『悪夢』はもう見ない
「だから、そうじゃねえってバカ! もっと魔力を込めろ! 変異性が足りてねえ!」
「これでも精一杯やってるよ!」
「ったく、鬼人種っていうならこれくらい軽くこなして見せろっての」
「分かったよ、ちょっと権能開花するから血を吸わせて」
「嫌だっつってんだろ! あれやられると結構気持ち悪くなるんだよ!」
「えー、いいじゃん! 師匠の血はおいしいから、癖になるんだよね」
「ただ、飲みたいだけかよっ!」
俺とバカ弟子は言い争いながら今日も廃棄区にて修行を続けていた。
ある程度時間が立った頃、俺たちは小休憩と近くの岩に座り込む。
この付近の廃棄区も、修行場所としてすっかり馴染んでしまったな。周囲を眺める俺に、ニーナが嬉しそうな顔で呟く。
「体、良くなったみたいだね」
「おう、ミリィがうるさいから激しい運動はできないけどな」
魔人種との激戦。
あれからすでに1週間が経っていた。
限界突破を行った俺の体はぼろぼろで、療養を余儀なくされた。本日、ようやくミリィから歩き回ることを許可されたので、こうしてニーナの様子を見に来たというわけだ。
まあ、このバカ弟子は毎日のようにうちに飯をたかりに来るので、全く久しくもないのだが。
「本当に、ありがとね。師匠」
「ああ、良いってことよ」
思えば、俺とニーナは奇跡のような出会い方をしている。
2年前のあの日も、1ヶ月前のあの出会いも。
2年前のことを俺がしっかりと覚えていたとしたら、こうして仲良く並んでお喋りなんてしていなかっただろう。そういう意味で、今の関係は奇跡的に成り立っているのだと、思わされる。
「なあ、一つ聞きたかったんだけどさ」
「なに?」
「お前は俺のこと覚えていたんだろ? だったら何で俺のこと付け回したりしたんだよ」
思い出したら襲い掛かってくるかもしれない相手だ、俺なら怖くて傍にいられない。その点だけが、違和感として俺の中にあったのだ。
「んー。ボクにも良く分からなかったんだけどさ。多分……どこかで殺して欲しかったんだと思う」
「俺にか?」
「うん。正確に言うなら死に場所を探してた……ってところかな」
半年前に、ニーナは家族を失った。
そのときに死に損なったから、死に場所を求めていたと、そういうことだろうか。
「俺には理解できない感情だな」
「はは、師匠は生き汚いもんね」
「うるせえ、悪いかよ」
「ううん。そんな師匠だから、ボクは救われたんだよ」
俺とニーナにはいろんな偶然と、いろんな感情が絡まりあって今の関係が出来上がっている。
妹に対する罪悪感のようなものは、多少ある。でも、俺にはこの少女を殺すことなんて絶対に出来ないだろう。
それくらいに、この少女に情が沸いてしまっている。
それに情状酌量の余地もあると思うのだ。家庭環境、出遭った場所、権能の暴走。色々と不運な要素があって、あの悲劇があったのだ。今はそのことを悔いているようだし、俺のことも助けてくれた。
『夜の蝶』での一件も、そう思えば納得がいった。ニーナはただ、俺のことを守ろうとしてくれていたのだ。
全てを知った今、俺はこの少女を赦している。
もちろん、ニーナと出会ったことを良かったなんて思えない。妹の死に関わっているのだ。良かったなんて、思えない。だが、それでも……
……ニーナと『再会』したことは、素直に良かったと思えるのだ。
「ニーナ」
だから、俺は素直な気持ちを伝えることにした。
「俺はお前のことを恨んでなんかいないし、死に場所を提供してやるつもりもない」
「……ん」
「だからさ……これからは死に場所じゃなくて、生き場所を探せよ。それなら俺も――協力してやるからさ」
俺の言葉に、ニーナは微笑んでから優しい声音で返した。
「……大丈夫だよ、生き場所ならもう……見つけたから」
そう言って俺の腕に抱きついてくるニーナ。ニーナの言っている意味が分からないほど、俺は鈍感ではない。やれやれと、新しく背負い込んだ荷物にため息をつく……ふりをする。
端から見れば、歪な関係に見えるかもしれない。
それでも、構わない。大切なのはそんなことではないのだから……
「と、ところで、師匠。この前、ボクのことを好きだって言ってたけど……あれってどういう意味だったのかなっ!」
ニーナとの出会いを振り返り、余韻に浸っている俺にニーナが真っ赤な声で聞いてきた。
「どういう意味って?」
「い、いや僕の勘違いだったら恥ずかしいからやっぱりちゃんと確認しておこうかなって思って……その……師匠のこと、そう思ってもいいのかな?」
恥ずかしそうにそう言って、足をぶらぶらさせながら近くにあった石を軽く蹴り転がすニーナ。
ここで口を濁すのも男らしくないだろうと思い、断言してやる。
「ああ、いいぜ」
「そ、そっか」
嬉しそうなニーナ。
今まで見たことが無いほどに、幸せそうだ。こういうのを満面の笑みというのだろうな。ニーナの笑顔を見ていると、こっちまで幸せな気分になってくる。俺は、さらに喜ばせてやろうと言葉を続ける。
「ニーナは俺の大切な、『弟子』だぜ」
「…………えっ?」
……あれ? 言葉のチョイス間違えた?
「……あ、ああ。ちょっと表現が控えめだったな」
「そ、そうですよねー! もう、師匠ったら照れ屋なんだからー!」
「悪い、悪い。んじゃ改めて……ニーナ。お前は俺の大切な、家族だぜ」
「………………」
あれぇ? 俺の最大級の親愛表現のつもりだったのだが。
「い、妹みたいなもんだよな! いや、妹のポジションはすでにミリィがいるし……弟子だから、弟みたいなものか?」
「……師匠の」
そこで一度言葉を区切ったニーナは、硬く握った拳を振りかぶり、叫んだ。
「バカァァァァァァアアアアアアアアアッ!」
「ふげらっ!?」
鬼人種の本気の一撃を食らい、宙を舞う俺。
「もういいよっ! 修行再開するっ!」
そんな俺をおいて、ニーナはさっさと行ってしまう。
「な、なぜだ……」
置いて行かれた俺は、ただただ困惑していた。
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本当にあり得ない。
あんなこと言っといて、弟はないでしょ! 弟は!
宿屋に戻ったボクはそんなことを思いながら、ベッドにダイブして、バタバタと手足をばたつかせる。このやるせない思いを誰かに発散したくて堪らなかった。
ふと視線を移せば、師匠からもらったグローブと鋼糸が見える。それを見て、まあ、それでもいいかなって思えた。
今日は疲れたし、もう寝ようと布団を被る……
『この人殺しっ!』
いつか言われたその言葉。
ずっと心の奥にくすぶり続けている罪の記憶。
それを溶かしてくれたのは、奇しくもその感情を与えた人だった。
背後を見ると、青年と少女の姿が視界に映る。
…………ああ、今日はいい夢を見れそうだ。




