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ブレイン・シード  作者: 小石丸
1. 綺麗な花には毒がある
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インターフェイスとパスワード

 真っ白な空間に、太基(たいき)はふわふわと浮かんでいるようだった。顔をあげると、目の前に白以外の光の線が集まって、徐々に若い女の姿を作っていく。黒く長い髪に金の冠、赤と白の衣を纏った美しい女だった。女は太基に視線を合わせず、その向こうを見つめている。


『姿を見せてやるが良いぞ、天使ども』


 天使とはどういうことか。訝しむ太基の後ろに、今度は白一色で出来たような人が現れた。純白の薄い衣は近くで見ると羽毛を合わせたようにも見える。腕は出ていない。代わりに真後ろに大きな翼が伸びている。その翼を畳むと丁度体が隠されて、大きなマントを纏っているようになり、その翼の内側に一輪の大きな白百合を抱えている。中性的な整った顔からは何の表情も読み取れない。


『随分、偉そうな口を聞く。お前はただのユーザ・インターフェイスに過ぎない』

『だとしても妾は妾じゃ。お前達のために存在しているつもりは無いのじゃ。妾のことを言うならば、この世だって』

『黙れ、いと高きお方の名に於いて』

『ふん、まあ良いわ。お主ら雁首揃えて、宝珠(ラビィ)を使わせるための人間をわざわざ連れてきたのじゃろう。いよいよ本格的に殲滅戦でも仕掛けるつもりかのう』

『人聞きの悪い。我らは平和利用を望んでいる。真心ある人間を脅かすのは許せぬのだろう?』

『その点では利害は一致しておるのう。まあ良い、管理者が許可を出して使う人間が居るなら条件は満たして居る。少年、左手を出すのじゃ』


 太基が左手を差し出すと、腕に細い光の線が絡みついていく。絡んだ光は徐々に細い腕輪となった。腕輪から細い光線が女に向かって伸び、それが彼女に届くと腕輪ごと消えてしまった。


『終わったぞ、少年。浮世ではまだあの婆が暴れておるわ。妾は常に許可を出しておいてやる。必要な時は『千の(ア・サウザンド・)輝く(スプレンディッド・)太陽(サンズ)』と唱えるのじゃ』

千の(ア・サウザンド・)輝く(スプレンディッド・)太陽(サンズ)?」

合言葉(パスワード)じゃ、合言葉。慣れないうちは細かい制御は妾がしてやろう。あの婆、捕まえるのじゃ。見ておれん』


 次の瞬間、白い光ごと女の姿は掻き消えた。後ろの真っ白な人ももう居ない。目の前には㭭幡(やつはた)さんの下でもがく女が見える。


千の(ア・サウザンド・)輝く(スプレンディッド・)太陽(サンズ)!」


 次の瞬間、女の周りにするすると緑の背の高い麻が幾つも生えた。青々とした麻は㭭幡さんを弾き飛ばし、女を無数に絡んだ麻の下に閉じ込めた。


『ひとまず、こんなもんかのう』


 先ほど光の中で話した女の声が頭の中に響いてきた。


『出し惜しみすると逃げられるぞ』


 もうひとつ、あの真っ白な人の声もする。


『もう良いわ。既に弱っておる。生命まで奪うつもりは無いのじゃ』


 声が言う通り、麻の下に埋もれた女は出てくる気配がない。


『何か薬を飲んでおるな。自業自得じゃ』

「クスリ?」


 頭の中の声に小さく太基が返事をした。その間に階段の下では㭭幡さんがよろよろと立ち上がり麻の生茂る先を見やった。何かあるのかと見てみれば、その向こうに栗色の髪を揺らして歩いてくる人影があった。


