6.
セレスの命日の朝、私は早く目を覚ました。
あぁ、またこの日が来た。セレスが女神様の元に召された日だ。
あの日と同じ時間、セレスがまだ私の腕の中にいたあの日の事を思い出す。
いつものベンチに座る。私の膝にはあの日セレスがいた。今はセレスの刺繍箱ともう一つの箱がある。
私はこの箱を開ける。
「セレス、聞こえているかい?またこの日が来たよ。後何回、こんな日を過ごすんだろうな…。そうだ、これ。前にセレスに髪留めを贈っただろ?同じ店で素敵な物を見つけたんだ。ネックレスだよ。私と君の色だ」
中から青紫に輝くネックレスを取り出す。
日にかざせばキラキラと輝いた。
「セレス、昨日も今日も明日も…何年先もずっと…君だけを愛してるよ」
ふとネックレスの輝きが翳った。目を上げればそこにはセスがいた。
「セレスティン」
その手が私がネックレスを持つ手に重なる。
「ファル…」
私は驚きで目を開く。それは…
「ファル…」
その呼び方は、私が唯一許した呼び名…それを呼ぶのは、それを知るのはセレスティア、そうセレスだけだ。
「なぜ?」
目の前のセレスは私を見るとふわりと微笑んだ。
「私はファルとここでお別れした後、女神様と会ったんだ…」
そう話し始めた。
セレスはそこで女神様にお勤めご苦労様でしたの労いと共に、愛し子として勤めた褒美として一つだけ願いを叶えようと言われた。
そしてセレスは私と共に生きる事を願った。
「ならば、あなたに残りの命を授けましょう。普通に生きられた筈の残りの時間、そうですね…後40年を与えます」
そして赤児として生まれる事、様々な制約を伝えられた。
その制約とは生まれてからしばらくはその記憶を封印する事、私とセレスが共に必要としなければ記憶は戻らない事などだ。
「それでもあなたは生まれ変わり、ファルスのそばに行く事を望みますか?」
「はい」
こうしてセレスは私の近くに生まれ変わった。正しく、私の近くに。
どうりでセレスに似ていた筈だ。本人なのだから。知らずに出会って、それでも私はセスを離さなかった。それが運命というのか、魂が惹かれたというのか。
本能で離してはならないと考えたのは間違っていなかった。
「いつ封印が解けたのだ?」
セス改めセレスは
「2年前だな」
学校に行き始めた頃か。
「何故言ってくれなかった?付き纏われていたのだろう?」
セレスは下から私を見上げると
「それも制約だ。私が準成人になるまでは、その…夜を共にしてはならないと」
「それは…」
セレスは目を細め
「私がセレスだと認識して、ファルは我慢できたか?」
う、出来るとは思うが…断言は出来ない。
「分かってるさ、ファルは私が拒めば深追いしないのは。その程度の我慢なら出来るだろう。でもな、私の方が我慢出来ないと思ったのだ」
「…」
私は自分の頬が緩むのが分かった。
横にいたセレスを抱き上げて膝の上に座らせる。向かい合うように…
その頬を撫でて唇に触れる。
その目を見ると僅かに潤んでいた。
「いいかい?」
セレスは頬を染めて頷く。私はそっとその唇に触れた。緊張で強張るその体をゆっくり撫でながら、離れる。
目を細めて私の腕を掴む。まるでねだるように、目を瞑って。あぁ可愛い、セレスが可愛過ぎる。
私は理性を総動員してまた軽く口付けた。
セレスは目を開けると不満げに
「…足りない」
うくっ、なんて可愛いんだ。ただでさえまだ小さなセレス。体が密着しているので自分の邪な思いが溢れそうになる。
するとその小さな手が私の頬に触れると自ら唇を重ねて来た。優しく、でも激しく。12年を埋めるような、熱烈なキスに…お互いが反応してしまうのは仕方ないだろう。
激しくなるキスに私が待ったをかけた。
「セレス、まだ早い」
小さな体に無理はさせたくない。
「12年も待てたんだ、後数年ぐらいなら待てるさ。私の想いは唯一に注がれてるのだから」
セレスは真っ赤になりながら、でも少しだけ不安そうに私を見る。
「例え繋がれなくても、素肌で触れ合うことは出来るだろ?」
