#3「役立たずの少女、その胸の内は」
時は15XX年。フーガが、魔女の眷属となる日までさかのぼる。
「あいよー、30ギルちょうど」
「ん。ありがと」
昼下がりの街角で、フーガは新聞屋から週刊を受け取った。数年前に印刷とかいう技術が出てから、こういう情報誌の出版が速くなって助かる──右手で杖をつき歩きながら、フーガはそう思った。
『北端の里で魔女3人を検挙 突然の雪崩から魔術によって生還した疑い』──新聞の一面にはそう書いてあった。
(ただ生きて帰ってきただけじゃん……そんな言いがかりで拷問する気? ありえない……)
フーガは、苛立つ心が表情に出ぬようこらえた。民衆はこの記事の内容が、教会のやっていることが、本当に正義だと信じているのだろうか──そんなことを道ゆく人々に尋ねてみるわけにもいかず、フーガは黙って歩を進めた。
商店が並ぶ路地は、多くの通行人で賑わっていた。フーガは邪魔にならないように右端に寄って歩き、やがて見上げるほど大きな噴水のある広場に着くと、左奥に空いているベンチを見つけ、そちらへ方向転換した。
ようやくひと休みできる──片足の先天性麻痺という枷に縛られている彼女は、安堵のため息をつきつつ歩みを進め。
「……うわっ!?」
その手前で、突如として重心を失った。
「っ、と……!」
心臓が冷や汗をかくかのような、嫌な驚きと焦りの中で、しかし彼女はなんとか杖を突き直して耐える。
「あっ、ごめ〜ん。邪魔だったから♪」
そしてフーガが振り向いた先には、口だけの謝罪を告げる、見知った人物がいた。
「ピーリャ……気を付けてね」
「は〜い♪」
相変わらず反省のそぶりを見せない、赤毛のお下げの人物──ピーリャは、フーガと同年代の少女。そして、フーガと同じく、魔女狩りに反抗する"レジスタンス"のメンバーだった。
フーガと大きく違う点といえば、小さな肩掛けかばんと新聞しか持っていない彼女と違い、ピーリャは大きな荷物の入った袋を、同行する数人の友人とともに運んでいる、という点だろうか。
「にしても肩凝るわ〜、これ……この前の夜の"仕事"の疲れも取れてないのに。良いわよね〜、杖突くのに忙しい人は、力仕事しなくて良いんだから♪ あたしも役立たずに生まれたかったな〜」
言葉の真意を読み取れないほど、フーガは鈍くも愚かでもなかった。
以前の仕事──もとい、教会との戦いでついた顔の傷を、まだ気にしているのだろう。戦闘要員ではないフーガに、こうしてよく絡んでくる。今後ろでクスクスと笑っている、これまたあまり性格の良くない友人達を引き連れて。
「…………」
だがフーガは、それに対して何も言わなかった。甘んじてその嫌味を受け入れ。
「おい。つまらない話をしてる暇があったら、さっさと終わらせて来い」
「!」
代わりにピーリャ達の背後から声をかけたのは、フードを被った、身長の高い一人の女性だった。
「…………ちぇっ」
一転して、不満げな声と共に、ピーリャ達はすぐにその場を去った。後に残ったのは小柄なフーガと、大柄なその女性だけ。
「大丈夫か? すまない、後で叱っておく」
「リーダー……」
だがその女性──リーダーと呼ばれた、青髪を長く伸ばした長身の女は、これまた一転して、そんな優しい言葉をフーガにかけた。
自然な流れで彼女に支えられつつ、広場のベンチに座り込んだフーガは、少し考え。
「……いいよ。あたしが戦ってないのも、役に立ってないのも、事実だから」
そして、いつも思っていることを口にした。
「そう言うな。お前にはいつも助けられているよ。物資の管理に作戦立案、読み書きができる上に、外国語と古語まで扱える人材なんて、上流階級にもそうそういない」
それは心からの称賛であり、また事実でもあった。殺し合いを強いられるレジスタンスに、真っ先に敵に殺されるであろうフーガが迎え入れられているのは、ひとえにその目を見張る頭脳ゆえだった。
「それくらい出来なきゃ、あたしには生きる価値が無いから」
だがフーガは、それを誇ったことは一度もない。世の中には、自分よりもっと素晴らしい人間がたくさんいると、彼女は思っている。
「…………お姉ちゃんの、代わりの命だもん」
例えば、自分を守って火の中に消えていった、あのひとのような。
「フーガ……」
「もう一回下見してくる。夕方には戻るから」
フーガはそう言うと、リーダーと目も合わせずに立ち上がり、歩き去って行った。
ざっと目を通した新聞を、かばんの奥にしまって、フーガは人気の少ない川沿いの道を歩いていた。街の端の方の道だ。あるのは川の左側にぽつぽつと立ち並ぶ住宅と、右側にそびえる大きな白い建物。