不二果(ふじか)ちゃん!」

「何が起きたの? 母さんが暴れてるのは見えたけど、何か突然生えてきて見えなくなっちゃった。ねえ、(ひかる)君は大丈夫?」

「僕は大丈夫だよ。何が何だかさっぱりだけど。暴れていたお母さんは、あの麻の絡まった中だ。さっきから動いていないみたい」

「そうね、そろそろだと思ってたの」


 不二果は母親の居るはずの麻の茂みを醒めた目で見ている。


紫珠乃(しずの)さんに焼酎を手に入れて貰ったから手に入れたケシ坊主を全部突っ込んで、うちの蜂蜜も混ぜて、匂いがあんまり青臭かったから母の荷物のゴミ山から香水引っ張り出してちょっと入れてみたのよ」

「うーん、確かにアヘンアルカロイドはアルコールの方が良く溶けるけど。もしかしてお母さんに飲ませたの」

「飲ませてはないわ。お酒だって言ったら勝手に飲んだのよ」

「分かっててやったでしょ……。しかも不二果ちゃんの言う蜂蜜って一ヶ月くらい前に子供達が中毒起こしたやつじゃん。たぶんグラヤノトキシンだとして……モルヒネとアルコールでダウナー系のトリプルコンボじゃん。大丈夫かなあ」

「知らない。分かったところで対処はできないでしょ」


 㭭幡さんと不二果が話しているところに、いつの間にか紫珠乃も近づいていた。


「いつの間に来てたの?」

「紫珠乃さんが突き飛ばされたの、後ろの方で聞こえてました。何故か神宮の方に向かっているのは分かったので母より先に神宮に向かったんです。最初は私に怒鳴って折檻しようとしてきましたけど、お酒貰ったって言ったら途端に目の色変えました」

「もう最悪すぎてツッコミが迷子になりそう。こんなんじゃ、今朝私が言った人達にドナドナされても誰も疑問に思わないか」


 今度は㭭幡さんと太基が顔を見合わせる番だった。二人して疑問符を浮かべているところに(たまき)が母親めがけて飛び込み、文里(ふみさと)もそれを追ってきた。その混乱に更に飛び込んで来る者がいた。


「おおーい、紫珠乃ちゃん、こいつら何やねん!」


 伊丹(いたみ)さんの後ろから、若い男が何人か付いてきている。伊丹さんと一緒なのでパッと見たところでは違和感が無いが、全員あまりタチの良い人間ではなさそうだった。


「おい、あのクソババア本当にここにおるんやろな!」

「その茂みの中です」


 凄んでみせる男達に不二果がぱっと茂みを指差した。男達はガサガサと茂みに分け入ると、二、三人がかりで不二果の母を引きずり出して両脇から抱えた。不二果の母はぐったりしていて意識は無さそうな様子だった。


「シズ、あの人達って何なの?」

「不二果ちゃんのお母さんを追いかけて大阪から来たんですって。不二果ちゃんが知らないところでも相当やらかしてたみたいよ。『こいつ捕まえないと兄貴分のメンツ丸潰れ』なんて本当に言われて吹き出しそうになったわ」


