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#8「談合、狭間に溝ひとつ」

 フーガ達を乗せた馬車の集団は、東を目指して走り始めた。


 いくつかの馬車のうちのひとつ、先頭から2番目の車が、荷物置き場兼・リーダーが単独で乗車する専用車である。


「とりあえず、敵対の意思はなく、同行を希望している……と、いうことで良いんだな? リゼラッタ、フーガ」


「はいっ。よろしくお願いします」


「あたしは今まで通り、レジスタンスのメンバーでいるつもりだよ」


 今日はそこへ、フーガとリゼラッタも同乗していた。二人はリーダーからの問いかけに、おのおの回答を示す。


「了解した。フーガは今後ともよろしく頼む。リゼラッタ、君はしばらくは私の目の届く場所にいてもらうぞ」


「ふわぁ〜気持ちいいですね〜」


「話聞けよあんた……」


 隙間から外へ顔を出しながら、リゼラッタは気の抜けた声を上げる。隣に座るフーガは、呆れた声を漏らした。


「馬車は初めてなんです。ずっと田舎の平原にこもっていたので」


 振り返ってそう語りかけるリゼラッタに、しかしフーガは反応しない。ただじっと、彼女を見つめていた。手の動き、足の動き──攻撃を仕掛けるような素振りがあれば、先にこちらが仕留めてやるという気持ちで、ひとつひとつの仕草を監視している。


「ところで、どこへ向かうんですか? こんなに大勢で動き回ったら危ないのでは?」


 リゼラッタは首をかしげて、そう尋ねた。仕草とともに艶やかな髪が揺れ、彼女はいっそう可憐な雰囲気を放った。


「だから、これから二手に分かれる。数人編成の小隊と、それ以外の大隊に分かれるんだ」


 無言のフーガに代わり、リーダーが口を開いた。


「小隊は近隣の街に入り、物資の調達と情報収集を行う。その間、大隊は森に入って待機だ。東の大森林はかなり広大だから、追手をやり過ごせる。外を見てみろ、他の馬車が離れていくだろう? 我々は小隊側だ」


「ほんとだ〜。お尋ね者なのに、街に入っても大丈夫なんでしょうか?」


「短期間なら問題ないだろう。我々は昼間は行商人に扮し、夜に"活動"を行っている。暗がりゆえに、顔は教会側にもはっきりと知られていないんだ。前の街の騎士連中が追いついてくるまでは、バレずに動き回れるだろう」


 ふむふむ、と頷きながら、リゼラッタはじっとその話を聞き。


「とりあえず、あんたは街では絶対に明かさないでね。自分が魔女だってこと」


 その横でフーガは、そんな彼女に念を押すようにそう言った。


「え……ダメですか?」


「ダメに決まってんじゃん。教会は他でもない、魔女狩りをやってるんだよ? わかる?」


「………………ん〜?」


「なんで分かんねえんだよ!」


 鋭いツッコミの直後、思わず吹き出したような声が聞こえ、フーガはそちらをばっと振り返った。


「リーダーまで!」


「ははっ。もうすっかり仲良しだな」


「仲良くないし!」


「では……氷も溶けてきたところで、そろそろ再確認しても良いか? 君の目的を」


「あっ、そうだよ。"眷属"ってのが何なのかも聞けてないし」


 フーガはリーダーの言葉に頷いた。正直なところ、彼女にとって今は「必死こいて戦ったと思ったら、なんかこうなっていた」という状態である。とにかく情報が欲しいところであった。


「眷属っていうのは〜、まあ、私の所有物になってもらう、ということです」


「……ふーん。奴隷にでもするつもり? あれかな? あたしに自由に命令下せる、とか?」


「別にそういうの無いですよ」


「無いんかい」


「それと、目的でしたね。簡単ですよ。あなた達と同じ、魔女狩りを終わらせることです」


「その理由は?」


 リーダーが会話を代わり、リゼラッタに尋ねた。


「理由も何も、当たり前です。魔女狩りってつまり、私を見つけ出して殺してやる、って運動ですよ? それが世論になっちゃってるんですもの、嫌に決まってます。だから、やめさせようと思ったんです」


 確かにそうだ──フーガは胸中で納得した。魔女の捜索及び魔女狩りが行われていること、それによって人々が魔女を忌み嫌うようになること、そのどちらもリゼラッタに利益を生むはずがない。


「だけど、どうしたら良いかわからなくて。いくら私が魔女といっても、何万といる教会の方々を一人で倒せるわけないですから。それであてもなく歩いていたら、可愛くて面白いふーちゃんに出会ったんです」


