第6話 VS 覇王美男《ラオニック・キング》ラオ
『各ブロック代表戦』
『Aブロック代表』
『美少年女子 アキノ・ツカサ』
「だから女なんだけど……」
もう何度目か分からない文句を、つぶやく。
『Bブロック代表』
『覇王美男』
『剛田ラオ』
次の瞬間、会場の照明が落ちた。
地鳴り。
振動。
空気が、重くなる。
ステージの向こうから、黒い影が歩いてくる。
大きい。
筋肉。
肩幅。
圧。
全部が、おかしい。
身長は、二メートルを超えている。
腕は、丸太みたい。
胸板は、壁みたい。
顔は、怖い。
でも、整っている。
傷だらけなのに、妙に色気がある。
強そう、というより、それ以外の情報が無い。
「……帰りたい」
『競技テーマ――戦闘力』
「戦闘力?」
『相手を打ち倒す力。最も原始的で、最も分かりやすいイケメンの証です』
「あたしに不利すぎない……? 今更だけど」
ラオは腕を組んだまま、あたしを見下ろした。
「小娘」
「はい」
「貴様、弱いな」
「いきなり失礼じゃない?」
「強さこそ、男の美だ」
ラオが、拳を握る。
それだけで、ステージの空気がびりびりと震えた。
「ラオ様ぁぁ!」
「強い、強すぎる!」
「魔王が来ても勝てそう!」
歓声が、美男力になってラオに集まる。
その量がすごい。
ただ立っているだけで、圧倒的に強い。
『剛田ラオ、美男力上昇』
ラオが、片手を上げた。
それだけで、光が巨大な拳の形に膨れ上がる。
「戦いとは、強さの証明だ」
低い声が響く。
「強き者が勝ち、弱き者は散る。それが理だ」
「なんか、物騒な思想だ」
「ゆえに俺は強い」
「うん、見れば分かる」
「ゆえに俺はイケメンだ」
「そこは急につながったね。でもまあ、そうかも」
ラオが足を踏み出す。
ドン、とステージが鳴った。
「来い。全力で叩き潰してやる」
「叩き潰すって言った!?」
「覇王砕拳」
光の拳が、振り下ろされる。
あたしは慌てて横へ跳んだ。
拳がステージを直撃し、床が砕け、破片が四方八方に飛び散る。
「殺す気じゃん!」
「戦いだからな」
ラオは、表情ひとつ変えない。
次々と光の拳が降ってくる。
速くはない。
でも、一発でも当たれば終わる。
「無理無理無理、当たったら死ぬやつ!」
「逃げてばかりだな。情けない」
「逃げるしかないでしょ!?」
あたしは、ただ逃げ回るしかなかった。
反撃なんてできない。
そもそも、する気もない。
でも、観客席の様子が、少しずつ変わってきた。
「ツカサちゃん、必死……」
「あんなに大きいのに、よく逃げてる……」
「諦めてないの、すごくない?」
「強い人相手に、立ってるだけで偉い……」
『アキノ・ツカサ、美男力上昇』
「なんで!? 逃げてるだけだよ!?」
『勝てない相手から逃げ続ける胆力もまた、戦闘力です』
「絶対こじつけだよね!?」
ラオの拳が、ぴたりと止まった。
「待て」
「何?」
「なぜ、戦いもせぬ貴様の力が上がる」
「あたしが聞きたいよ!」
ラオの眉が、不快そうに寄る。
「貴様は弱い。戦う力も、戦う気もない。ならば散るのが道理だ」
「……は?」
「黙って俺に砕かれていろ。それが弱者の役目だ」
その言い方に、何かがカチンときた。
あたしは戦う気なんてない。
帰りたいだけだ。
でも。
「ちょっと待ってよ」
気づいたら、口が動いていた。
「強くなきゃ価値ないみたいな言い方、やめてくんない?」
ラオの動きが、止まる。
「なんだと」
「強いのは分かったよ。すごいよ。でもさ、弱かったら散れって、それただの脅しじゃん」
「……」
「強さで人のこと値踏みするの、普通にダサいと思う」
会場が、静まり返った。
ラオの巨体が、わずかに揺れる。
「今の……」
「ツカサちゃん、言い返した……」
「あの圧の前で、よく言えるな……」
