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#7「夢のような出来事、嘘みたいな同行」

「…………ん」


 フーガは、寝起きは良い方だ。だから今朝も、朝日の眩しさにゆっくりと瞼を開いた直後。


「ッ……あの子は!?」


 先程まで激闘の最中にいたことをすぐに思い出し、思わず飛び起きた。


「あっ。おはようございます」


 だが次に聞こえてきたのは、隣からののん気な声で。


「あんた……魔女」


 振り向いた先には、あの紺のドレスの少女が座り込んでいた。どうやら、ずっと寝顔を見られていたようだ。


「って、それよりみんなは!? ここは……!?」


 そんなことを気にしている場合ではないと、フーガは慌てて周囲を見まわし始めた。


 だがすでに夜は明け、彼女が今いる場所も、あの街から遠く離れた平原になっていた。柔らかな肌触りの、若草が生い茂る地面が心地よくて、思わずもう一度寝転がってしまいたくなる。


「安心してください。ふーちゃんのお仲間はケガしちゃった方もいますが、死者はいないそうです」


「……あ。ほんとだ、あたし達の馬車……」


 数メートル先を見て、フーガは呟いた。そこには五台ほどの馬車が並び、その横でフーガにとって見知った顔の人々が、おのおのリラックスしているところであった。


 確かにリゼラッタの言う通り、死人が出たようなムードではない。それを確認すると、フーガは安堵のため息をついた。


「…………は? ふーちゃん?」


 そして数秒遅れで、彼女は違和感に気がついた。


「なにその呼び方。あたしのこと? それじゃ友達みたいじゃん」


「え? だって、眷属ですから。お友達みたいなものです」


「いや無理。冗談じゃない」


「え〜? 私がきみを助けてあげたんですよ? ちょっと冷たくありませんか?」


 そっぽを向くフーガの様子を見て、リゼラッタは困り眉になりながら、彼女に顔を近づけそう言った。近づいた距離の分だけ、同時にフーガが顔を離したのだが。


「嫌に決まってるでしょ。怪しい魔女と友達なんて」


 むすっとしながら、フーガはそう告げた。うざいから小言を言って突き放してやる、その程度の気持ちで出た言葉。


「…………そうですか。魔女だから、なんですね」


「……?」


 だがリゼラッタからの反応は、フーガが思っていたものとは違った。


 寂しそうな表情が、見えないトゲに変わって、フーガの心臓をちくりと刺した。


「フーガ。起きたのか」


「!」


 罪悪感のもやがかかりかけたフーガの気持ちは、ふとかけられた第三者の声によって引き戻される。


「リーダー!」


 顔を上げると、そこには頼り甲斐のある青髪の女性が立っていた。見たところ傷ひとつなく、元気そうだ。


「来てくれ。お互い、話さなければならないことが多いだろ」


「はーい……えっと」


 返事をすると、フーガは何かを探すように、右腕を周囲に右往左往させた。


「?」


「ははっ。もう必要ないんだろ?」


 突然の不可解な動きに困惑するリゼラッタの傍ら、リーダーは何かを察知したような様子でそう笑いかける。


「あっ」


 その言葉を聞いて、はっとしたフーガは、意を決して力強く立ち上がった。


「……やっぱ、夢じゃないんだ」


 自分が杖無しで直立しているという事実に驚かされながらも、同時に自らの頭部の耳を触ることで"それ"を確信し、フーガは呟いた。


「どうですか? 私のありがたみ、分かってきました?」


「まあ、これに関しては感謝してる」


 にんまりと横から覗き込んでくるリゼラッタに、フーガは目を合わせずそう返答しながら、すたすたと歩いて行った。生まれて初めての歩行のはずだが、二足で歩む動物としての本能が働いているのか、つまづくことは無かった。


「あっ。ピーリャ」


 休憩している仲間達の元へ合流すると、フーガはすぐ、手前の方に見慣れた顔を見つけた。


「………………」


 ピーリャは目が合うや否や、すぐに顔を背けた。負傷した肩は包帯で問題なく手当てされたようだが、彼女のフーガに対して向けてくる目の色は、明らかに変わってしまっていた。


 否──それはピーリャだけではないと、観察眼の鋭いフーガはすぐに悟った。


 どうも慣れない類の視線だ。数十人の仲間達は皆、フーガのことを敵視しているような様子ではない。だけど、その瞳に親しみの色も無い。フーガの足のことをやけに憐れんでくる大人もいたが、そういった視線とも違う。