「そういうわけか。なあ、ふーちゃん?」


「………………」


 明らかにむすっとした顔のフーガに睨まれ、リーダーは悪い、と手を前にかざした。


「冗談はさておき。それなら都合が良いかもな」


「都合?」


 リゼラッタは、リーダーの言葉を聞き返した。


「ああ。まず君が言うように、我々の目的も魔女狩りを終結させることだ。そのために情報を集めて各地を回り、魔女狩りで不当に苦しめられる人々を救出して回っている。だが、問題がある」


 リゼラッタが首を傾げると、リーダーは続きを語るべく再び口を開いた。


「残念ながら、我々は弱い。数万の教会に対してこちらは数十人。魔女狩り終結までの長期的な計画は用意できているが、それを実行するための実力が圧倒的に足りていない。だから現状の活動は、局地的な魔女狩り被害者の救出にとどまっている」


「ふむふむ。つまり?」


「逆なんだよ、アンタと」


 フーガが横から口を挟んだ。


「特別な力があるけど、行くあてもない無計画なアンタ。計画はあるけど、実行できずにいたあたし達。もし手を組めるとすれば、互いの欠点を補い合える」


 語り合えると、フーガはふとリーダーの方へ視線を向けた。


「流石に鋭いな。フーガの言う通りだ」


 生徒からの満点の回答に満足するかのように、リーダーは微笑んで頷いた。


「だけどそれは、リゼラッタが信用できる人間であって初めて成立する」


 それは、両者の間にまだ"線"が引かれていることを暗に示す、そんな物言いだった。その言葉を聞いたリゼラッタの表情も、ほんの少し強張る。


「覚えておけ。もしも君が不審な動きを見せたら、場合によっては、我々は即座に君の敵になるだろう」


「…………」


 無言、真意を読み取れない複雑な面持ちのリゼラッタをよそに、フーガは窓の外を眺め、口を開いた。


「二人とも、一旦この辺にしよう。次の町の門が見えてきたよ」






 たどり着いたのは、小さな町だった。とはいえ、安全のためその側は高い木の柵に囲まれており、一箇所だけある木の門には、民間の衛兵が短剣を装備して立ちはだかっている。不審な人物は通してもらえないだろう。


「ねえ、リゼラッタ」


「はい?」


 門の十数メートル前で馬車を止め、リーダーやレジスタンスメンバーらは先んじて降車していく。だがフーガは降りようとせず、中でリゼラッタに声をかけた。


「あたし達についてくる気なら、ひとまずその派手なドレスをなんとかして」


「え〜? お気に入りですのに」


「目立つことはすんな。当たり前でしょ」


 フーガの言葉に渋々頷くと、リゼラッタはぱちっと指を鳴らしてみせた。


「……えっ!?」


「ふふんっ」


 リゼラッタに貸せる着替えはないか探していたフーガは、リゼラッタから一瞬目を離した隙に起きた出来事に、目を丸くした。


 すでに、着替え終わっているのだ。フーガ達レジスタンスが着ているものとよく似た、黒いインナーとベージュのフードの地味な格好に。


「……あんた、やっぱ魔女なんだね」


「"変貌の魔法"が、私の得意技なんです」


「ふーん。じゃあさ、あたしの目立つ耳も"変貌"させてよ」


「それは無理です」


 え、衣服まで変えられるのに耳は無理なの──フーガの脳内に浮かんだ疑問を察知したのか、リゼラッタは一呼吸置いて説明を続けた。


「私の"変貌の魔法"の効果は二つ。一つは、自分自身の髪の毛を操作する能力です。この衣服も私の髪の毛を切って、それを魔法で変化させて編み出したものなんです」


「もう一つが……人間を自分の眷属に変貌させる能力、ってこと?」


「ご名答です。そして、こっちの変貌は不可逆なんです、ごめんなさい」


「はぁ…………ま、そういうことなら何とかするよ」


 やれやれと内心ため息を吐きながら、フーガは馬車の荷物の中から、変装用の帽子を見つけた。ファッション的要素として尖った猫耳のような突起がついているのだが、これが丁度耳を隠すのに役立ちそうだ。


「あたし、一生これ被るってことかな……おばちゃんになっても」


「それも可愛いと思いますよ〜?」


「くそ、他人事みたいに……」


 マイペースすぎる自称・ご主人に呆れながら、フーガはようやく馬車を降りた。


 こうまでリゼラッタを鬱陶しがっていた自分が、この町であれほどまでに心変わりしてしまうとは、この時のフーガは思っていなかった。

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