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今日は、夜会で着る服を見るためにドレスルームに来たのだが、招待された当事者である私よりもベティのほうが喜んでいた。

ベティが貴族の令嬢たちが着るような服を持ち上げて言った。


「勇者様、これはどうですか?」

「それはちょっと…… 他に何かない?」


どうしても背中が丸見えなのは抵抗がある。

夜会にふさわしい格好をしなければならないとはいえ、慣れない服を無理やり着たいとは思わなかった。


「うーん。じゃあ、どんなのがいいかな。胸元が少し見えるのは大丈夫ですか?」

「それもちょっと……」

「男の人は素肌が見えるのを好むんですけど……」


数多くのドレスを、手で一つずつめくっていくベティ。

すると、ある場所で手を止め、ハンガーからドレスを取り出してみせた。


「これだ! これはどうですか? お気に召すと思うんですけど」


今回選んだのは、他の服よりも露出が少なく、それほど派手な模様のないドレスだった。


「おや? いいわね。一度着てみようかしら」

「お手伝いしますね」

「お願いするわ」

「勇者様、コルセットを締めるのでお腹を引っ込めてください!」

「お腹なんて出てないわよ! もう締めるのはやめて! くっ、これじゃ死んじゃうわ」

「きつく締めたほうが、ドレスを着た時にもっと綺麗なんです。我慢してください」


私はベティの助けを借りて、どうにかこうにかドレスを着た。

それから鏡の前に立ち、ドレスを着た自分の姿を見た。

鏡の中には、これまでとは別人がいた。

腕を動かしてみると、鏡の中の彼女もそのままついて動く。

どうやら私のようだ。

完全に王女様じゃない。


「これが私?」


見ても信じられなくて、思わず小さく呟いた。


「とってもお似合いですよ」


私がドレスを着たことなんてあるはずがない。

ドレスを着てみるまでは嫌な気持ちばかりだったが。

いざ着てみて鏡の中の自分の姿を見ると、すっかり気に入ってしまった。

派手なものより、控えめな姿のほうがむしろ私をよく表しているような気がして、それで気に入ったのかもしれない。


「ありがとう」


付け焼き刃ではあるが、ベティからダンスの仕方も教わった。

そして、国王が主催する夜会に出席することになった。


「こちらの方は南部で……」


最初は夜会に一人で行くのかと思っていたが、同行者として一緒に来たベティ。

夜会には名のある貴族も出席するため、何も知らない私一人が行くよりも、侍女アカデミーで教育を受けたベティが同行するほうがいいという理由からだった。

知らない貴族が近づいてくると、ベティが誰なのかを耳打ちして教えてくれたのだが、一人で来ていたら本当に大変なことになっていただろうと思った。


私が偽の勇者であろうと本物の勇者であろうと、どのみちここを去る人間なのに。

なぜここでこんな苦労をしているのか分からないほど、慌ただしい時間を過ごした。


夜会に用意された食事を口にする暇もないほど忙しい時間だった。

そうして疲れ果てた私は、少し休むつもりでここから抜け出すことにした。


「少し休んでくるわね」

「私もご一緒しましょうか?」

「ううん、ベティも私の隣で苦労したんだから、休んでいて」


私はいくつもある窓の一つを開けて外に出た。

外に出ると、夜会のむせ返るような空気とは違う涼しい風が吹いてきた。

生き返るような心地がした。


ん?

けれど、どこからか煙草の匂いがする。

ここは外なのに、私以外に誰かいるのだろうか?

私は煙草の匂いがするほうへ顔を向けた。


他にも人がいた。

予想もしない場所で出会った私たち。

クラドが私を見てぎこちなく笑う。

ここに来るとは聞いていたが、姿が見えないので来ないのかと思っていた。

なのに、こんなところに隠れて何をしているのだろうか。


「ハハ……」


手に持っていた煙草を慌てて後ろに隠す。


「ここで何をされているのですか?」


もう見たのに、わざわざ隠す必要があるのかしら?

