第8話 VS 完璧美男《ジ・アルティメット》レオン
『最終決戦』
巨大モニターに、その文字が映った。
ついに、ここまで来てしまったらしい。
全然、嬉しくない。
昨日の夜、女神は言っていた。
明日の相手は、これまでとは格が違う、と。
ここまで来るあいだに、あたしは何人ものイケメンが死ぬところを見てきた。
笑顔で割れた人。
脂肪が燃えた人。
自撮りで消えた人。
理解不能になった人。
歩いて死んで、それでもなお歩いた人。
雷に打たれて、立ったまま死んで、追い打ちかけられた人。
もう、何ひとつ分からない。
ただ一つ分かるのは、この大会が最悪だということだけだった。
『Dブロック代表』
『完璧美男』
『レオン・ハートウェル』
会場が、静まり返った。
ステージの向こうから、一人の男が歩いてくる。
雪みたいに、真っ白な髪。
まっすぐ通った鼻筋。
金色の、澄んだ瞳。
そして――白いTシャツに、デニム。
あまりにも、普通の格好だった。
これまで戦ってきた人たちは、みんな、何かを身にまとっていた。
派手な衣装だったり、技だったり、圧だったり。
全員が、何かでイケメンを主張していた。
でも、この人は違う。
何も、盛っていない。
Tシャツ一枚で、ただ、立っている。
なのに。
「……普通にかっこいい」
思わず、つぶやいてしまった。
飾っていないのに、いや、飾っていないからこそ、それが本物だと分かってしまう。
その瞬間。
『アキノ・ツカサ、美男力低下』
「なんで!?」
『相手を認めました』
「認めたら下がるの!?」
『勝負ですので』
「厳しい!」
(これが、女神の言ってた格の違い……?)
レオンは、あたしの前で立ち止まった。
「アキノ・ツカサ」
「はい」
「君の試合は、すべて見ていた」
「恥ずかしいから、見ないでほしかった」
「最初は、ただ気になっただけだった」
レオンは、静かに続けた。
「女なのにイケメン判定された、変わった子。そう思って、一回戦から、君の試合を全部、追いかけていた」
「ストーカーじゃん……」
「でも、見ているうちに、分かったんだ。君は、誰よりも正直で、誰よりも優しい。怖いときは怖いと言い、困ったときは困った顔をする。それが、画面の向こうからでも、まっすぐ伝わってきた」
レオンが、ふっと微笑む。
「だから今日、戦えるのを、楽しみにしていた」
「楽しみにされる覚えはないんだけど……」
レオンが、微笑んだ。
会場が、一気に沸く。
「レオン様ぁぁ!」
「完璧!」
「声が優しい!」
「結婚して!」
美男力が、レオンへと集まっていく。
量が違う。
これまでの相手とは、別格だった。
『競技テーマ――愛』
「愛……」
『最終決戦に、ふさわしいテーマです』
「もう、嫌な予感しかしない」
レオンが、静かに手を差し出した。
「愛とは、相手を大切に思うことだ」
「それはまとも」
「相手を傷つけたくないと願うことだ」
「それもまとも」
「でも、これは勝負だ」
レオンの周りに、白金の光が集まる。
美男力が、剣の形になる。
美しい剣。
人を殺すためのものには見えないくらい、綺麗な剣だった。
「君に、全力で向き合う」
「それ、結局攻撃するってことだよね!?」
「うん」
「急に怖い!」
レオンが踏み込んだ。
ものすごいスピードで斬撃が迫る。
あたしは、それをなんとか避けた。
ステージが、光に裂かれる。
観客席が、歓声を上げた。
「レオン様!」
「美しい!」
「ツカサちゃん逃げて!」
「どっちも頑張って!」
声が、割れている。
今までみたいに、会場全体が一気にあたしへ流れる感じがない。
レオンが、強いからだ。
顔も、所作も、言葉も、たぶん心まで。
ちゃんと、イケメンだった。
「あの人、強すぎない……?」
『完璧美男ですので』
「二つ名が強すぎる……」
レオンの剣が、何度も迫る。
