決着
俺は小太刀を構えて、眼前の敵を見据える。相手は魔人種の男……ウーノだ。俺が見てきた魔人族の中でもかなり強い部類に入るだろう。だが、退くわけにはいかない。
後ろで弟子が見ているのだ。師匠として、かっこ悪いところは見せられねえ。
「燃え盛れ──《デア・フレア》!」
先手を打ったのはウーノ。魔術が発動し、彼の手から炎の渦が出現する。
範囲の広い炎の魔術は戦闘においてよく使われる手だ。防ぐ手札がない以上、かわすしかない。
俺は炎の渦を回避するように移動するが……回避した先にはすでにウーノが回りこんでいた。
「はあああああぁぁぁッ!」
「おおおおおおおおおッ!」
激突する両者。
身体能力において、人類種は魔人種に勝てない。
それが分かっているから、ウーノは魔術を囮にして接近戦をしかけてきたのだ。
パァァァァンッ!!
破裂音にも似た音と共に、振るわれるウーノの拳を左手で受け止める。
大気が震え上がる。
重すぎる拳に押され、後退するも防戦一方ではいられない。
今度は俺の番、と首を狙った一閃はしかし、流石の身体能力で軽々と交わされる。それでも体勢は崩した。
小太刀の次は回し蹴り。胴体に打ち込まれるはずのそれは、
「甘ぇッ!」
「……がはっ」
カウンターの要領で行われうウーノの肘撃ちに、吹き飛ばされる。
「ははは! 前回と何も変わらないじゃないか! 下等種!」
「うるせえ!」
小太刀を振るが、たかだが1年程度の修練の太刀筋ではウーノを捕らえることができない。
「なあ、なんでお前はそこまでしているんだ? 俺たちはずっと調査してたから分かるが、お前とあの吸血種にはそれほどの付き合いはないだろう。人類種というのは、たかだが2週間程度の付き合いで情が沸き、命を賭けてしまうほどに愚かなのか?」
小太刀を軽々と交わしながら、ウーノが理解できないといった声音で尋ねてくる。
瞬間、変わる攻勢。
さきほどとは逆に、打撃を捌きながら……ああそうだなと、ウーノの言葉を認めて口を開く。
「確かに、たったそれだけの付き合いしかねえよ」
「なら、何故?」
ウーノ問いに、俺ははっきりと告げてやる。
「それは、俺が……あいつの師匠だからだよっ!」
俺は言った。付き合いの長さと思いの深さは、関係ないと。ミリィに言った言葉だが、ニーナに対してだって同じだ。
アトラの話を聞いて、ニーナのことを知って、ようやく思い出したことがあるのだ。
ニーナに一言告げてやるまでは、退くわけにはいかない!
回避をやめた俺の身体に、ウーノの拳が刺さる。
「あああああっ!」
吹き飛ばされそうになる衝撃にも構わず、小太刀を振り抜く。
「……ッ! この狂人がッ!」
ウーノは俺の捨て身とも言える特攻に面食らい、大きく距離をとった。
僅か生まれた戦闘の間隙に、俺は宣言する。
「ああ、お前の言うとおり俺は愚かなんだろうさ。でも、それで構わない」
自分で決めた道だ、だったらそれが愚かと罵られようと何を恥じる必要があるというのだ。
俺は小太刀の切っ先をウーノに突きつけ、叫ぶ。
「俺は、俺の決めたことを貫くだけだ!」
守りたいと思った者を今度こそ、守り抜く。
それが俺の、俺自身に立てた誓いだ。
「はっ! 吠えるな下種が。どれだけ強く思ったところで、お前は俺には勝てん! その事実が変えられない以上、お前はただの負け犬だ!」
叫ぶウーノの言葉は……正しい。
結局は、勝者が全てを手に入れる。命も、利益も、正しさも、全ては勝利という条件の元に成立する権利だ。
勝てなければ意味がない? ならば簡単だ、
「だったら、勝ってやるよ」
勝てばいい。
ただそれだけのことだ。
「見せてやるよ、愚か者の……本領をな!」
これは封印してきた奥の手。前回はニーナに血を吸われていたこともあり、発動できなかったが。今度こそ守るために……俺の全てを賭けてやる!