隅に隠れていたクラドが近づいてきて言った。


「あんなに人が多い場所は息苦しくてですね」

「私もそうです。ところで、煙草はいつから吸われているのですか?」

「元からですよ」

「私と一緒にいた時は吸っていなかったではありませんか」

「それがですね。外を回っている時は煙草のことなど思い出さないのですが、不思議とここに来ると煙草が恋しくなるのですよ」


煙草を吸う人は習慣で吸うというけれど。

ストレスが溜まった時にも思い出すというから、私には分からない彼なりの苦労があるのだろう。

確かに、父が騎士団長である伯爵家の人間なら、それもあり得ることだ。


「そんなに隠す必要はありませんよ。煙草くらい吸うでしょう。私にも一本くれませんか?」

「えっ? リエンも煙草を吸うのですか?」


一本くれという言葉に、飛び上がるほど驚くクラド。

彼が驚こうがどうしようが、私は素っ気ない顔で答えた。


「いいえ」

「……それなのに? 吸おうとなさっているのですか? 私がこんなことを言うのもなんですが、煙草は覚えないほうがいいですよ」

「本当は、私も吸うつもりなんてありません。一人で世の中の辛いことを全て背負い込んだような顔をしていたので、冗談を言ってみただけです」

「コホン、ゴホッ」


その後は特に言葉を交わすこともなく、遠くを眺めながらぼんやりと過ごした。

お互いに無言であっても、人が多くて騒がしい夜宴会場よりはずっと心地よかった。

クラドが吐き出す煙草の煙を眺めているうちに、いつの間にか肌寒くなってきていた。


このままでは風邪でも引きかねない。

これだけ長く外にいたのだから、そろそろ中に入らなければという気がした。


「先に入りますね。ゆっくり来てください」


夜宴会場に入ると、待っていたかのようにベティが私のそばにやってきた。


「まもなく舞踏会が始まるそうです」

「舞踏会?」


もうそんな時間になったのか。

道理で、私を見る人々の視線が痛いわけだ。

顔を向けると、私を見ていた誰かと視線が合った。


慌てて顔を背ける男。

他の人々も、彼と似たり寄ったりだった。


ダンスの申し込みは男からするものだと言うが、あんなにシャイでは困ったものだ。

私のダンスの実力はそれほど良いほうではないので、むしろ相手がいないほうがマシかもしれないのだが。

うっかり私と踊って、相手の男性の足が受難に見舞われるかもしれないから。


国王が夜宴会場に入場した。

そして貴族たちと軽い挨拶を交わすと、いつの間にか私の前までやってきた。


「夜宴はどうかな」

「国王陛下のおかげで、素晴らしい方々と出会うことができました」


国王の背景を知った状態で改めて対面すると、彼が魔法使いであることがはっきりと感じられた。

そして、私のために用意した夜宴なのだから存分に楽しむようにと、また会おうという言葉を残して彼はその場を去った。


国王が去ると、楽器を持った人々が会場に入り始めた。

そして、まだ距離はあるものの、私の周りに人々がどんどん増えていくのが見えた。


その大半は男だった。

人々に勇者だと知れ渡ったせいか、私が今日の主人公なのだと実感が湧いた。

私と一緒に一度踊るだけでも、一生の酒の肴になる話ができるのかもしれない。


その時、様子を伺っていた一人が前に出た。


「レディ、私に共に踊っていただく栄誉をいただけますでしょうか?」


聞いている私のほうが恥ずかしくなるような言葉だった。

実際に私がその言葉を聞くことになるとは。

あんな言葉は一度聞けば十分だ。

断ればまた別の人がやってきて、同じことを言うのだろう。

彼に応じようとした時、誰かの手が私の前を遮った。


「申し訳ありませんが、先約があります。そうですよね、勇者様?」


こいつ、今まで夜宴を避けていたくせによく出てきたわね。

終わるまでテラスにいるつもりじゃなかったのかしら?


「ごめんなさい。見ての通り、先約があるので」


私は先約があるという言葉で、一番に勇気を出して近づいてきた男を帰した。

ごめんね。でも、先に勇気を出して勇者にダンスを申し込んだということで、話のネタはできたはずだから。


「一生あそこにいるのかと思ったら、珍しく出てきましたね?」


私も全く知らない男の手を取って踊るよりは。

踊る相手を選ぶなら、まだ顔見知りのクラドのほうがマシだった。


「気持ちはそうしたいのですが、本当にそうしたら父上との稽古で殴り殺されるかもしれませんから」


その瞬間、音楽が流れ始めた。

すでにパートナーがいる人々は互いの手を取り、会場の中央へと歩み出た。


「レディ、私に共に踊っていただく栄誉をいただけますでしょうか?」


クラドが恭しく腰を折って一礼し、私の方へ片手を差し出した。

間違いなく、私がさっき一言言ったから、わざとやってるんだわ。


「光栄に思いなさい」


そう言いながら、私はクラドが差し出した手の上に、自分の手をそっと乗せた。

クラドはその手を取って、私を会場の中央へとエスコートした。


「私、ダンスはあまり上手くありませんよ。一時間くらい習った程度ですから」

「そのくらいで十分です。心配しないでください」


片手で私の手を取り、もう片方の手で腰を支えるクラド。

そして私たちは他の人々と共に、音楽に合わせて体を動かした。

さすがにクラドは体を使いこなす騎士らしく、ダンスも抜群だった。


「ドレス、よくお似合いです」


そして苦痛にも慣れている人間らしく。

最初に足を踏んだ時、ほんの少し眉をひそめるだけだった。

数えてはいないが、あの日は十回は踏んだようだった。

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