7.
セレスの命日であり、生まれ変わったその日の夕食は豪華だった。元から誕生日だからと、好きなものをたくさん作ったのだ。
薬草のサラダ、蒸し鶏、そしてステーキと焼き魚。
セレスは身体が小さいからたくさんは食べない。それでも元のセレスも食が細かったから、同じくらいの量だ。私も神官として不摂生にならないよう、食べる量は少なく抑えている。
それでもその日は2人で3人前くらい食べた。セレスが美味しいと食べてくれるのが嬉しくて。
食べさせたり食べさせられたりして、仲良く食べていたら少し食べ過ぎた。2人で笑いながら片付けをして、ソファに並んで座った。
紅茶を飲みつつ寄り添い合う。
「またこうしてファルを寄り添えて嬉しい」
「私もだよ、セレス」
顔を見合わせて、照れてしまった。
「照れるな…」
「そうだな」
静かな時間が過ぎてセレスが
「少し散歩しないか?食べ過ぎた。ベンチの所までなら危なくないだろ?」
「そうだな、歩こうか」
手を繋いで外に出る。
「ふふっ私が歩ける間はよくこうして歩いたな」
「あぁ…」
私は心の底から湧き上がる激情を堪えた。セレスがそばにいる、それが嬉しくて、嬉しくて…
セレスが握る手を強める。私は何も言わずに歩いた。
ベンチに並んで座る。
もう堪えられなかった。私は声を殺して泣いた。セレスが隣にいる、セレスが…最愛の人が帰って来た。
それが嬉しくて、その実感がやっと沸いて。
「ふぐっ…セレス…」
セレスが私の頭を胸に抱き寄せる。
「泣かせて、ごめん。でも嬉しいよ…待っててくれて、変わらずに愛していてくれて」
「あ、当たり前だ。私はセレス以外を愛することはない。ずっと…ずっと。セレス、セレス…セレスがいる」
私はセレスの細い体を抱きしめた。あぁ間違いなくセレスだ。私の好きな爽やかで少しだけ甘いこの匂い。
涙を拭う手はまだ小さい。その手を握って、セレスを膝に抱いた。
最後の時のように、横抱きにしてその体を包む。
「ファル…」
「セレス…」
自然と重なり合う唇、柔らかくて気持ちのいいその感触は少し離れてはまた近づく。
「ファルとのキスはとても気持ちがいい。幸せな気分になれる」
「私もだよ、セレス。ふふっセレスの甘い匂いも、とても懐かしくて」
きょとんとしたセレスは目をパチリと瞬く。
「甘い?」
「あぁ、爽やかな中にほんのりと甘いんだ」
月明かりの元でも分かるくらい顔を赤くして
「知らなかった」
確かに、言ったことはないかもしれない。
「ファルの匂いは爽やかだ。森の中に入った時に感じる清々しくも柔らかな匂い。深呼吸出来る安心する匂いだ」
そうなのか?
「知らなかったよ」
「きっと私にとってファルの隣は居心地が良くて、呼吸が楽になるような場所だったんだな」
その言葉は胸に響いた。
「私の隣が?」
頷く。
「私はもとより口下手で、伝えられないことが多くて。感じていることの殆どは伝えられていないだろう。残されるファルを思って、伝えられなかった」
セレスも同じだ想いだったのだな。私たちは本当に不器用だ。
「私もだ。少ない時間しか生きられないセレスの重荷にならないよう言葉を選んでいた。言葉にしなければ伝わらない想いもある。でも、言葉にしないことで伝わる想いもある。言葉は心を越えられないのだから。その気持ちは変わらないけれど…やはりもっと伝えるべきだと思う。今なら伝えられる。セレス、大好きだよ。朝が苦手で寝ぼけてる顔も、実は香草が嫌いな所も、写本の途中で居眠りする所も、花を見てはしゃぐ顔も、リスと目があって固まった顔も…全部、全部大好きだ。セレスを構成する全てが愛おしい」
セレスは顔を赤らめながらも不満そうに
「香草が嫌いだとなんで知ってるんだ?我慢して食べていたのに…」
口を尖らせた。
「ふふっだって分かりやすく顔を顰めていたよ。一瞬だけね」
「気が付いてないと思ってたのに。それならファルは人参が苦手だろ?いつも私の方に人参が多く盛り付けられていた」
えっとそんなことないはずだが。首を捻ると
「無意識か?大きいのばかり私の方に盛られていた」
あ、そう言われると大きそうなのを避けた気がする。
「ふふっ自分でさえ気が付かなかった、あははっ」
セレスも笑いながら
「なんだそれは?ふふっ。私も確かに言葉が足りていないな。ファルの隣はとても呼吸が楽だった。自然体でいられたんだ。話さなくても受け止めてくれていると、分かっていたからな。それがたまらなく嬉しかった。聖女としてではなく、ただの無口な私として受け止めてくれたから」
