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ブレイン・シード  作者: 小石丸
2. かつて笹百合の咲いた山
22/28

白と黒

 翌朝、太基(たいき)伊丹(いたみ)さんと連れ立って山へと入っていった。手には麻紐とナタ、後は食料と水を背負っている。鹿が歩いていそうな場所はいくらでもあった。樹皮まで剥がされた樹が多い。幾つか幅の狭い獣道に罠を仕掛けていく。麻紐の端を括って輪っかを作り、もう一方の端は切り出した竹や木の枝へ結ぶ。その枝をしならせて、獲物が踏み抜いた時に元に戻る力で紐を締め上げその場に拘束するもので、(くく)り罠という。


「よう作るのー。これだけでも浜松まで尋ねた甲斐があったわ」

「ありがとうございます。でも大阪って大きい街なんでしょう? 使う機会あります?」

「使えるやろ。イタチとか、ネズミとか多いんや」

「イタチはともかくネズミなら毒餌かとりもちのほうが良さそうですけどねえ」


 そんな他愛もない話をしながら幾つか罠を仕掛け、麻紐が無くなったあたりで終わりにする。少し遅めの昼食をとって、ついでに幾つか竹を切り出して山を下りた。


「竹なんて何するんや」

「竹槍です。捕まえたら、とどめ刺さないと」


 伊丹さんは明日には一人で先に大阪に戻ることになった。もともと伊勢で一週間近く潰してしまい、舟で近道をして稼いだ時間の余裕も無くなっている。大阪に残した教会関係者にも心配をかけてしまうから、今日だけ太基の手伝いをしたら先に一人で大阪まで急ぐという。


「あんまり道草しとると(あね)さんが怖いからなあ」

「姐さん?」

「ウチの牧師や。何年たっても喧しいし、伝道のためなら何処へでも行くような人やけど、もう七十は越えとるな。あの歳で大阪におって元気で生きとる、しぶとい人や。先生って感じもせえへんから『姐さん』って呼んどるんや」


 太基がイメージする先生といえば小学校の担任か、浜松の教会の牧師夫妻、つまり紫珠乃の両親くらいだ。どちらも授業や礼拝で時間が来たら話を始め、優しく教え導くイメージ。伊丹さんの話のイメージとは随分違う気がした。


「会えば分かるで」


 伊丹さんは出立間際に、そう言い残して行った。


 一方で紫珠乃(しずの)はといえば、一人で寂れた町中を歩いていた。ひとまず今日の食事と引き換えに宮司からの頼みを引き受けているのである。(たまき)は疲れているのか少々熱っぽい。かと言って子どもなので少々の熱では大人しく寝ているなど出来ない相談だった。結局は漢國(かんごう)神社の中を見て回りたい文里(ふみさと)に預けてきた。

 町の中の大半が空き家だった。ちゃんと荷物が引き揚げられているならまだ良いほうだろう。紫珠乃が探しているのは、荷物がそのままで朽ち果てたような空き家である。そういった空き家を見つけては、割れた窓がないか、扉の鍵や蝶番が壊されていないか確認する。何処かしらに侵入した形跡のある家に関しては中の様子をざっと調べていく。

 昼前までに歩いた範囲では、荷物が残っているような平屋には大きく二種類あるように見えた。一種は、台所と箪笥も箪笥も全部荒らされている場合。こちらは保存食、衣服、タオル、サニタリーグッズといった消耗品は全て誰かが持ち去っていた。もう一種は台所周りだけが荒れている。こちらは殆ど例外なく壁や柱に茶色い染みが広がっているか、白骨化した遺体が何処かに転がっている。

 昼下がりの日射しが照りつける中、しばし紫珠乃はどうしたものかと考え込んでいた。どうにも荒らされ方が違う理由も分からない。いったん戻って地図でも貰おうかと来た道を戻り始めた紫珠乃を後ろから呼び止める声があった。


「シズちゃん、だよね?」

「え、トキちゃん!? 無事だったの?」


 トキちゃん、と呼ばれた声の主は紫珠乃の方へ小走りで駆け寄ってきた。紫珠乃も歩み寄り、どちらからともなく手を取り合った。

 『トキちゃん』こと十紀子(ときこ)は紫珠乃と中学時代の親友だった。紫珠乃は高専に進学して大阪を離れてしまい、成人式で再開した時は紫珠乃はもう就職が決まっていた。久しぶりに盛り上がり、スマホで写真を撮って、その後も時折思い出したようにメッセージを送り合っていた。今となってはその頃の写真やメッセージが記録されたスマホは鞄の奥に眠ったままとなっている。


「旦那君も無事?」

「うん、無事。今は子供面倒見てもらってる」

「子供! まじかー、あの状況で子育てしてたのか」

「そうそう。避難所であっさり体調崩して死ぬかと思ってたけど、今思えばアレが悪阻だった」

「アハハハ、もう笑うしかないね、それ。アタシの事務処理デスマーチどころの話じゃないわ」

「ねー! あれ? トキちゃんの元の仕事って確か……」

「保険屋」

「そりゃあデスマーチ確定か」

「今は失業して放浪中って感じ? 開き直っちゃえば生きてただけで有り難いし、会社員のままいつの間にか人生終われなかった分頑張ろーって思うけど」


 それから暫く愚痴混じりの他愛も無い近況報告で盛り上がった。仕事を辞めて明日どうなるか分からない生活。お互いに『修羅場』と言える経験をして、話すネタは尽きなかった。