「きったねえんだよ! 魔女!」
「!」
魔女──突如聞こえてきたその言葉に、フーガは思わず身構えた。
「って」
だが、警戒するほどの事態ではなかった。曲がり角の先を覗き込んでみると、その声は子供のものだった。
「ぐすっ……返してよぉ……」
「やだねっ! 魔女の呪われたにんぎょーだ! ぶっ壊してやる!」
子供にはよくある、弱いものいじめだった。少年二人に、一人の少女が所有物らしい人形を奪われ、それを踏みつけられている。
見てみると、少女の格好だけが少しみすぼらしかった。裕福ではない家庭の子なのだろう。それで気味悪がって魔女呼ばわり──普通と違う子がこういう目に遭うのは、子供の間では珍しいことではない。
「やめろ!!」
フーガはすぐさま、怒りの声を上げた。だがそれは、単にいじめを咎めんとする、義憤のみに基づく行動ではなく。
「人を魔女だなんて……冗談でも絶対に言うな!!」
それ以上に、少年がふと言った、その言葉に対しての反抗だった。フーガはおぼつかない足取りとともに、怒りを露わにした表情で前へと歩む。
つい先ほどまでどこかダウナーですらあった少女の、まるで殺しにでも来るかのような、その尋常ではない態度。それは、少年たちの額にもうっすらと冷や汗が浮かぶほどであった。
しかし。
「いいか、お前らのその言葉……がっ!?」
しまった──前へ突いた杖が地面の大きく丸い足にちょうどぶつかり、フーガもろとも横に滑ってしまった。突然のことに受け身など取れるはずもなく、彼女は砂煙とともに無様に倒れる。
「え…………な、なんだこいつ」
「い、行こうぜ。もういらねえよ」
怒ったと思ったら、勝手に倒れる。少年達の目にはそんな彼女が、奇怪な人間としか映らなかった。人形を乱雑に投げ捨てると、彼らは気持ちの悪い虫でも見たような表情とともに去っていった。
「……大丈夫?」
カッコはつかないが、まあ勝ちは勝ちか──フーガは安堵のため息をつくと、倒れたまま少女を見上げて言った。
「ひっ……」
だが、話しかけられた少女はびくりと肩を振るわせると、華奢な手でそそくさと人形を拾い上げ、すがるように抱きしめて走り去ってしまった。
「ちょ、君に怒ったわけじゃ……!」
怖がられた理由は明白。呼び止めようとした声も虚しく、その場には倒れ込むフーガだけが残った。
「……はあ。また、力になれなかった」
何が大丈夫、だ。自分こそ、こんな大丈夫じゃない足を抱えているくせに。
何がレジスタンスだ。仲間に血を流させて、自分は後方で座っていることしかできないと言うのに。
何が、お姉ちゃんの代わりの命だ。
「……何のためにここにいるんだろう、あたし」
それは、こういう失敗をするたびに、何千何万と抱いてきた憂いだった。
死にたくなってくる。だけど、死ねない理由がある。それが余計に厄介だ。
「大丈夫ですか〜?」
「……ん」
聞き慣れない女の声がして、フーガは閉じていた目を開け、憂鬱の闇から抜け出した。
首を傾けて声の主を探し、そして見つけた。
「お昼寝ですか?」
「……ほっといて。今萎えてるから」
尋ねてきた少女に、フーガはぶっきらぼうな言葉を返した。
だいたいなんだ──紺の肩出しのドレスに、紺の手袋。どう見ても、上流階級のお貴族さまだ。なんだか見下されている気がしてならない。
「すごい剣幕でしたね。転んじゃいましたけど」
「話聞いてた?」
顔の前にしゃがみ込んできて会話を続けたその様を見て、フーガの脳裏に浮かんだのは「めんどくさ」の5文字だった。そして、問いかけとともに少女を睨みつけてみせたが、彼女が去る様子が無いことを確認して、ため息をひとつついた。
「そんなに魔女狩りが嫌いですか?」
「証拠もなく疑いをかけて、法に基づく文書処理も無く人を痛めつけるのは、文明社会が許容すべき行いじゃないから。このままだと魔女狩りは、社会全体の知能レベルの低下を招くと思う」
「なるほど、認めたくないんですね〜。ついカッとなってやった、って」
柄にもなく怒って、そのくせ何もできずに無様に倒れたところへこの女──憂いはだんだんと苛立ちに変わっていく。
「っち」
フーガは力任せに杖をつき、無理やり立ち上がると、少女の方を一瞥もせずに歩き出した。
「でも、素敵だと思います。誰かのために頑張れる人って」
「!」
悔しかった。
背中に響いた声に、少しだけ胸が躍ったことが。
「……そんな大層な人間じゃないよ。じゃあね」
だけど、その感情を急速に冷やすかのように、フーガはそそくさと歩き去っていく。
そして、妙に寒い夜がやってきた。
運命の夜が。




