか……ってお前そもそも技官だな」

「ええ、ファンタジーに科学的議論を持ち込んで嫌がられるくらいにはオタクです。まあ、そんな奴らでも軍事の基本が同じで籠城戦をしているとすると、彼らの勝敗が決しない限り結界はこのままですよね」

「ああ。しかしなあ、今の世界は『宝珠』無しでも回っている。大きな力ではあるが、もはや無用の長物となっていてな」

「はあ?」

「ほら、テレビゲームで敵のダンジョンの中にご丁寧に強力な武器があったりするだろ? お前がその敵で、自分の城やとっておきの財宝が違う場所に置いてあるならどうする?」

「ダンジョンを囮に罠をかけて不穏な奴らは一網打尽……あ、もしかして日本全部使った箱罠」


 自分で言っておきながらドン引きという顔をしている。そこまで気付けば充分とばかりに残りの説明は鈍渡隊長が引き受ける。

 日本全てが箱罠となるこの結界は侵入ゲートが何処であろうと発動し、最後に侵入経路を閉じて完成する。千年の昔に設定された後は想定範囲を定期的に更新、最後の更新は終戦直後となる。


「それ沖縄どうなってます?」

「範囲外。返還後の四年くらいで対応出来てれば歴史は大きく変わっただろうよ」


 結界の存在がアメリカに発覚したせいで範囲の再設定は叶わないまま。強いて言えば『世界の警察官ではない』という発言のあった頃が再交渉のチャンスだったが、その頃は東日本大震災の復興に忙しく、なにより時の政権はその器ではなかった。

 当然、沖縄が孤立すれば中国などは台湾、ついでに沖縄を獲りに来る可能性が高いので自衛隊の上層部では念の為とはいえ結界発動時のシミュレーションも実施した。

 結果は、アメリカが結界の存在を知っている前提で何も行動しなければ、沖縄まで中国の占領下になるという現実が出てきただけである。逆にアメリカが中国を仮想敵国として行動を起こす場合、真っ先に攻撃されるのは経済的な都合でカリブ海を挟んでベネズエラ、中国に揺さぶりをかけつつ足元を固めた後に台湾への干渉までは殆ど確定と見ている。後は余力次第だが治安が悪化し、国際政治的に何かと言い訳のしやすいカンボジアを落として新たな防衛線が引かれる可能性もある。但し流石にこれは出来すぎだろう。


「結界がそのままでは沖縄は見捨てることになる。かと言って解除は出来ないがな」

「人智を超えたアイテムならそれを保有したまま解除したらパワーバランスってどうなります?」

「閉じ込めた奴らを世界に放つことになるな。その場合のシュミレーションは無意味とだけ言おう。俺から説明出来るのはここまでだ」


 未だ半信半疑という顔をしている川端だが、それも無理は無かった。目の前の府知事もその点を気にするつもりも無いらしく、そろそろ話して良いかというように座り直してこちらを見ている。


「では、私から本部からの指令を伝えさせていただきます。これを以て作戦開始としますので。本作戦はこれより『ビッグクランチ作戦』と呼びます。最終目的は結界範囲の大幅な縮小」


 いとも簡単に縮小と言ったが、実際には問題が山積している。

 ひとつ、九州地方に封印されているはずの宝珠の確保。ひとつ、例のあの日から向こう福岡に留まる味方の『アバター』達の回収。ひとつ、これ以上宝珠が封印から目覚めて起動しないよう策を講じること。そして最大の問題は、それが最初の方針から大きく変更されたものであること。


「箱罠は開かないからこそ意味がある。元々はそういう作戦ではなかったですか」


 川端から府知事への視線が厳しくなっているが、それも無理は無かった。このまま宝珠を閉じ込めて、内側の人間は末代まで結界の内に閉じ込められたままでいろというのだから。しかも、沖縄は完全に置き去りである。鈍渡隊長とて初めて知った時は流石に冷静ではいられなかった。


「理不尽極まりないが、日本以外に適地が無かったのさ。細かい地政学や歴史の話は後回しだ。さて、結界の中途半端な縮小は悪手と思われます。状況、ご説明願えますか」


 外界に出たからといって、その後に待っているのは四、五年先に進んだ世界だ。周辺地域が平和である保障は無いので最悪のケースは他国の侵略、そうでなければ土地を買えるだけ買われて実質的に主権が何処だか怪しい状況に置かれるか。日本丸ごと結界解除ですらリスクが大きいのに一部だけ解除などとんでもない、そうした認識だった筈なのだ。


「結界維持の演算コストが想定を大きく超えているそうです」

「あー、パソコンのアプリをイメージすれば良いでしょうか? 計算量が多すぎるとCPUやメモリを使い過ぎてフリーズするみたいな」

「それで結構です」


 計算量が増えた理由を細かく説明するならば、ひとつは千年の間にアクセス拒否の条件判定が増えたこと。人間とその乗り物だけでなく、国際ラジオのような電波、ドローンのような無人機など、千年前には無かった条件だ。もうひとつは結界が完全に東西に分かれ、その間の侵入ゲートを塞ぐ形となったせいで形状も複雑になってしまったこと。もう少しちゃんと負荷テストをしておけと言いたいが、現代社会でそんな事が平時に出来るはずもなかった。千年前と同じというわけにはいかないのだ。


「結界の維持は絶対、但し日本全てのカバーはもう出来ない。結界の端に近い位置から順に宝珠と味方のアバターは回収します。同時に『彼ら』に関しては出来るだけ宝珠から離れてもらいたい」

「離島にでも船を出しますか? 私達もうっかり結界を超えたら最後死ぬまで迷子というリスクはありますが」

「まさか。そういうロスは無しにしたい。二方面作戦を支える物資が無いのはお分かりでしょう。『彼ら』を誘導し瀬戸内海を抜けて九州方面まで護送して下さい。九州地方の宝珠を回収、帰りはあなた方だけで本部に宝珠を護送してもらいます」


 淡々と告げられた命令に鈍渡隊長は苛立った。何もしなくても壹拾(とおまり)家は浜松に帰るつもりでいる。最近大阪に来たもう一人に関しては情報が無いので調査中。

 正直なところ、アバターである人間自身に害意が無ければ監視だけ付けて放置しておけば良いと彼は考えていた。変な疑念を抱かず、何も知らず、淡々と生活していただきたい。

 それにこの府知事、使命であれば結界にも立ち向かえる部下の生命を『ロス』してはならないと宣った。


「『彼ら』のアバター自身は放っておけば東に帰るつもりかもしれませんが?」

「東側の境界はゲートの近くです。万が一ゲート付近のラインを攻略されてはならないとのご判断です。それにゲート付近に偶々移動していた宝珠は既にロストして久しい」

葉二(はふたつ)ですか……」

「話は以上です。ご武運をお祈りします」


 さっさと部屋から出て行く府知事達を、一応は立ち上がり礼を取り見送った。眺めているだけならまだしも無駄に盤面を掻き回して癖して何がご武運だ、と吐き捨てるわけにはいかない。宮仕えの辛い所である。

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