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ブレイン・シード  作者: 小石丸
1. 綺麗な花には毒がある
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烏の見た夢

 騒動の後、神御衣祭(かんみそさい)はそのまま続行の運びとなり、例年通りに布と糸と針を奉納して終わった。ぼうっと立っているだけの㭭幡(やつはた)さんに、何も言えないまま時間だけが過ぎた。祭祀の後にバケツをひっくり返したような雨が降って、何もかも洗い流していくようだった。

 雨の気配を感じた紫珠乃(しずの)文里(ふみさと)は、(たまき)が濡れないように早々に引き揚げていった。伊丹(いたみ)さんも居ない。祭祀の最中に起きた騒動の噂はどうあっても広まるに決まっている。であれば早めに菓子屋と銭湯の女将さんにはきちんと話をして、不安が少しでも広まらないように気をつけてもらおうというのである。


「神様がこの伊勢を守ってくれはった、って言うとけばええねん。人間、不安は死ぬまで引き摺るけどな、神様の御利益なら一晩で忘れるって」


 今頃、全て天照大神の御神威として上手いこと話をつけているのだろう。


「行きましょう、もう雨もあがりますし。風邪ひきますよ」

「うん。ごめん、雨なのに待たせて」

「誰か不二果(ふじか)さんを見た人が居ないか探しましょうよ。今からなら間に合うかもしれないじゃないですか」

「簡単に言ってくれるなあ」


 帰る途中、町の人達が『藍林(あいりん)みつばち』の出店跡を片付けているのを手伝った。蜂蜜と皮を剥いていない夏蜜柑は誰が持っていったのか殆ど無くなっていた。お香の類は燃やして捨てることも出来ないので土に埋めた。いつの間にか、伊丹さんも合流してきた。


「おい兄ちゃん、これ一瓶持っとけ」

「伊丹さん、これどこで見つけたんですか?」

「ワシが最初に通りかかった時に、要らんこと色々漁っとる奴がおったからのう。ワシも二瓶ほど懐に入れといたんや。証拠として兄ちゃんは持っといた方がええやろ」

「証拠、ですか?」

「せや。毒なんやろ、この蜂蜜。正直、盗って行った奴らがえらい目に遭っても自業自得やがな、また子供らが倒れたらかわいそうや」

「今から町中に周知ですか。間に合うかな」

「間に合わせるんや。一人でやらんでもええんやで。菓子屋の女将と銭湯の女将には話しとき。こういう時は顔の広い人間を使えるだけ使うんや」

「確かに一番合理的なんでしょうけど」

「なんか問題あるんか?」

「僕、子供の頃は勉強出来ても悪戯ばっかりしてたんです。他の大人は『㭭幡君とは遊ばないようにね』って子供ごと離れていくか、騒いで逃げていくかでしたけど、それでも飽きずにちょっかいかけてたんですね。あのお二人だけはバレたら本気で追いかけ回されて怒鳴られて、大人になった今でもちょっと怖いんですよ」

「あほ、そういう大人ほど頼れるんや。逃げてった奴は子供の頃の兄ちゃんを見限ったか、そもそも関わりたくなかったんやろ。それが普通といえば普通や。向きおうて叱ってくれたんは、兄ちゃんのことが心配やったからや。そういう大人はな、気にかけとった子供が立派な大人になっても、きっと気にかけてくれとるで。精一杯頑張って、それでも助けが必要な時に頼ってくれたら、口で何言っとっても本気で助けてくれるんやないか?」


 そういう伊丹さんは少し片付けの手を止めて、誰かを思い出すように話していた。少しばかりの間黙っていたが、不意にまた立ち上がると大量の蜜柑の皮を手早くゴミとして纏め、適当な茣蓙(ござ)に包んで背負った。


「ワシらは紫珠乃ちゃんがきっちり休めたら出るで。兄ちゃん、後はまあ頑張ってな」


 太基も伊丹さんに促されてもう一つの包みを抱えて立ち上がった。結局この日は片付けには戻らなかった。㭭幡さんの家には引き続き泊まらせてもらったが、明日に備えて早めに眠った太基は結局顔を合わせなかった。