私たちは顔を見合わせた。
「本当だな、そんな風に思ってくれてたなんて。お互いに気遣うあまりさらに言葉を伝え損ねたんだな、ならばセレスの前だけは饒舌になろう」
「私もそう努力しよう」
「愛してるよ、セレス」
「愛してる、ファル」
言葉にならない想いを、これからは言葉にする努力をしよう。こんなにも嬉しそうに笑ってくれるのなら。
「そろそろ戻ろうか」
「そうだな」
膝から降りようとしたセレスを抱えて立ち上がる。
「ファル、歩ける」
「私がこうしていたいんだよ」
セレスは私の首に顔を埋めて、ファルのバカと小さく呟いた。
「大切な最愛は腕に抱えたいから」
柄にもなく甘い言葉を言えば、私にも分かるくらいセレスの頬が熱を持った。夜風が心地よくて、セレスの体温は私を幸せにした。
少し冷えたのでホットミルクを飲んで部屋に向かう。
「セレスの部屋に移るか?」
「そうだな、自分の部屋がいい。ファル、これからは私の部屋で前みたいに一緒に寝よう」
上目遣いは反則だ、私のセレスが可愛い。
12年ぶりのセレスのベッドに並んで横になる。腕の中のセレスは小さくて暖かい。
「懐かしいな」
「そうだな、セレスの匂いがするベッドでセレス匂いを嗅いで眠れるなんて」
「ファル、変態みたいだ」
確かに?
「ふふっ忘れたくなかったから。ここは封印したんだ」
「嬉しかったよ、とても」
おやすみのキスをして目を瞑った。私はセレスの匂いと体温に包まれてスッと眠りに落ちていった。
婚約者として2人で過ごすことにも慣れた頃から、セレスは薬草の研究に没頭し始めた。
「作りたい薬がある」
集めたい薬草を探したり、材料を刻んだり魔力を混ぜ合わせたりと作る手伝いはお願いされたが、何の薬かは聞かされなかった。
「私たちの希望となる薬だ」
話がまったく見えなかったが、セレスが作りたいのなら全力で協力するまでだ。
遠い場所まで遠征して薬草を探したり、遭遇した魔物から逃げたりと苦労をした。失敗ばかりでセレスが大泣きしたこともあった。
そんなこんなで苦節2年半。
「出来た!多分、出来たと思う」
セレスが満面の笑みで言った。
「効果はあるのか?」
にこりと笑うと
「さあな、だからもちろん、臨床試験はするさ!」
そしてその薬をセレスが飲んだ。
えっ…?
「セ、セレス…どこか悪いのか?薬飲んで体は?怠くないか?」
焦って言うとふふっと笑って
「大丈夫だ。悪いところを治す薬じゃないから。ファルも臨床試験に協力してくれ」
それは勿論だが
「本当にどこも悪くないんだな?」
「悪くない」
その日の夜、いつも通りにベッドに並んで寝る。
「ファル…?」
「なんだい、セレス」
セレスが体を起こすと私の体に乗った。セレス?
「ファル、臨床試験だ」
「えっ…?」
そのまま熱烈なキスをされた。私は訳が分からず混乱する。しかし、セレスはお構いなく濃いキスをする。
「ま、待ってセレス。どうした…」
何も言わせないとばかりに唇を塞がれた。
「ん…」
ダメだ、セレス。もうすぐ15才になるセレスの体はぐんと大きくなり、もう子供とは言えなくなっている。身体がぴたりと密着するのはよろしくない。
「セレス…んっ、待って」
「待てない。これは臨床試験だからね。それに私はもう14才だ。女神様との誓約にも違わない」
こうして私は臨床試験の内容も薬の作用も知らされないままにセレスと14年ぶりに肌を重ねた。
途中からは私が止まらなくなり、無理をさせてしまった。
翌朝、自分から誘ったのにセレスに怒られたのは解せない。
「昨日から1週間、夜は運動だ」
宣言された。ここまでくれば私にも何の薬かわかった。いわゆる貴重な秘薬と呼ばれる薬。それに似た効果のある薬を使っていたのだろう。
なるべく汎用性の高い薬草や材料で。
私はそこまで夜が強くない。やはり神殿にいたからか、欲は良くないものという感覚がある。禁欲とまではいかないが、人よりは控え目だと思う。
それでも久しぶりに触れるセレスは私を虜にした。臨床試験という大義名分もあったから。
「臨床試験などと色気のないことを言ったが、私は理由が欲しかったんだ。ファルとその…一つになる理由が」
私のセレスは伝えることを躊躇わなくなった。元より素直な性格なので、隠さずに伝えてくれる。
「嬉しいよ、セレス。私もそろそろ我慢ができなかったから…ちゅっ、愛してるよ。その体も」
そんな甘い臨床試験の結果、セレスな見事に第一号の成功例となったのだった。