「魔力兵装……『限界突破』!」
高らかに叫ぶ俺の体から魔力が噴き出す。
際限なく飛び出す魔力量に、紅色に変色した大気はオーラのように俺の身体を包んでいく。
魔力に反応し、俺の体中に赤い線が奔る。これは俺の身体に刻まれた刻印、奴隷時代に魔人種ども弄られ、獲得した俺の奥の手だ。
「何だ……ソレは……っ!」
ウーノの呟きに、俺は……
「……行くぜ」
人間の出せる速度の限界を何層にも突破し、駆けた。
あまりの速度に、俺の通った後に空気の渦が巻き起こる。
ヒュッ…………ドォンッッ!!
赤いオーラを残像のように引き連れた俺の拳が、ウーノの体を深々と捉える。
「ぐ、は……ッ!」
これは俺の固有魔術みたいなものだ。俺の魔力は持続性と集束性が致命的に低い。だが、操作性と変異性。中でも変異性に関して言えば、自信がある。ではそんな魔力で何が出来るだろうか?
刀や鋼糸に魔力を通せば、切れ味が増す。
魔弾ならば、その威力を増すことができる。
ならば、身体に魔力を通したらどうなるか?
「まだ、終わらせねえぞ!」
その答えが……これだ。
殴り、蹴り、撃ち、弾き、斬り、吹き飛ばす。
俺は人類種を超越した動きで、ウーノを追い詰める。
「ぐ、う……この力はなんだっ!」
吹き飛ばされたウーノは、驚愕の目で俺を見てくる。
「何って、ただ体を魔力で強化してるだけだ」
「ば、バカな! それほどの魔力で体を覆って、無事でいられるわけがない! 貴様! 何をしている!?」
魔力を体に纏うのは自然と誰もがやっている技術だ。ただ、俺の場合はその規模が段違いなのだけ。
普通はそんなことをすれば無茶な使い方をした体が悲鳴を上げる。そう、だから俺は……
「無事なんかじゃねえよ」
骨は軋み、筋肉は歪み、血液は暴れまわる。切り傷を受けたわけでもないのに、身体に亀裂が走り、血が溢れる。これを満身創痍といわず何という。
この技は、諸刃の剣だ。
刻印により、体組織をなんとか維持してはいるものの、すでに身体はぼろぼろだ。
己の身体を壊しながら戦う。まさに、愚か者の所業だろう。
「お前……バカか……」
「だからそう言ってんだろ」
「ちいっ! くそがああああああああ!」
ウーノが再び、襲い掛かってくる。
前回とは全く違う。今度は見える、動ける、戦える。
俺は、襲い掛かるウーノの拳と蹴りを同じように迎撃していく。嵐のように感じていたそれも、今では余裕をもって対処できている。
「燃えろ──《フレア》!」
短い詠唱。規模は小さいながらも、この近距離ならそれもあまり関係ない。
回避することはできなかった。ならばいっそ、と俺は炎に焼かれながら、進撃を続ける。
「がっ……」
俺はウーノの魔術を完全に無視して突っ込むことで、小太刀をやつの体、その中心に……差し込んだ。
刃を伝い、血が滴る。
その血は俺達と同じ、真っ赤な色をしていた。
「は、はは。まさか人類種にやられるとはな……」
「心配すんな、相打ちみてえなもんだ」
俺の言葉にウーノは苦笑いを浮かべる。
「ちく、しょうが……」
ウーノはそう言って、バタリと後ろ向きに倒れ込む。
抜けた小太刀を軽く振って血糊を払う。既に魔力は消して、元の状態に戻っている。やれやれ、なんともしんどい相手で……
……ドクン……
「ぐ、ふ」
思わずその場に膝を着き、吐血する。人間の限界を超えた動きを見せたのだから、当然反動はある。
体中が悲鳴を上げている。俺は小太刀を杖のように立てながら、周囲を見回す。
「魔人種はもう1人、いたはず……」
ウーノのそばに寄り添うようにいた女の魔人種がいたはずだ。
そちらはヘンリエッタさんが相手をして時間を稼ぐ手はずになっている。早く、加勢に行かなければ……
「あ、そちらも終わりましたか」
そんなときだ、なんでもない様子でヘンリエッタさんが現れたのは。
「へ?」
「こちらも予想以上に時間がかかってしまい、援軍に来るのが遅れてしまいました。申し訳ありません」
そういって頭を下げるヘンリエッタさんに戦闘をした様子は見当たらない。
「えーと、魔人種の女は?」
「少し、眠ってもらっています。ええ、永遠にね」
