4.
その日、いつものようにセスを町に送った後で私は一度家に戻っていた。仕上げてしまいたい薬があったから。
作業を終えて包んでから机に置いて一息だ。
居間に降りてお茶を飲もうとしたところで、扉が叩かれた。
「ファルス様、ファルス様!」
マリウスの従者をしている若者の声だ。
扉を開けると
「セレスティン君が…」
そこから私の記憶は曖昧だ。とにかく急いでという彼と一緒に町に行った。
着いたのは神殿。
そこの一室にセスが寝かされていた。セス…?
毛布をめくって体を確認する。ケガはしていない。
ベッドの横にいたマリウスは
「攫われかけたんです…」
えっ…?攫われる??誰に、なんで、セスが…?
「どこぞの貴族に目を付けられたようで」
なんでだ?
その後に聞いた話に私は怒りのあまり卒倒するかと思った。その怒りは自分自身への怒りだ。
学校に行った方がいいだろう、同年代の友達はいた方ががいいだろうという自分の押し付け。
一度でもセスがそう願ったのであれば別だが、セスは何かを言いたそうにしながらも口を噤んだ。
私は遠慮しているのだと思っていたが、それはセスの望みではなかったのでは?とようやく思い至った。
なんてことを…
何かを言いたそうな顔をしていたのは、本当は行きたくなかったのかもしれない。なのに、私は当然楽しんでいると決めつけた。
なんで浅はかな。
マリウスによれば、付き纏いや執拗な接触は1年も前からあったそうだ。
当たり前だが、セレスと似ているのであれば当然だがたいへん可愛いのだ。欲目でもなく、大変可愛らしい。
私はその素直さや真面目さ、甘えん坊な所も愛しているが、知らない人から見ればとにかく可愛い子だ。
でも私の中では当たり前だがまだ10才だったし、今でもようやく11才。まだまだ子供だ。
性的な対象には見れない年齢なので、どこかでまだ大丈夫だと思っていたのだ。
世の中には幼児に目をつける変態がいることも知っていたのに。決めつけてセスの行動を縛っていたなんて。
しかも1年もセスは私に言わなかった。
いや、言えなかったのか。
なんて不甲斐ない。青ざめた顔で眠るセスのおでこにキスをすると、体ごとローブで包んだ。顔見えないように。
そしてマリウスに礼を言って腕に大切に抱えて森の中の家に帰った。
馬に乗る時は向かい合わせになるように抱きしめて手綱を握っていた。小さな背中にしっかりと手を回して。
途中で目が覚めたらしいセスを感じてはいたが、気が付かないふりをした。
マリウスから聞いたのは1年も前から同級生の親や上級生から付き纏われていたという話だ。
マリウスたち神殿のものも、流石に外のことなので気が付かなかったと。
今回はセスが自らに掛けた防御魔法で、貴族が王都から出る前に保護できた。
セスは自分に危険が及んだ時に、魔法の蝶を自動で飛ばすように防御を掛けていた。その魔法の蝶が行く先は神殿。
私はその行く先が自分ではないことに打ちのめされた。セスは私を頼ってはくれなかったのだと。それも仕方ない。私は自分の考えを一方的に押し付けていたのだから。
セスのことは自分が1番分かっていると知っていたのに、なんて身勝手なことか。そんな思いもあって、セスとどう接していいのか分からず…セスが目覚めたことを知らないふりをしたのだ。
家に着くと馬を馬房に入れて居間のソファに座った。膝の上にセスを抱いたまま。
しばらくセスの背中をゆっくりと撫でていると
「ぐすっ…」
泣き声が聞こえた。
頭を抱き寄せてそこにキスをする。ビクッとしたセスは私の肩に頭を乗せてしばらく泣いていた。
そのままどれくらいか経った後、泣き腫らした顔を上げて私を見る。
不安に揺れる目を見て私はその涙を中指の背で拭いながら
「落ち着いたか?」
と問いかけた。セスは何も言わずに私を見て…その目にまた涙が盛り上がる。
「うっく…、…で…」
ん?耳をせずに口元に寄せると
「…ならない、で。僕を嫌いにならない、で…ぐすっ…ふっく、ひっく」
私はなんと言ってもいいか分からなかった。言いようのない感情が込み上げてくる。それは静かな中に強い思いを載せた激流で、思わずその瞼にキスをすると
「嫌いになんてなる訳がない。例えどんなに狡くても、私がセスを嫌いになることはないよ」
頬を撫でる私の手にくすぐったそうに、でも不安そうに
「ほんと?」
「あぁ、本当だ。私はこんなにもセスを想っているから」
セスはその長いまつ毛を伏せると
「他の人を、好きでも?」
…ん?
目線を上げて
「父様が他の誰かを好きでも?」
どういう意味か分からず困惑する。
「私が誰を好きでも、セスへの気持ちは揺るがない」
そう答えた。
セスはホッと肩の力を抜くと私の首に手を回した。私もその小さな背中を抱きしめる。そうやっているといつの間にか寝息が聞こえた。
その日の夜は早めに寝ることにした。セスも私も疲れていたから。
セスが8才になるまでは一緒に寝ていた。まだ子供だし、夜中に何かあったら大変だからと。
しかし学校に通う歳になってから夜は別で寝ることにした。
そろそろ色々な自覚も芽生えるだろうからと。私も親として子離れが必要だし、セスも視野が広がれば父親を鬱陶しく思うかもしれないし。
ただ、実際はセスが学校に行き始めてから例の付き纏いなどがあって、不安定になっていた。私は知らなかったし、セスも何も言わなかったので。
でもその日、セスは
「父様、一緒に寝て欲しい…」
上目遣いで言われた。それは仕方ないと思う。
久しぶりにセスを腕に抱いて寝る。その温もりに安心して目を瞑った。
目が覚めると淡い金髪と青い目が見えた。
「セレス…」
その頬を撫でて頭をくっつけて…また目を瞑った。
ん…随分長く寝たな。胸の中が暖かい。目線を落とすと金髪が見えた。顔を見れば色白の頬を薔薇色に染めてセスが寝ている。
本当にセレスに似ている。不思議な気持ちでその柔らかな頬を撫でた。その時の気持ちは言葉にうまく表せないが、そっと胸の奥にしまった。
そっとベッドから抜け出すと着替えて朝食の準備をする。いつもと同じ朝、なのに何かが少しだけ違う朝だった。




