#9「天の慈愛、地に落つ涙」
「ではどうぞ。ごゆっくり」
リーダーと5分ほど話していた町の門番は、やがてそう言って道の脇へ立ち退いた。どうやら、町に入ることを認めてもらえたようだ。
リーダーに続いて、馬車の馬にまたがるレジスタンスの女性が数名。その後ろをさらに、数名の女性メンバーが歩いてついていく。いつの間にか、フーガとリゼラッタだけ置いていかれそうになっていた。
「リゼラッタ、あたしら世間では古物商ってことで通ってるから、話合わせて。リーダーがそのオーナーね」
フーガはリゼラッタに小声で言い聞かせた。事実として、彼女らレジスタンスの馬車には、歴史的価値のある(という設定の)貴重品が多数積んである。もっともその大半は、フーガの知識で作った偽物なのだが。
「リーダーでオーナーで……何だかややこしいですね。あの方、お名前で呼んじゃダメですか?」
「あー。名前は知らない」
「えっ?」
"教えない"ではなく──? リゼラッタは口を開けながら、思わず足を止めた。
「徹底的に目立たないようにしてるんだよ。可能な限り情報を外に漏らさない。そのためにあの人は、組織で一番目立つであろう自分の名前を、あたし達にも教えてないの」
聡い目でリゼラッタの思考を見抜いたフーガは、彼女に尋ねられる前に説明を終えた。
「はい、話終わり。ここから先は、間違ってもレジスタンスだってバレないように。下手なこと言ったら即、あんたを切るから」
「あ、はいっ」
門を通り抜けようとするフーガのもとへ、返事をしながらリゼラッタがすたすたと駆け寄ってきた。彼女が横から詰めてきた分だけ、フーガが反対側へ距離を離しつつ、二人は揃って歩みを進めた。
そこは、丸一日歩き回れば一通り見て回れる程度の、小さな町だった。馬車に乗るメンバーらは別行動をとり、フーガとリゼラッタ、リーダーと他二人の女性メンバーは、徒歩で町の中心へ向けて歩き出した。
街の外側は、ほとんどが畑と牧場で構成されていた。
リゼラッタがあるとうもろこし畑に接近し、農夫からちゃっかりとお裾分けを受けたこと。そしてそれを見たフーガが、彼女にデコピン一発ののち、「無駄に目立つな、寄り道するな」と説教をかましたこと。その二つ以外、特筆すべき出来事はなかった。
その後、街の中心部に近づくにつれ、石造りの大きな家屋や商店が目立つようになっていった。
読書家のフーガが、5階建ての大きな図書館に思わず足を踏み入れかけ、リゼラッタに「さっき私にああ言ったのに……」の表情で睨まれたこと以外、特筆すべき出来事はなかった。
そして。
「わあ……これ、なんですか?」
町の中心部に辿り着いた一行。何十人もの人々が行き交うその場所で、リゼラッタは、目の前の巨大な塔を見てそう尋ねた。
「聖堂だよ。大抵の町に1箇所は設置されてる。"十天教"の活動拠点であり、みんなの憩いの場、かな」
呆気に取られたように口を開くリゼラッタの横で、フーガはそう答えた。宿敵の根城を見上げながら。
「てかアンタ、聖堂も知らないの? 今までどんな暮らししてたらそうなるの」
「あははー。多分、重要な場所なんですよね? 町の真ん中にあるってことは」
「まあね。この国の信仰の対象でもあるし……あと、政治拠点でもある」
「へー。この国って、ここの宗教を中心に動いてるんですね」
バカなのかと思ったけど、飲み込みは結構早いな──リゼラッタの言葉に頷きながら、フーガは思った。
「選挙で選ばれた議員達で構成された、身分不問の"国会"が、本来のこの国の最高権力機関なんだけどね。国会に助言をする権利を有する"十天教"が、徐々に権威を拡大していって、今や法律を定めるのも、刑罰を執行するのも教会になってる」
小さめの声で、フーガはリゼラッタにそっと語りかけた。
「えーっ! じゃあ教会の方って、独裁をしてる悪い人達なんですか!?」
「あ、ばかっ……!」
小さな声で話した意図を、全く読めていないらしい。リゼラッタは呑気に大きな声を上げた。
「………………」
フーガの背中に悪寒が走る。助け舟を求めようにも、先行していたリーダー達は離れたところにいて、群衆が邪魔でこちらが見えていない。
彼女らに声をかける者は、群衆の中にはいない。だが、彼らの視線によるプレッシャーが──盗み食いが親に見つかった時のような、"咎める視線"による嫌な恐怖感が、フーガの額の汗となって顕現した。
まずい。この失言のツケは、"怒られる"なんてささやかなことでは支払いきれない──!