 これは夢だ、とはっきり分かる夢がある。ああ夢か、とぼんやり感じながら太基は目の前の光景を見ていた。

目の前には黒曜石のようなガラスを貼り合わせて出来た建物が連なって、所々に整然と植えられた樹が緑の葉を伸ばしている。そうやって出来た街には道路が無く、代わりに一つ一つの建物の周囲には広めの空きスペースがあった。

 街に人間はいない。代わりに大きな羽を広げた烏が空を舞っている。太基自身も夢の中では同じような一羽の烏だった。奇妙なことに一本の足で身体を支えながら他に二本の足をまるで手のように器用に使えるのだった。


『姉さん、もう殆どの市民は街を捨てて避難したよ』

『小さなグループに分かれて、万が一のために出来るだけお互いに接触しないように。ちゃんと指示出してるわね?』

『勿論。細かい説明は兄さんが居たら大丈夫だろ?』

『うーん、それもそうか。じゃあ、ウチらは一足先に暴れちゃえ』

『うっす、気合入れていくぜ』


 そう言うなり、目の前の大きな烏は宙に舞う。一際大きな声で、周りに控えている烏たちに檄を飛ばした。


『お前ら! 住人の避難は殆ど終わった! 俺達、決死隊の出番ってわけだ! この街から一つ残らずブレイン・シードを焼き払え! 自らを【天使】と称する恥知らずどもの思い通りにはさせねえ!』


 周囲から鬨の声が上がる。やがて街は炎に包まれる。皆で一斉に葡萄の房のような丸い斑や縞模様の入った種の塊を見つけては火を付ける。

 建物の目に見えない隙間や植え込みの中に紛れていたり、建物の中途半端な高さのところに引っかかっている房もある。油断していると上から種が自身に向かって落ちてくる。そうした種が意図的にばら撒かれた物だと、何故か確信していた。

 遠くの方で、仲間が不意に動かなくなった。突っ立った姿勢のままで背中から宿木のように灰白色の幹を持つ樹が生え、ガラスのように透き通った緑の葉を伸ばしていく。その樹は燃やさなければならない、と思うが身体は動かない。背中に激痛が走り、次いで酷い頭痛に襲われ、視界を失う。叫びたくても叫ぶことすら出来ない。


 ばさっ。


 気がついたら太基は飛び起きていた。全身に寝汗を掻いている。自分の両手を見て、ようやく先程までの夢から醒めたのだと理解した。

 窓の外には薄らと朝日が射し始めている。明日からはまた歩き通しなのだろう。もう一度眠りたいところだったが、いやに現実味のある夢で目が冴えている。結局、一睡もできなかった。

 そのまま朝が来て、周りが起きだすと支度に追われ慌ただしくなった。午前のうちには伊勢を出発し、大阪に向かう旅が始まる。


「泊めてくださってありがとうございました」

「こっちこそ助けてもらって、お互いさまだよ。アタシも頑張るよ。しばらくは皆、汗と泥だらけでくるだろうから」


 女将さんは石鹸作りの目処が立ったことが嬉しいらしい。しばらくは辺りに広がってしまっていたケシの花を町中総出で抜くことに決まり、大人が仕事の合間に協力して対処している。いつも以上に汗と泥だらけになった客だらけの時に石鹸液だけでも有ると無いとでは大違いなのだ。

 不二果が頼んでいた環の靴も女将さんが届けてくれた。靴を作った人はタダで良いと笑っていたらしい。


「不二果ちゃんがね、アンタの名前を出したらしいんだ。アンタの苗字って『玖村(くむら)』だろ?」

「そうですけど?」

「アンタの爺ちゃん、猟師だろ。アンタの爺ちゃんが獲った獣の皮を舐めして使ってるんだってさ。猟師なんて貴重だし、今の世の中でも暮らしていけるように色々教えておられる方だって。浜松から渥美半島の辺りまで、噂は広がってるのさ」


 もしかして不二果は靴を作ってくれた誰かから『猟師の玖村さん』の話を聞いていたのだろうか。思わぬ形で祖父に助けられる形となった。何より、祖父の仕事の一端がこんな遠くでも誰かの生活を繋いでいる。太基はちょっと誇らしかった。


