ミリィのアルバイト探し
とある日の朝方。
朝食を終えた俺とミリィは、テーブルを挟んで向かい合い、真剣な表情では話し合っていた。
「兄さん、大事なお話があります」
「うむ……」
「前々から言っていましたが、今日こそ本格的に動き出そうと思います」
ミリィの瞳に映る意思は固い。
今までなんだかんだと理由をつけて先延ばしにしていたが、今回ばかりは厳しいかもしれない。
ミリィは一呼吸おいてから静かに、しかしはっきりと告げる。
「私、働きに出ようと思います」
「…………」
「兄さん?」
「だ……」
「だ?」
「駄目だあああぁぁぁぁぁッ! やっぱり、許可できない!」
だって考えてみてくれ! 獣人種のミリィが働くんだぞ? 絶対に同僚とか上司に苛められるに決まっている!
その現場を想像するだけで、胸が締め付けられるようだ。
「俺はミリィが悲しむところなんて見たくないんだぁぁぁぁッ!」
「なんで私が悲しむこと前提なんですか」
「駄目だ! やっぱり賛成できない!」
お兄ちゃんは許可しません!
俺はミリィにも負けない意思の固さを態度で示すが、
「もう、兄さんの分からず屋! 私だって少しは兄さんを支えてあげたいんですよ!」
と、ミリィも声を張って反論してきた。
その言葉の後半に今度は胸を打たれ、感動に声が漏れる。
まさか、そこまで俺のことを……
「兄さんの稼ぎでは正直言って赤字です!」
……ん?
「貯蓄もない、稼ぎは低い、借金まである。そんな状況では私だって心苦しいんです!」
お、や? 話の雲行きが怪しくなってきたぞぉ?
「だから私は、家計を支えるためにも、アルバイトがしたいんですっ!」
ガーン!
お、俺の稼ぎでは物足りないと申すか。確かに、家計簿なんてつけてないし、ろくな収入と支出の計算なんてしたことがなかったけど……
もしかして、俺の収入……低すぎっ!?
「そんなわけで今回ばかりは止めても無駄ですからね……って、兄さんどうしたんです?」
「ごめんなさいごめんなさい。収入低くてごめんなさい。甲斐性なしでごめんなさい……」
思わず謝らずにはいられなかった。己の不甲斐なさにいい加減、絶望する。
薄々感じてはいたのだ……
週休3日(自主休暇)はやりすぎだ、と。
俺が懺悔を繰り返していると、ミリィの「行って来ますねー」という声と共に玄関が閉まる音が聞こえた。
はっ! こうしてはいられない。
ミリィの決意が固い以上、止めることはできないだろう。ミリィはあれで頑固なところがある。
なら、せめて変な店に引っかからないように見守らなければ!
俺はミリィを尾行して、影ながら見守ることにした。
え? 今日は仕事に行かなくていいのかって?
ばかやろう! 仕事なんて行ってる場合じゃねえ! ミリィの未来がかかってるかもしれないんだぞ!
「心配するなよ、ミリィ! 俺がついてるからな!」
俺はミリィの後を追って、家を飛び出した。
迷いのない足取りで街中を歩くミリィを尾行していく。
看板や建物の陰に隠れながら、こそこそと後を追う俺の姿に通行人の奇異の視線が突き刺さるが、気にしない。
しばらく歩いた後、ミリィが辿りついたのは俺も良く知る場所、ギルドだ。
若干ためらいがあるのか、数分くらいその場できょろきょろしていたミリィは意を決して受付へと向かい、声をかける。
「あ、あの……っ!」
「こんにちは、あれ? ……あなた確か、ユーマ君と一緒にいた子じゃなかった?」
「は、はいっ! アルバイトできるところが無いか探してるんですけじょっ!」
人見知りのミリィは早口で喋ったせいか、最後の方で噛んでしまっている。可愛い。
受付で対応してくれているのは……運がいい、アンリさんだ。彼女なら、間違っても悪いようにはしないだろう。2人の視界からできるだけ外れるように移動して、その会話を盗み聞く。
「ユーマ君は一緒じゃないの?」
「兄さんは私が働くのに賛成じゃないみたいで」
ミリィの答えにアンリさんは「うーん」と、悩むそぶりをして、
「そういうことなら、仕事の紹介はできないかなあ」
と、ミリィに告げた。
「な、なんでですかっ!」
「やっぱり保護者の意向は無視できないからかな。それに、ユーマ君に恨まれたくないしね」
「ぐぬぬ……兄さん、どこまでも立ちはだかりますか……」
「やっぱりユーマ君に相談するのが一番だと思うわよ」
「……相談しても、許可してくれなかったんですよ」
しゅん、とうな垂れるミリィ。
そんな様子を見て、アンリさんが周りをきょろきょろと見回してからミリィの耳元に顔を寄せ、何かを囁いている。この距離では流石に聞こえないのが歯がゆい。
それからミリィは「ありがとうございます!」と元気に応えてから、どこかへと向かって行ってしまう。
なんだ? アンリさんは何て言ったんだ?
