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到着したことを告げると。
まもなくして、身なりの整った一人の男性が現れた。
白いシャツに黒いベスト、燕尾のジャケット。
手には白い手袋まで着用した、隙のない姿の人物だった。
「アルケン伯爵家の執事、エドモンドと申します」
「リエンです」
「お目にかかれて光栄です、リエン勇者様。当主様がおられる場所までご案内いたします。こちらへ」
エドモンド執事の案内に従い、中へと足を踏み入れた。
今日、私が招かれたのはクラドが所属するアルケン伯爵家だ。
クラドと一緒にいた間は、家門や父親について一度も聞いたことがなかったので知らなかったのだが、私を招待したのが誰かを知った時はどれほど驚いたことか。
招待した人が伯爵家の人間だとか、彼が騎士団長だという事実に驚いたのではなく、彼がクラドの父親だという点に驚いたのだが。
ベティから聞いた話では、アルケン伯爵家は多くの騎士を輩出してきた由緒ある家柄だという。
振り返ってみれば、王都に来るまで、多くはないが他の領地の騎士たちにも会った。けれど、彼らよりもクラドの方が強いという印象を受けていた。
それはすべて、幼い頃から騎士団長である父親の下で修練を積んできたせいなのだろうか。
「当主様は今、演武場におられます」
当主が訓練中だからと。
私たちを演武場へと案内するという。
普通、人を家に招いたなら応接室で会うものだが。
騎士の家系だからか、人をもてなす方法が独特だと思った。
演武場へ向かう道。
壁のあちこちには絵画の代わりに剣や盾が掛けられており。
数種類の鎧が手入れの行き届いた状態で陳列されていた。
チン
キンキン。
エドモンド執事に付いて廊下の突き当たりに達すると。
剣がぶつかり合う鋭い金属音が空中に響き渡った。
そして廊下の角を曲がると、眩しい日差しが顔に降り注いだ。
「こちらです」
細められる目。
そっと目を開けると、目の前に演武場が広がっていた。
演武場の真ん中では、二人の人物が手合わせをしていた。
一人は低い姿勢を維持しながら相手の隙を伺っているようであり。
もう一人は余裕のある表情で剣を構えたまま、相手がどう反応するかを見守っていた。
剣を交える二人。
ガキン!
金属がぶつかった音とは思えないほどの衝撃音だった。
私は息を呑み、その場に氷のように立ち尽くした。
私が来たことに気づかれたりすれば、張り詰めた二人の手合わせを邪魔してしまうかもしれないと思ったからだ。
「少々お待ちいただけますか。当主様は邪魔をされるのを嫌う性格ですので」
だが、エドモンド執事の言葉に緊張していた心がほぐれた。
声を出してもいいらしい。
「そうします」
闘い見物はいいものだ。
いつこんな風に騎士同士が手合わせする姿を見られるだろうか。
自分に関係のない喧嘩と火事は見物だというではないか。
二人が手合わせする姿を見ていて、ふと、他人が修練する姿を見るのは失礼な行動ではないかと少し心配になった。
「ところで、他の方が修練しているところを見てもいいのですか?」
「本来ならいけませんが、当主様が招待されたのですから構いません」
大丈夫だと言われて安心した。
許可ももらったことだし、それなら熱心に見てあげるのが礼儀だろう。
キン、キン。
二人は手合わせだというのに、実戦さながらに一歩も引くことなく剣を交わしていた。
下手をすればどちらかが酷い怪我を負いかねないと思うほどに。
「あ! まあ……」
私と一緒に来たベティも、二人の手合わせに相当見入っているのか、しきりに感嘆の声を漏らしていた。
剣術に詳しくない私が見ても、あの二人の手合わせは相当高い水準にあることが分かった。
見ていて楽しかった。
手合わせをしている二人のうち、一人はクラドだった。
そして彼と剣を交えている中年男性が、状況からして私をここに招待した騎士団長だろう。
激しい攻防が続く中、騎士団長の顔がどこか見覚えがあるように思えた。
王都に来てから会った人はいないのに、なぜそんな気がしたのだろうか。
掴めそうで掴めない記憶を辿っていると、ふいに、少し前の出来事が思い浮かんだ。
「!!」
そうか、どうりで私をじっと見ていたわけだ。
誰かと思えば、国王様に会う前に挨拶を交わした中の一人だった。
こうして二人を並べて見てみると、クラドが年を取って髭まで蓄えたなら、騎士団長とかなり似るだろうなと思えるほどだった。
手合わせはいよいよ終盤に差し掛かった。
剣を交えていた騎士団長が、こちらにちらりと視線を投げた。
最初から私がここにいることを知っていたかのような目つきだった。
同時に退がる二人。
そして剣を持った腕を下げたまま、私のいる場所へと近づいてきた。
騎士団長が口を開いた。
「アルケン家の当主、エドリックです」
「リエンです」
まるで私を評価するような目で見るエドリック。
クラドの父親に対してこんなことを思ってもいいのか分からないが。
今、私を見る眼差しは、まるで冬眠から目覚めた飢えた熊を連想させた。
エドリックの隣にいるクラドが、決まり悪そうな表情を浮かべながら私に軽く頭を下げる。
別れる時はもう二度と会わないような振る舞いをしていたのに、すぐに再会することになった今、君もこの状況を奇妙に感じているようだな?
その時、エドリックが持っていた剣を私の前に差し出した。
「一度、持ってみられますか」
唐突に剣を?
持てないこともないが、つい先ほどまでクラドとの手合わせに使っていた剣をなぜ?
頭では今の状況が一つも理解できなかったが、私が悪いことをしたわけでもないし、持てないはずもないと思い、騎士団長から剣を受け取って堂々と握りしめた。
そんな私を、騎士団長はじっと観察した。
そして一瞬のことだったが、その目に失望したような気配が浮かんで消えた。
「…?」
何だろう?
剣を握ることに意味があったのか?
騎士の家門に来たら取らなければならない作法か何かだろうか。
そんなものがあるならベティが教えてくれたはずなのに。
エドリックが私に剣を握らせた意味を測りかねていると、彼が言った。
「クラドと知り合いだと伺いました」
「はい。ここまで来るのに同行しましたから。大変お世話になりました」
「そうですか。私の息子が勇者様に失礼を働きませんでしたか?」
「はい。そんなことはありませんでした」
「そう言っていただけると安心いたしました。お忙しい中ここまでお越しいただいたのに、申し訳ありませんが私には次の予定があり、勇者様を直接おもてなしすることができそうにありません」
「分かっています」
「代わりにクラドが勇者様をご案内しますので、ご了承願います。そして、勇者様のお眼鏡にかなう者たちを選別しておきましょう」
短い出会いだったが。
騎士団長は私たちだけを残し、忽然と去っていった。
「……」
私はどうすればいいか分からず目を泳がせているクラドを放っておき、座れそうな場所がないか周囲を見渡した。
ちょうど、近くに適当な席が目に留まった。
私がそこへ移動すると、クラドも恐る恐る後に続いた。
椅子に座ると、エドモンド執事がカゴとティーポットの乗ったトレイを運んできた。
「必要なものがあれば、ベルを鳴らしてください」
簡単なビスケットとお茶を出した後、席を外すエドモンド執事。
残ったのは、私の向かいに座ったクラドと、しとやかに手を合わせて立っているベティだけだった。
「これは一体どういうことでしょうか。説明をお願いしますね、クラド・アルケン卿」




