4人目。ただ一人のために。
「すみません、ここが魔法屋さんですか?」
ある雨の日、一人の女が魔法屋を訪ねてきた。
「えぇ、そうですよ。」
女は若く、容姿も十分に美しいと言っていい程のものだ。
しかし身に纏う衣服は汚れていて、正直高い身分には見えない。
「本日はどんな魔法をお求めで?」
女は長いスカートの裾を払って水を落とし、一呼吸の後語り始めた。
「私はこの国で起きようとしている革命に巻き込まれてしまったある人を助けたいんです。」
「………なるほど?」
「私はある貴族に使えていました。ただ少し前、私がお慕いしていた方から、駆け落ちを提案されたのです。」
その話には聞き覚えがある。あの貴族の男が言っていた使用人が、この目の前の女だったようだ。
「どこからか不思議な魔法すら調達して、既に準備万端でした。」
女は店主の目を見ようとする。
まぁここに来たということは、既に分かっているのだろう。
「私としてもあの方が私を選んでくださった以上、断るつもりもありませんでした。そうして私たちは放浪の身となり、本当なら隣国まで行くはずでした。ですがそれより早く、革命の噂が流れ始めたのです。そしてその中心人物にはあの方の弟さんもいらっしゃいました。」
中心人物どころか首謀者なのだが、余計なことは口にしない方がいいだろう。
「あの方は私以外の全ての人に忘れてもらうことを選びました。でも、弟さんが戦いに身を投じるのをただ見ているだけでいられる人でもありませんでした。」
女は目に涙を浮かべながら続きを語る。
「あの方は弟さんに自分が兄であると明かしました。しかし弟さんは、革命を自分がやるべき事だと強く信じており、あの方の制止には聞く耳を持ちませんでした。それどころか、そのままあの方を投獄してしまったのです。」
女は涙を拭い、決意を込めた表情で店主の見えない顔を見た。
「私はただ、あの方を助けたいだけ。でも、あの方は弟さんが傷つくことを嫌がっています。ですから、私が欲しいのは、人を傷つけずにあの方を助けられる魔法です。」
「………。」
「……そんな魔法は、ありませんか?」
店主は棚の下の方から、鍵のかかった箱を取り出す。
「ありますよ。」
「本当ですか!」
「えぇ、ですが、魔法は万能ではありません。」
箱の中から、一つの小瓶を取り出し、女に渡した。
その瓶の中には、銀色の粉が入っている。
「それは一時的に全てのダメージを無効化する魔法です。」
「無敵……じゃ、ないんですか?」
「えぇ、残念ながら。その魔法を使うと、確かに一時的には無敵になります。今回の目的の場合、その魔法を使えばどんな妨害を受けても無視して愛する人の元へと迎えます。そしてこちらの魔法を使ってください。」
店主は一つの巻物を女に渡す。
「これには既に陣が描かれていて、開いて呪文を唱えればすぐに対象をこの店へと移動させられます。本来なら私が自分で使うための魔法なのですが、まぁいいでしょう。」
店主は本当は深く関わらないようにするつもりだったのだが、この一連の出来事で面白い物語を沢山聞くことが出来た。終盤に少しだけ手を貸してもいいだろう。
「分かりました。…それで、私はどうなるんですか?」
「なんの攻撃も受けていなければ、どうもなりません。ですが、もし何らかの攻撃を受けていた場合、魔法の効果が切れる時、全てのダメージが一気に押し寄せます。ですから、その瞬間あなたは言い表せようもないほど凄惨な死を遂げるかもしれません。」
女の頬を一筋の汗が伝う。
「弟さんからすれば、私は逃げた使用人…。そして兄が記憶から消えた原因でもあります。…きっと、無事ではすまないでしょうね。」
きっとその通りだろう。
しかし実際、店主がすぐに用意出来る魔法で、この女の願いを叶え、死人が出ない可能性のある魔法はこれぐらいだ。
「その魔法の効果時間は長くても一時間。使い方はただ飲むだけです。」
「…はい、分かりました。お代はいくらですか?」
「銀貨一枚で十分です。」
「銀貨一枚…ですか?」
「えぇ、僕は通貨より物語を求めているので。」
女は困惑の表情を浮かべたが、懐に余裕はないのだろう、それ以上突っ込むことはなかった。
女が帰ってから、店主は一息ついて物語を懐から取り出した。
「とても面白くなってきましたね…。」
今回の物語は、強い愛と優しさで出来ていた。そして最近食べた物語の中では、最も強い決意を含んでいた。
「このコース料理のメインディッシュはどんな味でしょうか……とても、楽しみですね。」




