#4「運命の夜、絶望の路」
街の端にある大きな牛舎。今宵のレジスタンスの隠れ家は、そこになった。
「ご主人はもう寝たって。一人暮らしなのもそれとなく聞き出しといたから、これでチクられる心配ないよ」
草の匂いが──それと、飼い牛からの嬉しくないプレゼントの臭いが──少しだけ漂う牛舎の中で、フーガはリーダーにそう告げた。
「そうか。大金払って隠れさせてもらった甲斐があった」
ゆっくりと歩み寄りながら報告するフーガを一瞥すると、リーダーはそれよりも早く、フーガに近づきながらそう返した。
「年頃の子も多いし、もっと良い場所に泊りたいんだがな」
正義はあれど犯罪者である彼女らレジスタンスは、教会に動向を悟られないように動かなければならない。なにせ、ここにはいない別動隊も合わせ、40人近い大所帯だ。だから行く先々でいつも、こういう場所を拠点にしている。
「んで、作戦だけど。あたしの調べだと、このあと10時頃から、魔女の疑いがかかった人への審問が始まる。あと30分だね」
「そうか。では、15分後に出発する。川沿いの道を裏から回って、裏庭から聖堂内部へ侵入する、だったな」
フーガは頷き返す。こちらは40弱だが、この街の教会には100人を軽く超える聖職者が在籍している。そして程度の差はあれど、そのほとんどが、レジスタンスのような輩を退けるための高度な戦闘訓練を受けている。
だから、こうして慎重に動く必要があるのだ。
「うん。それが一番死ににくい」
言いながら、フーガは周囲を見回す。
レジスタンスはその大半が女性で、この牛舎に隠れている者も例外ではない。今は牛の食料の山に隠していた槍や剣を掘り出して、彼女らはおのおの戦闘の準備を整えている。
その中には、昼間絡んできたピーリャ達の姿もあった。こちらをチラチラと見ながらクスクス笑っている辺り、何の話かは聞くまでもないだろう。
だがフーガは何も言わなかった。自分を嘲笑することで、少しでも出撃前の緊張が紛れるのなら、それで構わないと思っていた。
これから、命のやり取りが始まるのだから──と。
午後9時50分。10人ほどの集団に分かれて夜中の街道へと侵入したレジスタンスらは、暗闇を這うネズミのように、気配を消しながら行進した。
今は裏路地を各々のルートから進み、集合場所である聖堂の裏側を目指している。いつも通り、目的は一つ。この街の聖堂に無実の罪で囚われ、審問と称した拷問──いわゆる"魔女狩り"に遭っている人々の救出である。
例えその過程で敵に、そして味方に犠牲者が出るとしても、だ。
普段、夜の街は武装した教会の聖職者、通称"教会騎士"によって警備されている。そして、2〜3人の小隊で行動する彼らとは、なるべく出くわさないように行動しなければならない。
何せ大半が素人のレジスタンスと比べ、正規の訓練によって洗練された教会騎士は、こちらよりも明確に格上だ。数の差があれど押し切れない、それどころかこちらの敗北すらあり得る。
「……ねえ。遅いんだけど」
リーダーを先頭とした、とある集団の最後尾で、フーガに冷たい言葉がかけられた。
無理もない、と彼女は思った。こんな緊張に包まれた状況下で、自分のせいで集団の歩むスピードが落ちているのだから。
「ごめん」
言葉をかけてきたのは、やはりピーリャだった。だがフーガは杖を突きながら一言だけ謝り、あとは何も言わなかった。
有事の際の指示役として同行している彼女だが、少なくとも今この場では"いらない子"だという自覚があった。
「ったく……ママの仇取らなきゃいけないのにさ」
そして、性格に難ありの彼女にも、このレジスタンスに所属するだけの理由があることを、フーガは知っていた。
だから、我慢できた。
「はぁ……」
ただ、それで鬱憤が完全に収まるわけではない。こっちだってやれることを頑張ってるんだけどな──とは口にせず、フーガは小さなため息の後、ふと空を見上げた。
晴れ渡る夜空には、白い星がいくつも瞬いている。小さいもの、大きいもの、一際近くで輝くひとつの光──
「──今すぐ隠れろッ!!」
フーガはすぐさま、怒号を上げるような剣幕で叫んだ。
10人の集団のうちほぼ全員が、全身の毛が逆立つような衝撃を覚えた。研ぎ澄まされた神経が、すぐに全員に回避行動を促す。フーガ自身も、横に倒れるようにして、家屋の屋根の下の陰に身を潜めた。
ザシュ──たった一人、油断して逃げ遅れた少女。彼女の左肩を、刹那の間に一本の矢が貫いた。
「ッ……ああああぁっ!?」
ピーリャだった。血肉を焼き潰すような激痛に叫びながら、出血が止まらない肩を押さえている。
(敵だ……屋根の上に隠れてたのか!?)