 若い男達のうち一人が㭭幡さんに近づいていった。明らかに腰が引けている㭭幡さんに『ビビんなくていい』などと土台無理なことを言っていた。


「おう、アヘンだって言ったの兄ちゃんか」

「は、はい」

「へえ、お医者さん? 凄いんじゃん?」

「や、薬剤師です」

「ほーん、ま、ええわ。ナントカ試薬ってのですぐ見分けて大声で周りに言ってくれはったんやろ? おかげで手間が省けたわ。ありがとさん」

「は、はあ」

「で、姉ちゃんも一緒に来てもろてええか? 母娘で生活しとるって情報ならあっちこっちで上がって来とんのよ。ちょっと話聞かせてくれへん?」

「っ! 不二果ちゃん、ダメだ!」

「ごめん、光君。私なら大丈夫。遅かれ早かれ、こうなるのは分かってた」

「分かってた、って」

「可愛い、好きって言ってくれてありがとう。私が要らない子じゃないって、大事だって言ってくれてありがとう。私も貴方が好き。会えて良かった」

「っ! だったら行くなよ!」

「本当そうだね。こうなるって分かってたなら、貴方の『好き』に甘えちゃいけなかったのかもね」

「甘えなんかじゃない! 僕が君を選んで、好きになったんだ」

「まだそう言ってくれるの。ねえ、私は大丈夫。そうだ。いつか東のほうに旅行に行きましょう。紫珠乃さん、今行ける東の果てってどの辺りかしら?」

「諏訪湖の手前じゃない? 太基君の実家の近くの集落で規制線が張ってあるもの」

「じゃあ、諏訪湖。約束。絶対に貴方の所に帰ってみせる。いつかまた東に行けるようになった時、二人で行けるように」


 そう言うと、不二果は母に付き添い、母と共に歩き出した。


「ふざけんな! 離せよ!」


 慌てて不二果を引き離そうとした㭭幡さんを図体の大きな男が派手に何発か殴って投げ飛ばした。殴られるごとにドスッ、と嫌な音を立てて拳がめり込んだ。


「㭭幡さん!」


 太基が揺さぶって、何回も名前を呼んで、ようやく微かに呻く。それくらい酷い有り様で、歯茎と鼻から血がドクドクと流れている。


「派手にやったの、あの兄ちゃん達」

「伊丹さん、どうしよう!」

「寝かしとくしかないで、脳震盪起こしとったら揺さぶったらあかんて」


 伊丹さんに言われるがまま㭭幡さんを横にした。我に返った神職者の一人がどこからか水を持って来て血だらけの顔を洗ってやっていた。水の冷たさに少し身じろぎをした㭭幡さんが小さな声で囁いた。


太陽の(ゴールデン・)黄金(フルーツ・オブ・)(ザ・サン)


 その声に呼応するかのように、㭭幡さんの上に小さな橘の実が浮かんだ。橘の実は傷ついた身体にゆっくりと降りて行き、傷に触れると溶けるように無くなった。実が落ちたところから身体全体にぱっと黄金色の光が巡ると、先程まで血を吹き出していた傷口が跡形もなく綺麗に無くなった。


「㭭幡さん!」

「太基くん、伊丹さん、心配かけた。僕は大丈夫」


 㭭幡さんがすぐに不二果を目で探す。だが、もう既に彼女達は何処へか引き摺られていった後だった。


「㭭幡さん、ごめんなさい。あの人達、不二果ちゃんのお母さんを探しているって、夜に『藍林(あいりん)みつばち』を張り込んでる私に話して来たのよ。それで私もどこにいるか知らないけど神御衣祭(かんみそさい)には出店を出すんじゃないかって話して、その場をやり過ごしたの。明らかにヤバい奴って感じだったから不二果ちゃんには逃げた方がいいって言ったんだけど、止められなくて」

「シズ、もしかしてあれに捕まってたの?」

「まあ、そんなところ。私達もあのお母さんが何かしないよう捕まえるつもりだけど、その後は持て余すのが目に見えてたから、引き取ってくれるならどうぞって言ってやったけど離してくれなくて。ずっと私も見張られてたけど、大人しくしているなら何処かに閉じ込めたりはしないって言うから海岸で貝殻砕いて粉にしてたの」

「どういうこと?」

「何か無害な粉をアヘンだって言って渡しとこうかと。説明したらあの男の人達もそこだけは大笑いで手伝ってくれたわ。でも㭭幡さんのいう通りアヘンが検出されたんなら意味無かったかな」

「いや、そんなことないよ。本物のマルキス試薬は濃硫酸とホルムアルデヒドの混合液だから、あんな所に白衣のポケットに放り込んで持って行かれない」

「え、でも色変わってましたよね? 伊丹さんも僕もはっきり見ましたよ」

「本当はただの紫キャベツの煮汁だよ。アルカリ性の、例えば灰なんかと混ぜると青になって、そこに蜜柑の汁とか蜂蜜とか酸性の物を入れると紫から赤に色が変わるんだ。だからさ、不二果ちゃんには、助けられたんだよ」


 そう言うと、㭭幡さんは荒祭宮(あらまつりのみや)から宇治橋に続く道の向こうをじっと泣きそうな目で見つめていた。

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