5.
朝ごはんの後、セスが話があると言ってきた。珍しい。あまりセスは自分の主張をしない子だから。
隣合ってソファに座る。目の前のテーブルには紅茶だ。セスは紅茶を一口飲むと
「父様、いえ…ファルス様。私は学校には行きません。ここで、ファルス様の助手として働かせて下さい」
突然のことで驚いた。まずは私のことを父様ではなく名前で読んだことだ。
学校のことは納得しているが、なぜここで私を名前で呼び、働かせてくれた言うのだろう。
「なぜ私を名前で呼ぶのだ?」
混乱しながらやっとのことで言葉を絞り出す。
「父親だと思っていないからです」
その言葉に衝撃を受けた。私なりに大切にしてきたつもりなのに、何がいけなかったのだろう。
「勘違いしないで下さい。僕はファルス様に感謝しています。でも、やはり子供ではないのでケジメは必要だと思ったのです」
「だから魔法の蝶の行く先は私ではなかったのか?」
思ったより低くて攻めるような口調になってしまった。
「…それはっ」
信頼されていると思っていた。それすらも独りよがりだったのかと思って私は切なくなった。
だから
「セス、セレスティンの好きにしたらいい」
私はそれだけを言って部屋に向かった。
扉を閉めると崩れ落ちるように踞った。
セスの拒絶を感じて胸が苦しい。そばにいると誓ったのに、見守ると誓ったのに…それを本人に拒絶されてしまった。
まるでセレスに神官の交代を言い渡された時のような絶望を感じた。セスはセレスでは無いのに…無意識に重ねて見ていたのかもしれない。
その日はお互いに必要なこと以外は話さずに1日が終わった。
翌朝からは私は気をつけて平静を装った。もうセスとの距離は埋まらないのかもしれない。それも仕方ない。
セスは私の子では無いから。
セスは治癒魔法が使える。主に薬を作るのに使っているが、外でケガをする私に治癒をしてくれることがある。
聖典の写本や古語の翻訳も一緒にしている。
心の距離は離れてしまったが、それでも変わらず一緒に暮らしていた。それなりに穏やかで、時々胸を締め付けられながら…1年が過ぎていた。
私はその日、神殿を訪れていた。
マリウスに呼ばれていたのだ。応接室で対面すると、私の箱を渡して来た。
「明日はセレスティンの誕生日ですね…」
そう、明日はセレスの命日でもあり…セスの誕生日でもある。もっとも本当の誕生日は知らない。だから私が決めた。
「そして大聖女様の命日でもあります。あれから12年経ったのですね…」
しみじみと言う。
「お互いに歳をとったな。マリウスは35才か」
苦笑して
「ファルス様はもうご結婚はされないのですか?」
セレスが逝ってからそんな話もあった。小さなセスには親が必要だと。断っていたのはセレスを忘れならないからだ。
「私の愛する人はセレスだけだからな」
マリウスは分かってますけどね、と曖昧に笑った。
「プレゼント、自分で渡さないのか?」
首をゆるゆると振ると
「明日はファルス様にとって大切な日ですからね…」
セレスの命日のことだろう。
私は礼を言って街に出た。私もセスに何かを買おうと思って。そう言えば昔、セレスに髪留めを買った。それは机の中に大切に仕舞われていた。
今のセスは髪の毛を伸ばしていて、背中の中ほどまである。切ろうと言っても嫌だと言われて、整えるだけにしている。
紐か、髪留めを買おうと思い立ってある店に向かった。
まだあった。
私は16年前のことを思い出していた。
緊張しながら若い女性に声を掛ける。
「あの、失礼します。お聞きしたいことがあって…」
訝しみつつも話を聞いた女性は頬を染めて、それならばとお店を教えてくれた。
その女性の髪飾りがとてもきれいだったので、購入した店を聞いたのだ。その女性は裕福な平民の服装だったなで、私でも買えると思ったのだ。
教えられて店は見るからに可愛らしい店で、神官服の自分は妙に浮いていた。それでも恥ずかしさを堪えて店に入る。
派手では無いのにキラキラと美しい髪留めやリボンが並べてある。私は周りの目も気にせずに見入った。