俺はミリィを追うことも考えたが、まずはアンリさんから情報を聞きだすことにして、彼女の元へ大急ぎで向かう。
「アンリさん!」
「え、ユーマ君?」
俺の突然の登場に驚くアンリさんに構わず、急かすように言葉を続ける。
「さっき、ミリィに何ていったんですか!?」
「ユーマ君もしかして、ミリィちゃんを見張ってたの?」
「見張ってたんじゃないです! 見守ってたんです! そんなことより、さっきミリィになんて言ったんですか!」
似たようなことじゃない、と呟いたアンリさんは呆れた顔をして俺に告げる。
「ちょっとした職場の斡旋よ」
「そ、それは一体、どこの……?」
緊張して声が固くなっている俺の問いに、
「ユーマ君はちょっと過保護すぎ。女の子の成長は早いんだから、そんなに心配しなくても大丈夫よ」
そう言ってはぐらかすアンリさん。
まさか、アンリさんが敵に回るなんて……
「ところで、ユーマ君。今日は依頼受けていかないの?」
「ミリィの一大事なんです、仕事なんてしていられませんよ!」
アンリさんにそう告げて、時間が惜しいとばかりにミリィの後を追う。
駆け出していく俺を見て、アンリさんが「ミリィちゃんが苦労するのも分かるわ」と呟いたが、幸か不幸か俺の耳には届かなかった。
「くそっ! 完全に見失った!」
ミリィの捜索は予想以上に難航していた。
すでに日が頂点を越えて久しい。一日中駆けずり回った俺の身体が、空腹を主張する。
ミリィはお腹を空かしてないだろうか、悪い奴に絡まれてないだろうか、迷子になって泣いていたりしないだろうか。
そう思うといても立ってもいられず、思わず叫んでしまう。
「ミリィィィィィィィィ!」
「なにやってんですか、師匠」
「……なんだ、ニーナか」
「反応薄っ!」
叫ぶ俺の隣にいつの間にか、ニーナが立っていた。
突然叫びだした俺を怪訝な目でみながらニーナが聞いてくる。
「ミリィがどうかしたの?」
「いや、ミリィが見つからなくてな……あいつ、本当にどこいっちゃったんだよぉ」
ミリィの居場所が分からない事態なんて、これが初めてじゃないだろうか。
律儀で賢く、可愛いミリィは買出しに行くときも書置きを忘れないのだ。ミリィの行方が分からないだけで、こんなに不安になるなんて思わなかったぜ。
見つけられぬ焦りと、何かあったのではないかという恐怖に、情けのない声が漏れる。
「うううう……」
「ミリィならさっき会いましたよ」
「なんだとっ!?」
ニーナの言葉に俺はマッハで詰め寄り、情報を吐かせんとニーナのからだをぶんぶんと振り回す。
「どこだ! どこで会った! バカ弟子! さっさと教えろ! さもないとブチ殺すぞ!」
「い、痛い怖い気持ち悪い!」
身体を揺らされながらニーナが抗議の声を上げるが、そんなこと知ったことではない。
苦しげな表情のニーナは口を開き、告げる。
「……気になるなら、師匠も行ってみる?」
鶴の一声、ならぬバカの一声で俺たちの目的地が決定した。
「いらっしゃいませー……って、兄さん!?」
「ミリィ!」
俺とミリィは今朝ぶりの再会を果たしていた。
感極まった俺は、給仕服姿のミリィに抱きつく。
「ああ、会いたかったぜ、ミリィ!」
「どうして兄さんがここに……?」
「ボクが連れてきたの」
「ニーナさん、兄さんには言わないでって言ったのにぃ」
