第5話 VS 歩行美男《ランウェイ・ウォーカー》アルマン
『Aブロック決勝』
その文字がモニターに映った瞬間、会場の空気が変わった。
ここで勝てば、Aブロック代表。
つまり、128人の中の上位四人に入るらしい。
全然、嬉しくない。
というか、帰りたい。
『VS 歩行美男』
『アルマン・クロード』
ステージの床が、ゆっくりと光り始めた。
黒い石の床が割れ、そこから一本の長い道が現れる。
まるで、ファッションショーのランウェイだった。
「え」
『競技テーマ――ウォーキング』
「歩くの?」
『はい』
「歩くだけ?」
『歩くだけです』
「それで死ぬの?」
『はい』
「なんで?」
『イケメンですので』
「説明になってないよ……」
ランウェイの奥から、男が現れた。
小さい顔。
長い手足。
ミルクティーみたいな、きれいな髪色。
白いノースリーブのハイネックに、細身のパンツ。
肩にだけ、薄いシルバーのジャケットを羽織っている。
一歩。
また、一歩。
ただ歩いているだけなのに、観客席が沸いた。
「アルマン様ぁぁ!」
「脚長すぎ!」
「歩いてるだけで絵になる!」
「踏まれたい!」
最後の人は、ちょっと怖い。
歓声が美男力になって、アルマンの足元へと集まっていく。
歩くほどに、ランウェイが伸びていく。
意味は、分からない。
でも、歩くだけで強いらしい。
アルマンは、あたしの前で止まった。
「君が、アキノ・ツカサ」
「うん」
「姿勢が甘い」
「いきなりダメ出し?」
「歩き方を見れば、人生が分かる」
「そんなに分かる?」
「分かる」
アルマンは、静かに言った。
「歩くとは、見られる覚悟だ」
観客席がどよめく。
「かっこいい……」
「名言……」
「見られる覚悟……」
『アルマン・クロード、美男力上昇』
『先攻、アルマン・クロード』
アルマンが、歩き出した。
一歩目で、風が生まれた。
二歩目で、光が舞った。
三歩目で、観客の何人かが倒れた。
「倒れたよ!?」
『感動です』
「救護は!?」
『感動です』
「話通じない!」
アルマンは、無表情のまま歩き続ける。
足の運び、肩の揺れ、視線の角度。
その全部が、計算されている。
そして、ランウェイの終端で、くるりと振り返った。
それだけで、光の波があたしを吹き飛ばす。
「きゃっ!」
尻もちをついたあたしを見て、観客席が悲鳴を上げた。
「ツカサちゃん!」
「転んだ!」
「かわいい!」
大丈夫じゃない。
『アキノ・ツカサ、美男力上昇。ただし、まだ歩いていません。90%カットです』
「カット多くなってない!?」
アルマンの眉が、わずかに動いた。
「立て」
「言われなくても立つよ」
「歩け」
「普通に歩けばいいの?」
「君にできるなら」
「ちょっと腹立つなあ……」
あたしは、ランウェイの端に立った。
歩くだけ。
歩くだけなら、できる。
でも、会場中の視線が痛い。
マイケルの笑顔。
ミノルの突進。
ナルシスの鏡。
シェンの長い説明。
どれも意味が分からなかったけど、今も意味が分からない。
歩くだけで戦うって、何。
「……行くよ」
あたしは、一歩を踏み出した。
本当に、普通に。
「慣れてない……」
「ぎこちない……」
「でも、姿勢いい……」
「制服でランウェイ歩いてるの、なんか刺さる……」
「美少年みたいなのに、女の子……」
「歩きづらいんだけど!」
視線を落としたら負ける気がして、まっすぐ前を見る。
観客席のどよめきが、大きくなる。
「不慣れなのに、頑張ってる……」
「でも、ちゃんと前を見てる……」
「守りたい……」
『アキノ・ツカサ、美男力急上昇』
「歩きづらいんだけど!」
ランウェイの終端。
あたしは、ぎこちなく振り返った。
その瞬間、会場が爆発した。
「振り返り方が素人!」
「完璧じゃないのがいい!」
「生きてる感じがする!」
アルマンの顔が、初めてはっきりと歪んだ。
「素人だ」
「うん、素人だよ」
「歩行に、美学がない」
「ただ歩いただけだもん」
「なのに、なぜだ」
アルマンの美男力が、揺らぐ。
「なぜ観客は、君を見る」
「あたしに聞かれても……」
「完璧ではない」
「そうだね」
「美しく、整っていない」
「まあ、モデルじゃないし」
「ならば――見せてやる」
アルマンが、歩き出す。
今度は、さっきとは違った。
足音が、ステージを切り裂くみたいに響く。
「最終歩行」
ランウェイが、光る。
「デス・キャットウォーク」
「物騒!」
アルマンの歩行が、美男力の刃になる。
一歩踏み出すたびに、光の斬撃が飛んでくる。
「歩くだけじゃなかったの!?」
『歩きの延長です』
「無理あるよ!」
あたしは逃げる。
でも、ランウェイの上では逃げ道が少ない。
斬撃が、迫る。
その時、観客席から声が上がった。
「アルマン様、怖い……」
「心が無いの……?」
「感情が無い……人形みたい……」
アルマンの足元の光が、揺らいだ。
「黙れ」
彼が、初めて声を荒げる。
「歩くとは完成だ。隙のない美だ。迷いのない線だ」
「でもさ」
あたしは、息を切らしながら言った。
「歩くのって、別に、見せるためだけじゃないよね」
アルマンが、止まる。
「何?」
「帰るためとか、会いに行くためとか、逃げるためとか……いろいろあるじゃん」
会場が、静まった。
「あたしは今、すごく帰りたいから歩いてる」
観客席がどよめいた。
「帰りたい歩行……」
「切実……」
「帰してあげたい……」
ランウェイそのものが、あたしの方へと傾いた。
『歩行支配権、移行』
「また支配権!?」
アルマンが叫んだ。
「私のランウェイが!」
それでも彼は、最後の一歩を踏み出した。
完璧な角度。
完璧な視線。
完璧な体重移動。
でも、観客の熱は、もう足りなかった。
ランウェイが、彼の足元で崩れていく。
「そんな……」
アルマンが、膝から落ちた。
そのまま、糸が切れた人形みたいに動かなくなる。
「え……終わった?」
会場が、静まり返った。
次の瞬間。
アルマンの指が、ぴくりと動いた。
「え」
膝をついたまま、アルマンがゆっくりと立ち上がる。
首ががくりとうなだれる。
肩が、力なく揺れる。
けれど足だけは、まだランウェイを覚えていた。
「まだ歩くの!?」
アルマンは、答えない。
一歩。
また、一歩。
倒れたはずの体が、ふらつきながら進む。
美男力は、もう残っていない。
なのに、その歩き方だけは、美しかった。
最後に、アルマンはランウェイの中央で止まった。
片手を、頬に添える。
腰を、ひねる。
視線だけを、少し伏せる。
完璧な、ポージングだった。
『歩行美男』
『アルマン・クロード』
『ウォーキングDEAD』
「そこ、DEATHじゃないんだ……」
『今回は特別DEATH』
「どういうこと!?」
『言いたかっただけDEATH』
「……だと思った」
巨大モニターが光る。
『Aブロック決勝』
『勝者』
『美少年女子』
『アキノ・ツカサ』
観客席が、爆発する。
あたしは、崩れたランウェイの上に、ぽつんと立っていた。
歩いただけなのに、なんで優勝者みたいな顔で立たされてるんだろう。
……早く、家に帰る道を歩きたい。