フーガは、額に汗を垂らしながら思考した。街の見回りをするために、屋根の上に登る必要などないはずだ。聖職者がそんな品のない行いを、意味もなくするはずがない。
ならばこれは、偶然の邂逅ではなく。
「リーダー! 待ち伏せだ!!」
必然的に、そうなる。
そして、その推理が正解だと告げるかのように、道の向こうから足音が聞こえ始めた。やけに速く、やけに多い足音が。
そして、背後からも。
(囲まれた……!)
ぞろぞろと集まってくる10人弱の教会騎士の男達によって、フーガ達はあっという間に前後の道を塞がれた。騎士達は全員、軽量の鎧と長い剣で武装し、眉一つ動かさず厳格な視線でこちらを威圧してくる。
すぐに分かった。戦っても勝てないと。
「……"ホタル"、使いますッ!!」
だからフーガは、戦わないことにした。
彼女の叫びを聞いて、レジスタンスらは一斉に目を瞑る。うずくまるピーリャも例外ではない。
「?」
状況を飲み込めないのは、立ちはだかる教会騎士達。そして。
「なっ──!?」
激しい閃光。直後、彼らは驚きの声と共に、目を覆った。フーガ特製の、火をつけることで激しい閃光を放つ兵器だ。
「全員、撤退ッ!!」
殺傷能力はない。だが、号令と共に一時退散する程度の時間を稼ぐことはできた。
「ぐあっ!?」
リーダーを先頭に、より数が少ない後方の騎士達に突進を仕掛けた。視界を奪われた状態での衝撃に対処できず、騎士達は地面に転がる。その隙にレジスタンスは、その向こうにある十字路を思い思いの方向へ駆けていった。
「うわっ」
ひょいっと持ち上げられる感覚に、フーガは間抜けな声を上げる。
「フーガ、じっとしていろ! 体制を立て直す」
見上げると、リーダーが彼女の体を抱え上げながら走っていた。人間離れしたその体力に心底感謝しつつ、フーガは杖を落とさないようにぎゅっと握りしめる。
「! リーダー!」
その直後、フーガは叫んだ。抱えられながら彼女が見上げた先では、家屋の屋根の上からピーリャを狙撃した教会騎士が、第二の矢をちょうど放ったところであった。
そして、その矢はフーガ達を向いていた。
「任せろッ!」
だが、フーガは動じない。矢が突き刺さる寸前、リーダーが腕を上に振るうと、矢は明後日の方向へ弾き飛ばされて転がった。
リーダーの手には、20センチほどの小さなナイフが握られていた。
「さすが先生っ」
「……先生はよせ」
レジスタンス最高戦力である自分の実力を褒められたにも関わらず、やけに不服そうなリーダーをよそに、フーガは再び視線を前に向ける。ちょうど、同行していた面々がバラけた十字路に辿り着いた。
リーダーはそこを左に曲がり、スピードを上げて直線の道を駆け抜ける。
「くっ……ああっ!?」
走った先、前方で苦しげな声がした。見ると、そこにはペンキのように鮮血が飛び散っていた。
痛ましいほどの怪我を負ったのは、先行して左の道へ逃げていたレジスタンスの若い女性。
その手に握られていた粗悪品の鉄剣は、正面に立つ教会騎士に弾き飛ばされ、無造作に地面に転がっていた。
「クソ、まだ待ち伏せが……!」
リーダーは焦燥を隠せない、力んだ声で呟いた。どうやら、本気でこちらを殲滅しにかかっているらしい。
「リーダー降ろして! あとは自分で逃げる、みんなを助けてやって!」
フーガはすぐに告げた。腕から血を吹き出したあの仲間は、もうまともに抵抗できない。間違いなくあと数秒で死ぬ。助けられるのは、足枷を捨てた万全の状態のリーダー以外にいない。
「! だが、お前は──」
「あたしのせいで死ぬなんて、もうたくさんなんだよッ!!」
仲間を救うべく、似合わない激情を見せつけてきたフーガに、ついにリーダーは屈服するように頷いた。
「……お前も死ぬなよ!」
慎重にフーガを降ろすと、リーダーは右手のナイフを腰に差した鉄剣に持ち替えて、スピードを上げて前方へ突進していった。
「死ぬもんか」
かたやフーガは、家屋同士の間に狭い隙間があるのを発見した。自らの少食に感謝しながら、子猫しか通れなさそうなその細道を、彼女はどうにか突き進んでいく。
(落ち着け……無茶はするな、とにかく考えろ。あたしの役割は頭脳。まずは全班の現状を把握して、目的の修正、それから──)
思考を止めている暇はない。今は、命のやり取りをしているのだ。それも自分の命ではなく、他人の──血を流して戦う、仲間の命を使って。
だから、考え続けなければ。戦わなければ。生きなければ。
(こんなところで、殺させやしない……死にやしない……!)
摩擦で服を擦り切らせながら、フーガは強い決意と共に、細道の出口に辿り着いた。
「よしっ、次は──」
勢い任せに飛び出して、ふと正面を見て。
「…………え?」
人だ。
あ、違う。
「……物音がすると思えば、足の悪い異端者とは。まずは手柄首ひとつだな」
鎧の騎士だ。
敵だ。
(──そっか)
(あたし、ここで死ぬんだ)




