第7話 決戦前夜
夜の闘技場は、しんと静まり返っていた。
昼間あれだけ叫んでいた観客は、もういない。
眩しかったライトも消えて、ステージには非常灯みたいな淡い光だけが残っている。
あたし――アキノ・ツカサは、誰もいない客席をぼんやり眺めていた。
ラオが消えて、童貞を暴露されて、あたしの何かも暴露されかけて。
もう、いろいろと限界だった。
「……なんなんだろう、この大会」
ひとりごとのつもりだった。
『おや。まだ起きていたのですか』
天井から、聞き慣れた女神の声が降ってきた。
「うわっ、いた」
『いますよ。私はいつでもいます』
「こわい言い方しないで」
ステージの真ん中に、淡い光の輪がふわりと浮かぶ。
声は、昼間より少しだけ柔らかかった。
『明日は、いよいよ最終決戦ですね』
「ねえ、ずっと聞きたかったんだけど」
『はい』
「なんで、こんな大会やってるの?」
返事までに、ほんの少しだけ間があった。
『最高のイケメンを、私がいただくためです♡』
「は?」
『は、ではありません。世界中から最高のイケメンを集め、最も尊い一人を選び、私がもらう。とても素敵な目的でしょう?』
「目的が私利私欲すぎない!?」
『神とは、そういうものです』
「もっとあるでしょ、世界平和とかさあ!」
『興味ありません』
「正直!」
てっきり、もっと壮大な理由があると思っていた。
ただの独り占めだった。
「じゃあ、あたしは……あたし、女なんだけど」
『神に、性別は関係ありません!』
「そこは関係あってよ!?」
『あなたが優勝すれば、あなたをいただきます。問題ありません』
「問題しかないよ!」
女神は、楽しそうに笑った。
こっちは全然、楽しくない。
『ところで。この大会の仕組み、どこまでご存じですか』
「仕組み? 128人が、四つのブロックに分かれてるんでしょ。それは知ってる」
『ええ。ですが、実は各ブロックには、コンセプトがあったのですよ♡』
「コンセプト?」
光の輪が、四つに分かれた。
それぞれA、B、C、Dと光る。
『Aブロックは、個性派』
「個性派」
『笑顔、包容力、自己愛、知性、歩行。一癖も二癖もある者たちです。あなたが勝ち上がってきたブロックですよ』
「あの濃い人たち、まとめて個性派で済まされるんだ……」
『Bブロックは、強さ』
「あー、ラオの」
『筋肉と気合と暴力のブロックです。とても、むさ苦しかったです』
「神様がむさ苦しいって言った」
『Cブロックは、ミステリアス』
「みすてりあす」
『怪しさ、妖しさ、影のある男たち。なかなか、味がありました』
『そしてDブロックは、正統派』
光の輪のうち、Dだけが、ひときわ明るく輝いた。
『純然たるイケメン。奇をてらわず、ただ顔がいい。ただ、かっこいい。王道の中の王道です』
「明日の相手は、そこなんだ」
『はい。トーナメントは、大きく二つに分かれていましてね』
光の輪が、左右に並んだ。
『AとBが左の山。CとDが右の山。それぞれの代表が勝ち上がり、最後にぶつかる。それが、明日の最終決戦です』
「あたしは、左を勝ち抜いてきたってこと?」
『そうです。Aで勝ち上がり、B代表のラオを倒した。立派な、左の山の代表ですよ』
「倒したっていうか、勝手に死んでいったというか……」
『細かいことは気にしないでください』
「気にするよ!」
あたしは、ふと気になった。
「じゃあ、右の山は? ミステリアスと正統派が当たったんでしょ?」
『ええ。それはもう、見ものでした』
「どうなったの?」
『ミステリアスな彼が、あまりにミステリアスすぎて、何を考えているのか誰にも分からず……観客が、ついていけませんでした』
「あー……」
『一方、正統派は、ただ笑うだけで分かりやすく盛り上がりました。順当に、正統派の勝ちです』
「ミステリアス、こじらせて負けたんだ……」
『分かりにくさは、罪なのです』
「身も蓋もないなあ」
結局、いちばん分かりやすいイケメンが勝つ。
この大会、そういうところだけは、やけにシビアだ。
『さて。明日のD代表は、これまでの相手とは格が違いますよ』
「脅かさないでよ」
『脅かしているのです。覚悟しておいてください』
あたしは、ため息をついた。
そして、ずっと言いたかったことを、ぽろりとこぼした。
「ていうかさ。あたしの試合、毎回テーマが不利すぎない?」
『と、言いますと』
「笑顔とか、包容力とか、知性とか。ぜんぶ相手の得意分野じゃん。たまには、あたしに有利なテーマとか、なかったわけ?」
女神は、しばらく黙っていた。
それから、ちょっとだけ気まずそうに言った。
『……あれは、私が決めていました』
「え」
『左の山のテーマは、すべて私が、あなたに不利になるように選んでいました』
「なんで!?」
『ツカサちゃんが、推しだったからです♡』
「推しだと不利にされるの!?」
『困っているあなたが、いちばん可愛いので。つい、難易度を上げてしまいました。てへ』
「てへ、じゃないが!?」
『推しは、いじめたくなるものなのです』
「最低の感情だよそれ!」
あたしは頭を抱えた。
毎回死にかけてたのは、女神の趣味のせいだった。
『ちなみに、右の山の正統派も、私の推しです』
「どっちも推しなんだ」
『どちらも推しです! 明日は、推し同士の最終決戦。最高ですね♡』
「人の命がかかってるんだけど!?」
女神は、ただ機嫌よさそうに笑っていた。
あたしは、もう何も言う気がしなくなって、客席を見上げた。
頭の中に、これまで消えていったイケメンたちの顔が浮かぶ。
笑顔で割れたマイケル。
脂肪で消えたミノル。
自撮りで消えたナルシス。
理解不能になった李深。
歩いて死んだアルマン。
雷に打たれて、立ったまま死んだラオ。
全員、変な人だった。
全員、迷惑だった。
でも、なんでだろう。
誰一人、本気で嫌いには、なれなかった。
「……ねえ、女神様」
『はい』
「あの人たちって、もう、戻ってこないの?」
女神は、答えなかった。
淡い光が、ふわりと揺れただけだった。
『おやすみなさい、アキノ・ツカサ』
「あ、ちょっと」
『明日は、いい試合を期待していますよ』
光の輪が、すうっと消えていく。
闘技場が、また静かになった。
「……なんだかなあ」
最高のイケメンを、神様がいただく。
そのために、たくさんの変な人が戦って、消えていく。
あたしは、そのど真ん中に、女のまま立っている。
明日で、終わる。
そう思うと、少しだけほっとして。
ほんの少しだけ、寂しくて。
「……あれ。じゃあ明日勝ったら、あたし、いただかれちゃうの……?」
とりあえず、寝た。