「皆様、おはようございます。良い朝ですな」
フーガがそう思いかけた矢先、正面の聖堂の方から、朗らかな壮年の男性の声がした。
「あっ! 司祭のアルフレッド様じゃないか!」
直後に聞こえてきたのは、群衆の中のとある男の歓声だった。
「アルフレッド司祭! 今日のよき日を、あなた様と共に迎えられて光栄です!」
まるで王様にへりくだるかのように、群衆は聖堂の扉から現れた、その男性に尊敬の言葉を送った。老若男女問わずである。もはや彼らはとうに、愚かな発言をした少女のことなど忘れていた。
(助かった……そっか、司祭の説教が始まる時間なんだ)
"説教"と呼ばれる、毎朝恒例の宗教儀礼が始まる、朝9時を迎えたようだ。敵だけど、注目を逸らしてくれてありがとう──フーガは胸中で言った。
真っ白な生地に金の十字架の装飾が目立つ、教会の制服を着た白髪の男性・アルフレッドに対して。
「ははっ、"様"はよしてくだされ。司祭はあくまで神の命を受け働く者。私は皆様と対等な、普通の人間です」
眼鏡の向こうで目を細くし、優しく微笑むアルフレッドのその言葉に、群衆はますます感極まった。「なんと謙虚なお方……」などと、涙を流す者までいた。
「大人気ですねー、あの方」
リゼラッタが不思議そうに呟いた。
「あの人、"十大司祭"の一人だからね」
「じゅうだい、しさい?」
「教会に10人しかいない、"司祭"っていう最高権威者の一人。昔この町で疫病が流行った時、あの人が5日間不眠不休で祈りを捧げて、たちまちその病が消え去ったって逸話があったっけ」
そういう奇跡みたいな実績を残した人とかが、ああやって十大司祭に認められるんだよ──フーガは最後にそう付け足した。
「じゃあ、あの人が一番賢いんですねっ!」
「賢い……? まあ、相応に知識も蓄えてるだろうね」
フーガが答えると、リゼラッタはうんうんと満足そうに頷き。
「あのー、すみませんっ!」
堂々と声を上げた。
「アルフレッドさんも、"魔女狩り"をしてるんでしょうか!」
そして、アルフレッドにそう尋ねた。
敵に対して、敵を信仰する者達の目の前で、あなた悪いことしてますよね、と。
しん、と静まり返る現場。
(……………………コイツ何言ってんの!?)
そして、一番凍り付いたのは、フーガだった。赤子がベッドから落ちないよう作ってやった柵を、よりによって赤子自身に蹴り壊された気分だ。
「えーっと……あの、この子移民で! "十天教"のこと知らなくてですね……その、つまらない噂話を本気にしちゃってて──」
「まあ、落ち着きなさい。ええ、無知は罪ではありません」
焦るフーガとは裏腹に、アルフレッドは余裕のある微笑みを浮かべながらそう言った。
「お嬢さん。"魔女狩り"……教会が、冤罪で無辜の民を処刑している、という話ですな? ごく一部の背信の者が、そういう根も葉もない噂を流していることは、私も存じています」
根も葉もない、ね──フーガは内心呆れながら、アルフレッドの話を聞いた。
「お嬢さんはきっと、ご自分やご友人の身を案じているのでしょう。ですがご安心を。我々が無実の方を不当に処罰することなど、決してありません」
相変わらず、柔らかな笑みを崩さないアルフレッド。
「……本当に、そんなことはしていないとおっしゃるのですか?」
(!)