慎重に見ていると、ある髪留めが目に付いた。
全体は淡い金色の金具で、キラキラした石は青と紫で飾られている。そう、私とセレスの色だ。
これだ!と直感して贈り物用に包んで貰った。それを胸にドキドキしながら神殿に帰った。
本来なら、聖女様付きの神官は聖女様から離れて外に出ることはない。
しかし、例の事件があり…聖女様のために何かを買いたいと言う私の願いを、神官長は叶えてくれた。
午後のお勤めが終わって夕食を食べた後に、私はそれをセレスに渡した。きょとんとした顔をしたセレスはそれを受け取ると顔を赤くした。
とても珍しい反応だった。基本的に無表情だから。
その細い指がリボンを解いて箱を開ける。目を大きく開いてからしばらく固まっていたが、そっと髪留めを手に取ると
「きれい…」
と呟いた。良かった、気に入ってもらえたようだ。
その髪留めを手に取ると私に向かって差し出した。受け取って後ろに回ると髪を結っていたリボンを外して髪留めで留める。
全体を整えて鏡を渡す。
合わせ鏡にして髪留めを確認すると、ふっと口元を緩めた。私はホッとした。
特に考えもなくその髪の毛を撫でていると目の前の耳が赤く染まった。
懐かしい思い出だ。
今日やって来た店はその時の店だ。もうかなり昔だったから無くなってるかもと思ったがまだあった。良かった。
私はその店に入る。
前の時と同じようにやはり注目を集めたが、やはり気にならない。
前と同じくゆっくりと店内を見て回った。カウンター横の棚で見つけたそれに目が惹きつけられる。自然と胸の指輪に触れた。
翌朝、私は朝早く目を覚ました。
あぁ、またこの日が来た。セレスが女神様の元に召された日だ。
あの日と同じ時間、セレスがまだ私の腕の中にいたあの日の事を。
私は胸の指輪に触れて、部屋を出た。日が昇り始めたその時間、森はまだ静かだ。
いつものベンチに座る。私の膝にはあの日セレスがいた。今はセレスの刺繍箱ともう一つの箱がある。
私はこの箱を開ける。
「セレス、聞こえているかい?またこの日が来たよ。後何回、こんな日を過ごすんだろうな…。そうだ、これ。前にセレスに髪留めを贈っただろ?同じ店で素敵な物を見つけたんだ。ネックレスだよ。私と君の色だ」
中から青紫に輝くネックレスを取り出す。
日にかざせばキラキラと輝いた。
「セレス、昨日も今日も明日も…何年先もずっと…君だけを愛してるよ」
ふとネックレスの輝きが翳った。目を上げればそこにはセスがいた。
「セレスティン」
その手が私がネックレスを持つ手に重なる。
******
「ファル…」
「ん…セス」
「違うよ、ファル…」
「セレス…」
「ん…」
2人の声は重なって熱をはらんだ空気の中に溶けた。
この国では約25年前にある薬が販売された。神殿が販売するその薬は、愛する人との子を成したいという同性カップルに支持された。
それまで同性の子を成すのは特別な秘薬に頼るしか無かった。それは大変高価で、ほぼ流通しなかったので、同性のカップルは自分たちの子を抱くことはできなかった。
神殿ではその2人に薬を販売するため、厳格な条件を設けた。政略や本人の同意のない子を設けなくさせるため。必要な審査は厳格だ。
この薬を開発した人物は公にされていない。それほど画期的な薬だからだ。神殿も多くを語らなかった。
そして、その薬を開発した本人は…愛する人の前でその手を握っていた。
「ファル…」
「ふふっそんな顔をするな、セレス。順番だ、今度こそな。だから悲しまなくていい」
それでもやはりその美しい目に涙を溜めて、私の手を握る愛おしい人。
その頬に手を滑らせる。しわが増えて少しガサついたその頬を。そういう私の手もしわだらけだ。
歳をとったな、と改めて思う。
目の前には最愛の人、その隣や後ろにもたくさんの愛おしい人がいる。
うん、私の人生は幸せだった。とても、そうとても満ち足りていた。
年老いてもなお、瑞々しい唇が私のそれに重なる。
あぁ、セレス…愛しているよ。
「待ってる…」
セレスは頷くと
「すぐに私も逝くから…」




