#2「魔女狩り狩りの魔女、差し伸べる手の温もり」
(やっぱ後味悪いな。人殺すのは)
その手で肉を割く、いつまでも慣れない不快な感触。罪の感覚。天国やら地獄やらは信じていないが、自分の最期はきっとまともなものではないのだろうと、少し嫌な気分になる。
だけど。ああいう輩は、死ぬまで思想を変えないだろう。死ぬまで拷問をやめないだろう。この先生まれる罪のない人々が、魔女と疑われ不当に苦しめられることがないよう、ここで仕留めなければならなかった。
そう思う一方で、もし信仰と関係ない場所で、彼と出会えていたら──フーガは、そういう想像もせずにはいられないのだった。
「……大丈夫? 生きてる?」
だが、今は悩んでいる場合ではない。早く脱出して、外の仲間と合流しなければ。フーガは審問室に入り、中で項垂れる少女に声をかけた。
「…………だれ……?」
「!」
死にそうな掠れた声と共に、ふとフーガの方を向いた少女の顔は、半分近く焼けただれていた。血まみれになった数本の指も含め、もう繕うことなど叶わない怪我だと、医学を知らぬフーガにもすぐに分かった。
「近くの村の子だよね? あなたの妹に頼まれたの。お姉ちゃんが、悪いことなんてしてないのに捕まった、助けてって」
だから、帰ろう──拘束を解いてやると、フーガは彼女に手を差し伸べた。
「…………死んだって、伝えてください」
だが、少女は立ちあがろうとしなかった。
「こんな手じゃ仕事ができない……こんな顔じゃ、みんなにもあの子にも怖がられるだけ……私はもう、まともに生きていくことなんて出来ない……私、なにも悪いことなんてしてないのに……!」
苦痛から解放されても、全てが元通りにはならない。少女の真の絶望はそこにあった。
「……ダメ。あの子、あなたに庇ってもらったって言ってた。謝りたい、お礼が言いたいって泣いてた。だから、あの子の言葉を聞いたげて」
「でも、こんな顔じゃ」
「あなたがどんな顔でも、あなたはまだここにいる。あの子に会って、話してあげて……あたしの時は、それが出来なかったから」
「………………」
長いこと悩み、涙も鮮血も乾いた頃。少女は、ようやく立ち上がり、残った方の瞳で前を見た。
「ありがとう……ございます。可愛い耳のひと」
「っ……えへへっ。ありがと」
「ところで……あなたは、何者なんですか? ここに何をしに来たんですか?」
照れくさそうに顔を背けるフーガに、少女は尋ね。
「あたし? フーガ。"魔女狩り狩りの魔女"、リゼラッタの眷属」
フーガは、己をそう名乗った。
血にまみれた道を歩む者。
教会勢力を打ち倒し、魔女狩りの悲劇を終わらせる者──"魔女狩り狩り"のフーガだと。
「んー……ま、これでいっか」
少女を仲間に引き渡した後、地下の奥の倉庫に隠されていた貨幣を手元の袋に入れると、フーガは教会を後にした。
「ヘイト管理良し、と」
正門まで来たところで、教会の方を振り返る。3階建ての神聖な教会は、真っ暗な塗料で書かれた『神は愚かだ』という大きな文字で汚されていた。その傍には、鎖から解き放たれた鳥の絵──教会勢力に背く、レジスタンスの絵も描かれている。
まるで、その悪名を世に轟かせるかのように。
(盗んで、汚して、そうして教会の敵意はあたし達に向かわせる。魔女の疑いに遭った人やその村じゃなく、あたし達に)
罪のない者が裁かれるのを止めるために、自分達が黒幕に、最低最悪の咎人になる。見えている地獄に、信念のもと自ら足を踏み入れる覚悟が、フーガ含むレジスタンスの面々にはあった。
それでも、15歳の身でその巨大な罪を背負うフーガの心は、先の見えない不安と、嫌な緊張に張り詰め続けていて。
「あっ! ふーちゃん」
その絆が無ければ、彼女はダメになっていたのかもしれない。
「リゼ」
フーガがそう呼ぶ、正面から歩いてきた少女は、アメジストのような美しい長髪をなびかせていた。
お高そうな紺色の布地に、金色の装飾がなされた、オフショルダーのドレスと長い手袋を纏った佇まいは、まさに姫君のよう。
くりっとした丸い瞳と合わせて、彼女の放つ雰囲気は、美形だが少々地味めなフーガとは真反対の華やかさがあった。まさか彼女を一目見て、悪名高いレジスタンスの一員だと思う者はいないだろう。
「探しましたよ。無事に済んだみたいですね」
そんなリゼ──もとい、魔女リゼラッタは、自分の目線と同じくらいの高さにあるフーガの頭に、そっと手を置いた。
「よしよし♪」
「ッ……それやめてってば。いくつだと思ってんの」
その手を強引に退けたフーガは、リゼラッタをじっと睨みつけ。
「……泣いた?」
暗がりのせいで見えにくかった、その目元の腫れに、遅れて気がついた。
「あっ……さっき転んじゃって。情けない話です、偉大な魔女さまなのに〜……」
「見たの? あの子のこと」
「!」
凄惨な仕打ちを受けた少女の顔を、フーガは思い返す。
そして、リゼラッタも同じ少女のことを考えていることが、微かに動揺した瞳から読み取れた。
「…………」
そして、一粒の涙が溢れたことで、その推測が確信に変わったから。
「あんたのせいじゃないよ」
何度目かわからない自責の念、その痛みを、フーガは己の言葉で包み込もうとした。
「魔女狩りが起こるのは、魔女のせいじゃない。あんたが始めたことじゃないんだから」
魔女狩りを終わらせようとするレジスタンスに、魔女が加入した理由。それを知るフーガは、幾度となくそんな言葉をかけてきた。そして、今夜も。
「あんたが生まれてきたのは、誰かを苦しめるためじゃない。あんたが今ここにいる理由は、そんなことじゃないって、証明してやりなよ」
フーガは、すれ違いざまに彼女の肩をそっと叩くと。
「そのためにあんたは、あたしにこの体をくれたんでしょ? ありがとね」
そう言って、フーガはにこっと笑った。
魔女も眷属も人間も、そんなの関係ない。ただ、恩人に感謝を伝えた。今ここにいてくれてありがとうと、そう伝えた。
「……はい」
そんな言葉が、いつだって魔女の心を支えていた。
そうしてまた、悲劇の無い明日を目指して、二人は歩みを進める。
今、ここにいる理由──それを見失わない限り、その足が止まることはないのだろう。