「弱いまま、対等に物言うの……強い……」
『アキノ・ツカサ、美男力急上昇』
「だから、なんで上がるの!?」
『強者の理屈を、弱者の立場から論破しています。下剋上適性を確認』
「論破した覚えないんだけど!」
ラオの美男力が、目に見えて揺らいだ。
「黙れ……」
彼の声が、低くなる。
「強さこそ、すべてだ。俺は、それだけを信じて生きてきた」
「うん」
「拳を磨き、敵を倒し、頂きを目指してきた。女も、遊びも、すべて捨ててな」
「あ、うん……それは、ご苦労さま」
「ゆえに、俺は誰よりも強い!」
ラオの全身から、黒い光が噴き上がった。
残った美男力を、すべてかき集めている。
「最終奥義」
ラオが、拳を天へと掲げる。
「覇王滅殺撃!」
巨大な光の拳が、空を覆うほどに膨れ上がる。
あれが落ちたら、確実に死ぬ。
「いやいやいや、デカすぎ!」
逃げ場がない。
黒い拳が、迫る。
その時、観客席から声が上がった。
「ツカサちゃん、頑張って……!」
「強さだけの人、ちょっと怖い……」
「あんな生き方、寂しくない……?」
「強くても、なんか孤独そう……」
ラオの美男力が、揺らぐ。
代わりに、あたしの周りに白い光が集まった。
『アキノ・ツカサ、美男力上昇』
白い光が、バリアになる。
ラオの巨大な拳が触れた瞬間、それは激しく弾けた。
「ぬうううううう!?」
ラオの巨体が、後ろへ吹き飛んだ。
それでも、倒れない。
膝をつき、片手で床を割りながら、ラオは笑った。
「見事だ」
「え?」
「アキノ・ツカサ。貴様は、強い」
「だから女なんだけど」
「そして、可憐だ」
「それは……どうも」
ラオが、立ち上がる。
体に、ヒビが入っている。
もう美男力は残っていない。
それでも、彼は胸を張った。
あたしは、なんだか少し、放っておけなくなった。
「あのさ、ラオ」
「なんだ」
「強いのは、ほんとにすごいと思う。でも、それだけだとさ」
あたしは、つい言ってしまった。
「そんなんじゃ、女の子ついてこないよ」
その瞬間。
ラオの動きが、完全に止まった。
「……」
「ラオ?」
「我が生涯に」
ラオが、天へ向かって拳を突き上げた。
ヒビだらけの巨体が、それでも一歩も退かず、仁王立ちのまま固まる。
「一片の彼女なし!!」
「そのカミングアウト必要だった!?」
次の瞬間、雷鳴がとどろいた。
天井のはるか上から、一筋の雷光がラオの拳へと落ちる。
会場が、白く染まった。
ラオは、立っていた。
拳を突き上げ、胸を張り、目を見開いたまま。
まるで、最強の己を永遠に刻みつけるように。
……立ったまま、こと切れていた。
『覇王美男』
『剛田ラオ』
『童貞DEATH』
「言いかたァァァァァ!!」
あたしのツッコミが響いた、その瞬間。
突き上げられたままだったラオの拳が、ほろり、と崩れた。
仁王立ちの巨体が、さらさらと砂みたいにほどけていく。
最後まで、膝はつかなかった。
会場が、しん、と静まり返る。
……なんか、すごいものを見た気がする。
死に方だけは、本当に、最強だった。
あたしは、天井を見上げた。
「ちょっと!」
『はい』
「そういう尊厳を傷つけるの、良くないよ!」
『事実でしたので』
「そういう問題じゃないの!」
『事実です』
「あたしだって、その……し……」
会場中が、止まった。
女神も、止まった。
あたしも、止まった。
「……もうやだ!」
次の瞬間。
「キュゥゥゥゥゥゥゥゥン!!」
会場が、変な音を立てた。
「今の何!?」
「ツカサちゃん、今の続き!」
「言いかけた!」
「かわいい!」
「守りたい!」
『アキノ・ツカサ、美男力急上昇』
「上がらないで!」
巨大モニターが光る。
『各ブロック代表戦』
『勝者』
『美少年女子』
『アキノ・ツカサ』
あたしは、顔を両手で覆った。
「もう本当に、帰りたい……」