そういってうふふと笑うヘンリエッタさん。
……こ、怖ぇ。
というかこの人、俺も相当に苦労した魔人種とのタイマンを傷一つなくこなしたっていうのか? 一体何者だよ。はあ、自信なくすなあ。
「とにかく、助かりましたよ。ヘンリエッタさん」
「こちらこそ、お疲れ様でしたユーマ様」
俺たちは互いの健闘を称えてから、帰りの支度を始める。
「ほら、帰るぞ。ニーナ」
行きにはなかった荷物も忘れない。
しかし、ニーナはその場を動こうとしない。なにかあったのか心配になった俺は、ニーナの元に重い足を動かして歩み寄り、声をかける。
「どうした」
真剣な顔のニーナは俺の言葉に……
「……ボクは師匠に言ってなかったことが……僕と師匠は……2年前にあったことがある」
ぽつぽつと、泣きそうな顔で独白を始めるニーナ。
始めてあった時から、気付いていたこと。
修行と称して、俺に付きまとっていたこと。
それら全てを打ち明けた、後……
「ごめんなさいっ!」
ニーナはそう言って俺に頭を下げた。
銀髪の隙間から、ぽろぽろと雫がこぼれるのが見える。そんなニーナに、俺はどう応えるべきか悩んでいた。しばし言葉を選び、俺が発したのは真っ直ぐな答えだった。
「ニーナが2年前にあった子だってのは……ここに来る途中に思い出してたんだ」
恥ずかしながら、俺は妹の仇をそうとはすぐに気付けなかった。
言い訳をさせてもらうなら、2年前にあったときはニーナは権能を発動していて、髪の色が真っ赤だった。そのため、銀色の髪で現れた新人をあのときの仇と、繋げることができなかったのだ。
ニーナの権能を発現した姿を見て、アトラの話を聞き、俺はようやく思い出していた。俺の妹を殺したやつのことを。
思い出したその時、不思議とニーナに対する怒りは……沸いて来なかった。
「なんで……気付いてたのなら……なんで、助けに来たのっ!?」
ニーナの疑問ももっともだ。
怒りの沸いて来なかった理由。それはきっと……
「お前のことが、好きだからだよ」
「……え?」
間抜けな顔をさらすニーナに、告げてやる。
「最初はめんどくせえ奴だと思ってた。でもさ、一緒に依頼して回ったり、修行したり、ミリィと飯食ったりしてさ。お前のこと……好きになっちまってたんだよ」
「えっ……え!?」
「それにさ、お前には廃墟で2回助けられた。だったら、俺も2回助けなきゃ採算があわねえだろ?」
1回目は守りきれなかったが、その分は2回目の健闘でチャラにしてもらいたい。
「で、でも。ボクは師匠にもっと助けられてるよ……最初に会った時だって……」
「何言ってんだよ、俺は男だ。一度や二度くらいは無償で助けてやるさ。ただし、借りだけは返す。恩も仇もな。俺はそういうやつだぜ」
「ハハハ……そうだったね……うん、それでこそ師匠だよ」
ニーナはそう言って苦笑する。
仇を恩で返す。俺がしたのはまさに、そういうことだ。
本当に、訳が分からないことをしていると、我ながら思う。
「お前の師匠の凄さが分かったら、俺の言うことをちゃんと聞くこと。もう二度と俺を庇って戦おうとなんてするんじゃねえぞ」
言いながら、ニーナの額をデコピンしてやる。
「はい……」
額をさすりながら、なぜか嬉しそうな声を上げるニーナ。ドMかよ、こいつ。
「それじゃ、帰るぞ。疲れてんだ」
俺は、ニーナに背を向けて馬の元へと向かう。
だから、反応できなかった。
「師匠……大好きっ!」
後ろから俺の体に抱きついた少女に俺は……堪えきれず、その場で倒れこむ。
「え? えええ!? 師匠どうしたの!?」
割とヤバイ倒れ方をする俺に今更心配するニーナ。
怒鳴りつけてやりたいが……無理。
「今、本当に体やばいから……やめろ……」
「わわわ! ご、ごめんなさい!」
「この、バカ弟子が……」
「師匠ーーー! 死なないでぇぇぇぇええ!」
「あなたたちは何をやっているの……」
ヘンリエッタさんの呆れた声が、やけに虚しく耳に響いた。
あ、やばい。意識落ちそう。
またこのパターンかよ。俺はそう思いながら意識を闇に落としていった。