あたしのバリアは、そのたびに削られていく。
「くっ……!」
膝が落ちそうになったところで、レオンが攻撃を止めた。
「大丈夫?」
「今、攻撃してた人が言う?」
「それは、そうだね」
彼は、少し困ったように笑った。
その顔に、観客席が沸く。
同時に、あたしの周りにも、少しだけ光が集まった。
「ツカサちゃん、頑張ってる……」
「レオン様も優しい……」
「どっちも好き……」
「選べない……」
なんか悔しいけど、ちゃんと最終決戦っぽい。
だからこそ、困る。
このままだと、たぶん負ける。
レオンが、剣を構え直した。
「次で、決める」
白金の美男力が、剣に集まっていく。
会場の光が全部、彼へと吸い寄せられていくようだった。
「愛とは、守ること」
レオンが言う。
「愛とは、向き合うこと」
剣が、輝く。
「愛とは、傷つける覚悟を持つこと」
「最後だけちょっと怖いよ!」
レオンが、苦笑した。
「そうだね」
そして――剣を、下ろした。
「……え?」
レオンは、静かに言った。
「僕の負けでいい」
会場が、ざわついた。
『棄権は認められません』
女神の声が、即座に響く。
レオンは、うなずいた。
「なら、僕は攻撃しない」
『戦闘続行を確認』
「ツカサ」
「な、何?」
「僕は、君を殺せない」
会場が、静まり返った。
レオンの表情は、本気だった。
「画面越しに惚れて、こうして戦ってみて、確信した。君は、僕が思っていたよりずっと、魅力的だ」
まっすぐに、目を見つめられる。
「……本気で、好きになってしまった」
完璧な告白だった。
声も。
表情も。
間も。
その全部が、綺麗だった。
……こんなに完璧な告白、生まれて初めてされた。
嬉しくないと言えば、嘘になる。
でも、それ以上に、どう返したらいいのか分からなくて。
「え、えっと……」
すごく、困った。
でも、その沈黙は、長くは続かなかった。
「……え? あれ?」
「ツカサちゃん、だけ?」
「えっと、私たちは?」
「レオン様、みんなに優しかったのに……」
「なんか、ちょっと冷めちゃったかも……」
「急に現実、見えた……」
会場の空気が、変わった。
レオンの背後にあった白金の光が、急速にしぼんでいく。
女神の声が響く。
『単推し幻想崩壊現象を確認』
「何それ!?」
『推しが特定の一名に愛を捧げた瞬間、ファンの夢が一斉に醒める現象です。供給されていた美男力が、一瞬で蒸発します』
「人気者が結婚した時のやつだ!?」
『この大会で、最も恐ろしい現象です』
「決勝で出す情報じゃないでしょそれ!」
『レオン・ハートウェル、美男力急落』
レオンが、初めて動揺した。
「え、ちょ、待っ――」
白金の光が、消えていく。
完璧だった剣が、砕ける。
レオンの顔に、細いヒビが入った。
「僕はただ、正直に、気持ちを伝えただけで……」
『完璧美男』
『レオン・ハートウェル』
『ガチ恋しすぎてイケメン失格』
「死因が情けない!」
あたしは、思わず叫んだ。
でも、女神の判定は、止まらない。
『イケメン死亡DEATH』
レオンは、最後まで、困ったように笑っていた。
「ごめん、ツカサ。これでも、本気だったんだ」
その言葉を残して、彼は光になって消えた。
会場は、静まり返った。
優勝……したらしい。
全然、嬉しくなかった。
『最終決戦』
『勝者』
『美少年女子』
『アキノ・ツカサ』
「あたし、何もしてないんだけど……」
歓声が、遅れて爆発した。
あたしはその中心で、ただ立ち尽くしていた。
強くて、優しくて、たぶん本物のイケメンだった人が、正直に好きって言っただけで、死んだ。
なんだか、すごく、いたたまれなかった。
そして、ふと思い出す。
――優勝すれば、あなたをいただきます。
「……あれ。あたし、優勝、しちゃった」
誰も、聞いていなかった。