耳まで真っ赤になって抱きついて来た。
あぁ私のセレスは相変わらずだ。
「ファルの意地悪」
「はははっ」
小さな拳で私の胸を叩くが全く痛くない。ひたすら可愛いだけだった。
準成人とは12才のことで、主に社会に出る年齢を指す。成人は15才だが、大人の手前…お披露目的な年齢だ。
貴族ならこの歳から社交に参加出来る。
そして婚約が可能な年齢でもある。
平民ではあまり婚約をしないが、諸々の理由がある場合には婚約をする。
ただ、平民の婚約は権力により横槍を入れられる可能性もある。
どのように見えていたのか不明だが、神官長とマリウスからセス(セレス)を嘱託神官にしないか、と打診された。
嘱託神官とは私のように神殿に勤めていない神官のことを指す。神官として能力はもちろん、名簿への記載も必須だ。
セレスはすでに神官としての能力を身につけている。治癒も出来るし薬も作れる。神聖語も問題ない。なので、提案された。
「何故セレスティン君がファルスをお父様と呼ばなくなったか聞いたことがありますか?」
神官長に聞かれるまで考えたこともなかった。
「いいえ…」
「ふふっ私たちには聞かずとも分かりましたけどね」
マリウスと頷き合っている。
そんな会話を思い出した。
きっとセレスの記憶を思い出したセスは、私を父親だと認識したくなかったのだろう。でもしばらくはそのままで過ごした。それが誘拐騒ぎで決心したのか、はたまた後1年だと腹を括ったのか。
どちらにせよ、気が付いていないのは自分だけのようだ。
「セレス、嘱託神官に…」
「なるぞ!」
被せたな?
神官長とマリウスに会いに行けば笑顔で迎えられた。いつも通りに手を繋いだ姿を見て。
その目線はなんか生温い。何故だ?
不思議そうな顔をしていると
「おめでとうございます」
マリウスに言われた。セスの誕生日か?
セレスは頬を膨らませている。うん、そんな顔も可愛い。私のセレスは今日も可愛いな。
あ、顔が赤くなった。
「ふふっセレスティア様、ですよね?」
神官長の言葉に驚いた。
私の顔を見て神官長もマリウスも、そしてセレスまで笑った。
「ふっファルスだけは気が付かなかったようですね。あなたを見るセレスティア様の目はね、恋する乙女でしたから」
「はい、なんとも分かりやすかったですね。ふふっ」
私だけ憮然としていたが
「嘱託神官になりますね?」
「なる!」
こうして手続きをマリウスがしてくれた。神官長のお墨付きだからか、簡単に終わった。
「ついでと言ってはなんですが、婚約証書も作りましょう」
婚約証書とは神殿で正式に婚約を認めてもらう事だ。これは平民には出来ない。
貴族と、そして神職にあるものだけに許される。
そう、セレスが嘱託神官になりたかったのはこの婚約証書を発行してもらうため。それは私も、そして神官長たちの想いも同じだ。
この証書があれば、例え貴族であっても王族であっても…誓約を違えることは出来ない。
なぜなら、この婚約証書は女神様の名の元に発行される誓約書でもあるから。
こちらも速やかに手続きは終わり、晴れて私とセレスは婚約者となった。
私も感無量だが、私以上にセレスが喜んだ。
「これで堂々とファルと恋人だと宣伝できる!」
「宣伝、はいらないだろ?相手を言う必要はないんだから」
セレスはムッとして
「ファルは相変わらずだ。街中でどんな目で見られているのか知らないのか?」
「…お父さん?」
マリウスが呆れながら
「我々の元に届くファルス様への婚姻の打診がどれほどか、捌くのに一苦労なんですよ?未だに」
えっと…はい?
「ファルは自覚がなさすぎる。その美しい髪の色も、澄んだ目の色も、鍛えた体も引き締まった顎も…誰もの目を惹きつけて止まないのだ。だから私は心配で…」
まさか?!
「これだから…はぁ」
「まぁセレスティア様の美貌とはまた違いますからね、ご本人はセレスティア様一筋でしたし」
なんか可哀想な子を見るような目で見られた。
解せぬ。