「あははっ、ごめんごめん。師匠が憐れで見ていられなくなってさ」
「ミリィィィィィィィィ!」
「兄さん、今は仕事中だから、また後でね」
ミリィはそう言って、配膳の仕事へと戻っていく。
そう、ここは居酒屋『夜の蝶』。俺もよく通った見慣れた店だった。
カウンターで酒の注文を捌いていたババアが俺を見て、声をかけてくる。
「全く、駄目だ駄目だと思ってはいたが、ここまでとはね」
「こら、ババア! ミリィはちゃんと働いてるだろ! いちゃもんつけてんじゃねえ!」
「ワタシが言ったのはあんたのことさね」
「なら良し!」
「いや、師匠。良くはないでしょう。いろいろと」
俺の評価が低いのは前からだから構わない。
しかし、『夜の蝶』か。この店はニーナも知っていたし、ニーナがミリィを見つけてもおかしくない。
というよりも、いつもなら昼はここで取ることが多い。
探し回らず、いつも通りに依頼を受けていればもっと早く会えたかもしれなかったな。
「ところで、ユーマ。勝手に雇うことにしちゃったけど構わないのかい?」
ババアの問いに、俺は少しだけ悩んでから言葉を返した。
「いいよ。ここなら安心して任せられるからな。ただし、ミリィがヘンなのに絡まれたりしたら命賭けて守れよ」
「老い先短い年寄りに、命まで賭けろってのかい」
「老い先短いなら別にいいだろう。ミリィの未来のほうがよっぽど大事だ」
やれやれとババアは仕事に戻っていく……
「人は変われば変わるもんだねえ」
そんな風に、呟きながら。
俺はニーナとテーブル席に座り、ミリィの働きっぷりを眺めることにした。
ぱたぱたと給仕するミリィ、可愛いなんて思いながら。
「ユーマぁ! 注文しないなら出て行きな!」
……ババアが水を差しやがって。
結局俺はミリィを待って、閉店の時間まで『夜の蝶』に居座った。薄情なニーナは先に帰りやがったが。
店を閉めたババアはミリィに今日の給金だと、いくらかの金を渡す。
「今日はありがとねえ。忙しくなる週末辺りにまた頼むよ」
「はいっ! ありがとうございました!」
嬉しそうな表情のミリィとの帰り道、
「あの、兄さん。私が勝手に働いたこと……怒ってます?」
その途中、ミリィが恐る恐るといった感じに聞いてくる。
「いや、いいんだ。むしろ、俺のほうこそ悪かったな。俺の勝手な都合でミリィの未来を制限しちまって」
ミリィが働くことを禁止するのは、ミリィの自立を阻害する行為でしかない。振り返ってみれば、俺は独善が過ぎたように思う。過保護すぎるといわれても仕方がない。
そのことをミリィに謝ると、ミリィは「いいんです、心配してくれたのは嬉しかったですから」と言って、俺の手を取る。
そうだ。俺はミリィのことを子ども扱いして、ずっと守ってやる側の目線で立っていたのだ。でもそれは違うのだと気付いた。
俺の影に押しやり守ってやるのではなく、こうして並んで歩けばいい。嬉しいときや、悲しいときは手を取り合って。
ニコニコと俺の横を歩くミリィを眺めて、そう思った。
「ところで兄さん、今日の依頼はどうでした?」
「…………」
こうして俺は、何度目になるかも分からない説教を受けることになりましたとさ。
ちなみに、居酒屋『夜の蝶』の看板娘としてミリィの人気が爆発したのはまた別の話。