 彼女らは、例えば、足で立って歩くミミズ──そういう、受け入れ難い正体不明の異物を見るような目をしていた。


 そんな中で、フーガはリーダーが手招くままに、皆の前へと歩いて行った。その後ろをリゼラッタも付いていき、いよいよ全員の視線が二人に集まる。


「さて。まずは、お前が寝ていた間の話をしておこう」


 フーガの目を見ながら、リーダーは話し始めた。


「あれから私達は、なんとかあの街を脱出した。ここは街から数キロ離れた平原だ。あまりもたもたしてはいられないが、多少の立ち話をするくらいの余裕はあるだろう」


「そっか……失敗したけど、なんとか逃げられたんだね」


「違いますよー」


 リーダーと話していたつもりが、突然背後からそう言われ、フーガは思わず振り返った。


「失敗じゃありません。教会の聖堂で拷問を受けてた人達……ふーちゃん達が助けようとしてた方々は、きちんと救出されましたから」


「え……あの状況から、アイツら倒して救出したの!? てっきり諦めたと思ってた……でも、誰がどうやって」


 救出どころか、レジスタンスが皆殺しにされてもおかしくない窮地だったはずなのに。フーガは困惑しながらリーダーの顔を見たが、彼女は何故かどこかへ指を指した。


 その先を振り向いてみると、フーガは再びリゼラッタと目が合った。


「あ、アンタが!?」


「はい。たまたま私も、あそこに捕まってる人達を助けようとしてたんです。そしたらなんと、皆さんとダブルブッキングしてたじゃありませんか」


「ホントかよ……証拠は?」


「捕まってたのは10代の姉弟二人と、街外れでリンゴ農家をしてたっていうお姉さんでした。ふーちゃんのリサーチ通りだって、あちらのリーダーさんは言ってましたよ?」


 どうですか? と、むふっとした表情でリゼラッタは尋ねる。


「……合ってる。あたしの下調べ通りだ」


 柔らかな彼女の顔とは反対に、フーガの表情は驚きに固まっていた。もちろんフーガの調べ自体が間違っている可能性や、当てずっぽうが当たった可能性もあるが、少なくともある程度の信憑性はあるだろう。


「ご家族のところへは連れて行きました。あとは何とかなるでしょう」


「どの道、今から街へ戻ってもう一度救出作戦を敢行するのは厳しい。今は彼女の言うことを信じておこう」


「うん……まあ、リーダーがそう言うなら」


「では、次はお前の話を聞こうか。その可愛らしい耳のこと、何があったのか正直に言ってくれ」


「かわ…………はい」


 フーガが手短にいきさつを語った。騎士と出会したことや、昼間の幼い少女が助けてくれたこと。そして彼女を救うために、魔女と契約してしまったことも。


「……そうか。さっきリゼラッタから聞いた内容とも一致しているが……一つ確認したい」


 沈黙してフーガの言葉を聞いていたリーダーは、そう言った。


「お前、リゼラッタに心を操られていたりはしないか? 眷属というからには、もしかすると──」


「望みて地獄を歩む諸君らに、幸あれ」


 フーガに遮るように挟まれた言葉を聞いて、リーダーは発言を止めた。


 それは、このレジスタンスを一つにまとめる至言──結成時にリーダーが作った、信条のような言葉だった。


「失敗したらみんな殺されるのに。成功したって、世界が良くなるとは限らないのに。それでもあたし達は、ここで戦うことを決めた。あたしのその決意が、魔女なんかに消せるわけないよ」


「……そうか。承知した」


 何かを悟ったように、リーダーは目を閉じ、そう言った。そして、不安、あるいは怪訝な面持ちで話を聞いていたメンバー達に向き直り。


「皆、聞いてくれ。身を挺して、無辜の少女を守り抜いたフーガ。そんなフーガを救ってくれた、魔女リゼラッタ。今は彼女らの真意はさし置き、その行動を信じてみたい。責任は私が取る」


 力強い声色でありながら、その低くも美しい声は内なる優しさを感じさせ、自然と仲間達の表情をやわらげていき。


「信じてここに告げよう。魔女リゼラッタよ、我らの旅路へようこそ──と!」


 彼女らは最後には、肯定を込めた盛大な拍手を、その言葉に対して送っているのだった。


「わっ……お話上手な方ですね」


「昔、教師やってたんだって。なんかその話したら、いつも微妙な顔するけど」


 その様子を見て、リゼラッタとフーガはそんな言葉を小声で交わし。


 彼らはまた、歩みを進め始めた。

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