だがフーガの意識は今、彼よりもリゼラッタの横顔に吸い寄せられていた。
真剣なのだ。今まで気ままで気の抜けた振る舞いをしていた彼女が、いつになく。
「ここ最近、何度も新聞で目にしました。魔女と疑われた人達を、教会の方が処刑したお話を。その行いは、不当ではないのでしょうか?」
可憐な少女が、その胸の内に秘めた勇気を振り絞っている。その熱を、瞳に宿る凛とした輝きに変えて。
その姿がフーガには、この上なく美しく見えた。
『大好きだよ。またね』
今のリゼラッタに似た強き美しさを、かつてどこかで見たような気がして。フーガは再び、それに夢中になった。
「ふむ……なるほど」
だがアルフレッドのその一声で、フーガの意識は現実世界へと引き戻された。
「どうやら、勘違いをなさっているようだ」
彼の話し声が一段低くなり、その声色に明確な"憎悪"が宿ったことが、その原因だった。
「私は"無実の人間を、不当に罰してはいない"と申し上げたのです。逆に言えば、罪があるのなら──あるいは、人間でないのなら、むしろ絶対に裁かねばならない。罪なき人々が、幸せに生きるために。それが教会に従属する、我々"十大司祭"の責務ですから」
「……罪のない魔女も、中にはいるのではないでしょうか」
「リゼラッタ……」
そこにきてようやく、フーガはリゼラッタの行動の意図を読み解き始めることができた。
「そこです、そこがお嬢さんの勘違いです。罪のない魔女、そんなものは存在しないのです」
だが、アルフレッドの答えに慈悲はなかった。
「"十天教"の尊ぶべき教典には、こうあります。世界には幸せを奪う、"呪い"なるものが蔓延っている。そして、呪いは災いを呼ぶ。呪われた大気が引き起こすのが、台風。呪われた熱と光がもたらすのが、火災。呪われた動植物が引き起こすのが、疫病」
いや、慈悲はあるのだろう。"人間"全てに対して、彼は慈しみを抱いている。
「そして、呪いが人間の姿形をして、我らを脅かす。それが魔女」
「……!」
その"人間"とやらに、リゼラッタが含まれていないだけだ。
「人間は争い、殺し合う。人を疑い人を憎む。酒に溺れ金に溺れる。人間は幸せになるために、我らの神が、この大地に産み落としてくれたはずなのに。こうも上手くいかないのは何故か……簡単です。神に仇なす魔女という呪いが、我々を幸せから遠ざけるからです」
ゆえに──アルフレッドは続ける。
「私は徹底的に戦う! 呪いの権化たる魔女を、この世界から一人残らず消し去るまで!」
ぐっと拳を握り締め、今までで一番強い語気で言い切る。それは、彼のスピーチの壮大なる締めくくりであり。
『……うおおおおおおーッ!!』
直後、群衆から巻き起こった大歓声が、二つのことを如実に表していた。
一つ。彼らはこんなにも、アルフレッド司祭を敬愛している。
二つ。彼らはこんなにも、魔女に死んで欲しいと願っている。
その過程で罪もない人間が死んでも、そのことを"魔女だから死んだ、ざまあみろ"と思い込んでしまうくらいに。
『魔女に死を!! 我らに幸福を!! 魔女に──』
そんな声を一斉に上げるこの光景が、異様だと思えないくらいに。
「………………ッ」
「あ! お前っ」
注目は再びアルフレッドに集中し、リゼラッタのことを気にしている者などいなくなっていた。議論のステージから降ろされた彼女は、顔を伏せたまま踵を返して走り出し。
「ああもうッ……」
フーガは、それを追いかけた。




