第3話 VS 鏡面美男《ミラー・ラヴァー》ナルシス
『Aブロック三回戦 第二試合』
巨大モニターに、やたらキラキラした文字が映し出された。
『VS 鏡面美男』
『ナルシス・ヴァレンティ』
その瞬間、ステージ中央に、何枚もの鏡が降ってきた。
「え!? 危なっ!」
割れるかと思ったけど、鏡は床に落ちず、空中でぴたりと止まった。
その中心に、一人の男が立っている。
銀色の長髪。整った横顔。細い指。白いシャツ。
そして手鏡。
男はあたしのことなんか見ていなかった。
ずっと自分を見ていた。
「美しい……今日の私も、あまりに美しい」
「……自分で言うんだ」
ナルシスは、そこでようやくこちらを見た。
「君がアキノ・ツカサか」
「うん」
「悪くない」
「どうも……?」
「だが、私ほどではない」
「そこ張り合ってないよ」
『競技テーマ――自己愛』
「自己愛?」
『己を愛する力。それもまたイケメンに必要な資質です』
「そうかなあ……」
ナルシスが手鏡を掲げる。
「美とは、自覚されて初めて完成する」
鏡が一斉に光った。
「ナル様ー!」
「こっち向いて!」
「いや、鏡見てる横顔がいい!」
歓声が、美男力になってナルシスへ集まる。
鏡が増えた。
十枚。二十枚。三十枚。
全部にナルシスの顔が映っている。
「さすがに多くない?」
「私は一日に三千枚、自撮りをする」
「多いよ!」
「そのうち納得できるのは三枚ほどだ」
「厳しいよ!」
ナルシスは手鏡をしまい、今度はスマホを取り出した。
「ちなみに今日は、まだ千八百枚しか撮れていない」
「十分多いよ!」
カシャカシャ!
角度を変え、髪を払って、また撮る。
「試合中だよね!?」
「美は記録されなければならない」
「自撮りしてるナル様いい!」
「角度分かってる!」
「自分の見せ方うますぎ!」
スマホのフラッシュが鏡に反射して、さらに美男力が跳ね上がる。
ナルシスは、鏡に映る自分へ微笑んだ。
その瞬間、鏡から反射した美男力が、光の刃になった。
「ミラー・スラッシュ!」
「うわっ!」
あたしは横へ逃げる。
でも刃は鏡を反射して、角度を変えて追ってきた。
「ずるくない!?」
「美は逃がさない」
「その言い方やめて!」
観客席がざわつく。
「ツカサちゃん逃げてる……」
「必死……でも目つきが綺麗……」
「かわいい……」
『アキノ・ツカサ、美男力上昇。ただし自己愛によるものではないため上昇分は80%カットされます』
ナルシスは小さく笑った。
「やはり君は分かっていない」
「何が?」
「人に愛される前に、まず自分を愛さなければならない」
「それはまあ……いいことだと思うけど」
「だろう?」
ナルシスの顔が少し明るくなる。
「あなたみたいに、自分のことそんなに好きって言えるの、ちょっと羨ましいかも」
会場が静まり返った。
「今の……」
「羨ましいって言った……」
「ツカサちゃん、自分のこと好きじゃないの……?」
「守りたい……」
「自己肯定感を育てたい……」
「何その応援……?」
『アキノ・ツカサ、美男力急上昇』
「なんで!?」
『自己愛の欠落が、逆説的に庇護欲と育成欲を刺激しています。それが他己愛となり、アキノ・ツカサの自己愛として変換されています』
「もう何でもありじゃん!」
ナルシスの顔が固まった。
「待て」
「何?」
「なぜ、己を愛していない君が、自己愛のテーマで力を得る」
「あたしが聞きたいよ!」
「美しくない」
ナルシスの声が震えた。
「それは美しくない。美とは、自分を愛してこそ――」
鏡が増える。
会場を埋めるほどの鏡。
そのすべてにナルシスが映っていた。
「見ろ! 私を見ろ!」
観客席が少し引いた。
「ちょっとしつこい……」
「顔はいいけど圧が……」
「自分好きすぎて怖い……」
ナルシスは気づかない。
「私は美しい! 私こそが美しい! 私以外の美など――」
「自己愛って、そんなに押しつけるものなの!?」
あたしが思わず叫んだ瞬間、鏡の一枚があたしを映した。
乱れた髪。
少し困った顔。
切れた制服。
自信なさげなのに、逃げずに立っているあたし。
「ツカサちゃん映った!」
「鏡に映ると破壊力ある!」
「ナル様の鏡なのにツカサちゃん見ちゃう!」
ナルシスが振り返る。
「私の鏡が……私以外を……映している……?」
『ナルシス・ヴァレンティ、美男力急落』
「やめろ」
鏡が次々と、あたしを映し始める。
「やめろやめろやめろ!」
ナルシスは手鏡を覗き込んだ。
そこにも、なぜかあたしが映っていた。
「私が……映らない……?」
「いや、それはあたしも困ってるんだけど」
鏡が一枚、また一枚と、あたしを映していく。
どこを見ても、あたしの顔だった。
『鏡面支配権、移行』
「そんな権利あるの!? これ、勝ってる状況で合ってる?」
「違う!」
ナルシスが首を振る。
「私だ! 私を映せ! 私を! 私を――」
ナルシスは震える手でスマホを構えた。
「最後に映すのは私だ!」
「この状況で自撮り!?」
カシャ。
その瞬間、ナルシス自身がまぶしく光った。
「えっ、自分で光るの!?」
ナルシスの光が、鏡に跳ね返って会場中に広がった。
どこを見てもナルシス。
その中心でナルシスは笑っていた。
「最後の私も、やはり美しい……」
『ナルシス・ヴァレンティ、美男力マイナス』
そのまま、ナルシスは光の中に消えた。
最後に、ナルシスの手鏡だけが床へ残されてた。
『鏡面美男』
『ナルシス・ヴァレンティ』
『自撮DEATH』
「ちょっと上手い……」
『Aブロック三回戦 第二試合』
『勝者』
『美少年女子』
『アキノ・ツカサ』
「鏡面支配権って何だったの……?」
もちろん、誰も答えてくれなかった。