「シズちゃんも放浪中?」

「そ。私はパソコンに供給する電気が無くなった瞬間に失業確定だったもの。今は便利屋、かなあ? 依頼があれば大概のことは引き受ける、といえば格好良いけど」

「要はその日暮らしでしょ。物は言いようだけどさ。景気はどう?」

「ぼちぼちね。今は神社の人から、近頃この辺で空き家を狙った空き巣? が多いからちょっと見回りしてくれって言われて引き受けてるの」

「空き家狙いって空き巣っていうんかな? それに何で神社の人がそれ気にするの」

「そういうのが多いと普通に住んでる人も安心して住めないでしょ。ちょっと外出している間に空き家認定されて本当の空き巣に入られたりするかもしれないし。そういうのに嫌気が差して出ていく人が増えちゃうと、神社を物心両面で支えてくれる住人が減って、祭祀に影響するんだって」

「なるほど。ってシズちゃんキリスト教徒じゃなかったん?」

「仕事は仕事よ。うっかり泥棒に遭うかもだから、ボランティアではしたくないけど」

「ボランティアで危ない橋渡るとかやってられないね! 無茶しないでよ」

「ありがと。幸か不幸か今のところ泥棒との遭遇も収穫もゼロよ。ここら辺一帯の空き家は荒らされるだけ荒らされた後だったわ」

「酷い話ね」


 十紀子は暫く辺りを見回して何やら考え込んでいた。紫珠乃もその視線を追うように改めて散々歩き回った住宅街を眺めた。昔はそれぞれの家にそれぞれ生活があったはずなのに、今は屋根まで蔦が伸びた廃屋も少なく無い。何とも寂しい光景がずっと広がっている。


「……あんまり根詰めないでね。シズちゃん真面目なのは良いけど、こんな荒れた場所で泥棒なんて探してたら心まで荒みそうじゃん」

「確かに、よく見たら思った以上に酷かった。浜松が最近少し復活してきて、途中の伊勢もまあまあ皆元気でさ。こういう場所がまだあるってこと忘れそうになってた」

「だーかーら! 何もかも真面目に考え過ぎるの良くないから! 何もないけど高いところから景色眺めるとかしてボーっとする時間作った方がいいんだって。周りのためにまずは自分が潰れないようにしなよ」


 十紀子がバシバシと背中を叩いた。彼女の明るさに紫珠乃もつられて気付かぬうちに笑っていた。


「言われてみればそうね。うーん、景色の良いところか」

「そこのマンションとか、いかにもオートロックマンションだけど今は入り放題だよ。上の方は風もあるし涼しいし、下のラウンジの椅子はなかなか良いし」

「入れんの?」

「電気がなければオートロックなわけないよ。今は無人みたい」

「ふうん。様子見がてら行ってみようかな」

「そうそう、息抜きしちゃえ! せっかく生き延びたんだから」

「ありがとう。うん、お互い生きてて良かった。そうそう、せっかく会えたんだし、あと一日か二日くらいなら漢國神社って所のすぐ側、ゲストハウス跡地に泊まってるから。気が向いたら遊びに来てよ。じゃあね」


 走っていく紫珠乃に手を振りつつ、十紀子の視線は紫珠乃の後ろを付いていく白い(もや)(からす)の姿に向いていた。


『お友達? だとしたら早めに覚悟決めちゃってよね?』

「うっさいわ、ナーマ。いきなり襲いかかる必要はないでしょうが」


 ナーマ、と呼ばれた黒い鴉は先程までじっと気配を消していた。今は姿を見せていて、黒い巨大な三本足の鴉の姿をしている。


「まずは他のアバター達の確保が目的じゃない。宝珠もあるらしいとは聞かされてるけど、起動しなくて済むならその方が隠しておくには都合良いんでしょ」

『そうね。まあ、起動の権限は残念なことにあちらに持って行かれてしまっているけど。それにここの宝珠は回収しても私達には役立たず。本部の嬢ちゃんのとこに持っていくしかないものね』

「今のところはそうだわね。そうしなくても済むようにアバター探しが済んだらさっさと帰る。起動させないようにあちらの動向は監視のみ」

『はいはい。あーあ、一つの宝珠に適格者は二人だけ、それも識別子(ハッシュ)の組み合わせで誰のアバターなんだか厳格に管理するだなんて。マジ面倒。開発チームに会ったらぶっ飛ばしてやる』

「ぶっ飛ばすかどうかは勝手にすれば良いけど、アバターのとこには早めに行こうよ。多分自覚は無いから会ってみてから説得方法も考えなきゃだし。とにかく、揉めない、刺激しない」

『揉めたら勝ち目はないかもね。天使様のアバター、彼女ともう二人いるもんね。しかも起動済の宝珠の適格者』


 黒い鴉、ナーマの言葉に十紀子はつい渋い顔になった。出来るだけ早く秘密裏に行動する必要があった。ナーマに道案内を命じた十紀子は紫珠乃が行った方とは別の方角の高層マンションに向かって歩き出した。

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