「良かったら(ひかる)君のとこにも行ってやっとくれ。彼女が居なくなって落ち込んでるんだから」


 㭭幡さんのところにも立ち寄った。小学校の保健室を覗いてみれば、先日まで積み上がっていた木板の山を片付けている最中だった。


「やあ、わざわざ来てくれたの」

「ああ、ちょうど良いところに来たね。そろそろ私ゃアンタの泣き言に疲れてきたところさ」


 保健室の椅子には菓子屋の女将が腰掛けて窓の外を眺めていた。


「泣き言じゃないって。蜂蜜で中毒起こさないよう、出来るだけ色んな人に話して欲しいんだって言ってるだろ」

「いいや。話の半分、いや七割は『不二果ちゃんのお願いだから』だって話じゃないか。『ひとつ、藍林みつばちの蜂蜜は毒だから捨ててください。ふたつ、ケシの花は今日明日の風呂の燃えさしにしてください』たったこれだけじゃあないか」

「風呂沸かす燃えさしですか」

「そりゃあ、それくらいしなきゃ草刈りしてる連中は働き損だよ。ケシを燃やすのも、失恋の愚痴に付き合うのも、明日のご飯にはなりゃしないんだからさ」


 㭭幡さんが渋い顔をしたが、菓子屋の女将はそんな様子すら面白がっているように見えた。くるりと椅子を回して立ち上がり、鞄の中から四角い包みを出して太基に渡した。


「旅の途中だっていうのに結果的に引き止めて色々巻き込んじまったね。本当はもうちょっと早くアンタらのとこに行くつもりだったのさ。この馬鹿に引き止められて間に合わないかと思ったけど、来てくれて助かったよ」

「何ですか? これ」

「末の孫娘のノートと鉛筆さね。毎日勉強、勉強でいっぱい使うからって買い込んで引き出しに仕舞い込んだまんまでね。まさか、一週間後に海に拐われるなんて思わないじゃないか」


 そう言って包みを大事そうに撫でるのを、太基は何も言えずに見つめていた。その孫娘の身に何が起きたかなど考えるまでもない。


「ずっと使うこともできずに置いてあったんだ。だけどね、老先短い婆が持ってても仕方ないんだ。アンタともう一人の小さい子で大事に使っておくれ。きっと一番の供養になるからね」


 ノートを抱えて保健室を出た頃には随分と日が高くなっていた。走って銭湯に戻ると、大人達はすっかり支度を終えて玄関先に居た。環などは木の棒を拾って遊びに夢中になっている。どうやら相当待たせたらしい。


「来た来た。ちゃんと話せた?」

「はい、お待たせしました」

「良いのよ、本当は私達も挨拶してきたかったくらい。環の支度が遅いし人は来るしで、今ようやく出られるようになったところよ」

「人が来た?」

「神宮の人ですって。フミ君は知ってる人だったみたいだけど」

「ここに来てからずっと色々教えてくれたし良くしてくれたんだよ。太基君も笹百合の野原で会っただろう」

「あの人ですか。でも何で?」

「いや、一昨日は色々教えてくださいって頼み込んだのにシズが居なくなっててさ、教わる余裕が無いって話さなきゃいけなくなったから朝一番で神宮に行ったんだ。神御衣(かんみそ)奉織(ほうしょく)鎮謝祭(ちんしゃさい)で奉職するって聞いてたから、そこなら確実に会えるだろう?」

「フミ君本当は見学したかったんでしょ」

「たまたま! 都合が良かっただけだって!」


 きちんと断りに行くのも道理だが、それにしてもきっちり祭祀に出向いていたのでは疑われても仕方がない。不満そうな紫珠乃にたじたじになっている文里に誰も助け舟は出さなかった。


「とにかく、それで話をしたら色々分けて貰えたんだよ。凄いんだぞ! 特例中の特例だ」

「何貰ったんですか?」

「お米の種籾、小豆、あと笹百合の種」

「笹百合?」

「行きでも帰り良いから、漢國(かんごう)神社の宮司さんに渡して欲しいって頼まれちゃったよ」

「ほな、行きがけにさっさと渡してしまおうや。ずっと持ってて失くしてもあかんやろ」


 伊勢から漢國神社まで、長い旅が始まった。日差しは強くとも真夏のような異様な熱気はもう無かった。初夏の爽やかさに包まれて、足取りも軽く歩き出したのだった。

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