モシダくん
悲しそうな顔をする彼女を見た吉田は
続けて答えた。
「あ、いや。僕、吉田じゃないので。」
彼女の思考は一瞬止まり、すぐに安堵した。
ただの人違いであった。
よかった。忘れられてたんじゃないんだ。
安堵も束の間、
冷静になって状況を整理する。
え、でもちょっと待てよ。
なんだなんだ。てことは
夜通し飲んだくれた女が、知らない人にウザ絡みしただけじゃないの。
猛烈に恥ずかしくり、顔がイチゴのように真っ赤になった。
「あ、ごご、ごめ、失礼しましたー!」
そそくさと駆け出した瞬間、
目の前にあった電柱に気づかず、ダッシュの勢いのまま頭をぶつけた。
ごちん!
鈍く大きな音が頭に響く。
くらりとよろめきながら、おでこをさする。
「あいたたたー。」
「大丈夫ですか?!」
心配して顔を覗き込んでくる吉田くん、惚れるからやめてくれ。
いや吉田くんではないのか。・・モシダくん。
うん、モシダくんにしよう。
もう一人の吉田くん、「モシダくん」と心の中で勝手に命名した。
モシダくんは私に大きな怪我がないと分かると
ぷっと吹き出して笑い始めた。
「ははは!すごい勢いで電柱にぶつかりましたよ!まるで闘牛みたいでした!」
と、と、闘牛?!!!
モシダくんってストレートに言うのね。と少し刺さりながらも
私も思い出して一緒に笑ってしまった。
「だって、この距離に電柱があったんだよ!誰も避けられないって!」
しばらくすると笑いが落ちつき、モシダくんが呼吸を整えて口を開いた。
「もしよければ、近くまで送らせてください。」




