第4話 VS 知性美男《インテリジェンス・ロード》シェン
『Aブロック準決勝』
『美少年女子』
『アキノ・ツカサ』
『VS 知性美男』
『李深』
ステージに現れたのは、細身の男だった。
黒いコート。銀色の眼鏡チェーン。後ろでゆるく結ばれた黒髪。
片手には分厚い本を持っている。
見ただけで、頭が良さそうだった。
でも、ちょっと面倒くさそうだった。
「アキノ・ツカサ」
シェンは眼鏡を指で押し上げた。
「君の戦闘記録は確認している」
「そうなんだ?」
「笑顔、包容力、自己愛。いずれも君は明確な理論なしに勝利している」
「うん。あたしも分かってない……」
「それは問題だ」
「だよね……」
「美とは知性によって証明されるべきだからだ」
『競技テーマ――知性』
「知性……」
『知は美を導き、美は知を証明します』
「もうちょっと分かりやすく言ってほしい」
シェンが本を開いた。
漢字、数式、図形、よく分からない記号。
それらが鎖みたいにつながり、彼の背後で光り始める。
「論理連鎖」
「名前はかっこいい……」
「問おう」
「はい」
「イケメンとは何か」
「いきなり難しい」
「まず前提として、イケメンとは単なるfacial attractivenessではない。もちろん容姿は重要だ。だが、nonverbal communication、social dominance、status signal、さらに――」
「英語が多い……」
「加えて現代では、SNS algorithmによるvisibility――さらには――つまりイケメンとは――」
「ごめん、もう何言ってるかわかんない……」
「まだ導入だ」
「導入なの!?」
観客席では、まだシェンへの歓声が強かった。
「シェン様、賢い!」
「何言ってるか分からないけどかっこいい!」
「分からないところがいい!」
『李深、美男力上昇』
シェンは満足げにうなずいた。
「理解できなくて当然だ。美とは常に大衆の理解を先行する」
「それ、言って大丈夫?」
シェンは聞いていなかった。
「さらに、進化心理学におけるgood genes hypothesis……、そこにdopamine responseを踏まえるならば、イケメンとは――」
「あの、今どの話?」
「第二段階だ」
「段階あるの!?」
「さらに第三段階として、知性の提示方法が重要となる。それはつまり――」
観客席の熱が、少しずつ変わってきた。
「長い……」
「今、何の話?」
「眼鏡チェーンは好き……」
それでもシェンは止まらない。
「したがって、イケメンとは単なる顔面評価ではなく、複数の観測者によって形成されるmeaning clusterであり、そこには――」
「あの……」
あたしはもう一度手を上げた。
「何だ」
「ごめん。たぶんすごいこと言ってるんだと思うけど……難しいことを、分かりやすく言える人の方が、頭いいんじゃない?」
ただ、思ったことを言っただけだった。
「今の、分かりやすい……」
「ツカサちゃん、言語化うま……」
「難しいことを分かりやすく言った……」
『アキノ・ツカサ、美男力上昇』
『知性テーマにおける本質把握を確認』
「え、何? なんか恥ずかしいんだけど」
シェンの眼鏡が、光ったまま止まった。
「……」
(もしかして怒ってる……?)
「あり得ない」
シェンの背後で、文字の鎖がざわついた。
「知性の勝負で、感覚的発言が支持されるなど」
「いや、感覚というか……」
「これは大衆心理の揺らぎだ。あるいは、単純化された言語表現による瞬間的理解快楽が――つまり――」
「また難しくなった」
観客席も少し引いていた。
「今の説明も長い……」
「ツカサちゃんの方が分かりやすい……」
「顔はいいのに……」
『李深、美男力低下』
「まだ証明は終わっていない!」
シェンの背後にある文字が巨大な鎖になって束ねられる。
「最終論証」
青い光がステージを覆う。
「万象美男証明理論武装蛇状鎖連撃」
「名前まで長い!」
シェンの生み出した鎖が、蛇のように一斉に襲いかかってくる。
「ツカサちゃん、分からなくても頑張って!」
「分かりやすくて好き!」
「難しいの苦手でもいい!」
「それでいいのかなあ!?」
観客の声援が、あたしの前でバリアになる。
それはシェンの鎖を跳ね返し、本人へ絡みつく。
「なぜだ!」
文字が多すぎる。
鎖が複雑すぎる。
誰にも理解できないまま、彼自身を縛っていく。
『知性美男』
『李深』
『理解不能DEATH』
「待て。まだ結論が――」
最後まで言えないまま、シェンは無数の文字に包まれて光になった。
あとには、眼鏡チェーンだけが床に落ちる。
「結局、何の話だったんだろう……」
『理解不能DEATH です』
「そこだけは分かった……」
巨大モニターが光る。
『Aブロック準決勝』
『勝者』
『美少年女子』
『アキノ・ツカサ』
あたしは落ちていた眼鏡チェーンを見た。
「頭いい人って、大変なんだなあ……」




