権能開花
夕食後、俺とニーナは作戦を練っていた。
「今晩は様子見だ。まずは情報を確認して決行は明日にする」
「一気に叩いたほうがよくない?見つかったときのことを考えると厄介だよ」
「相手は魔人種だ。用心するに越したことはない」
「魔人種か……」
ニーナはそこで、僅かに顔を曇らせる。
「どうした」
「いや……多分関係ないと思うから大丈夫」
何か引っかかるものがあるのかも知れないが、あまり踏み込んで聞くのもどうかと思い、それ以上追求はしないことにする。
「万が一の際は戦闘に入ることも考えておこう」
「了解」
「一応いっておくが、鋼糸は使うなよ」
「え、駄目なの?」
「技量とか以前に俺とお前が一緒の場所で使うと危ない。なるべく使わない方向で行こう」
いろいろと制限の多い鋼糸術だが、今回の作戦立案でチームを組んだ場合も使用には気を使わないといけないことに気付いた。
今頃気付くって、どんだけソロプレイだったのかと自分で自分に突っ込む。
「むー、試せると思ってわくわくしてたのにー」
「ヤバくなったら逃走用の障害物として設置してもいいし、状況しだいでは使ってもいい。要は同士討ちしないように気をつけようなってことだ」
連携なんてあってないようなものだ。
せめて、お互いを阻害しあうのだけは避けるべきだろう。
「分かった」
「よし、それじゃあ行くぞ」
俺たちはミリィに出かける旨を伝えてから家を出る。
目指すは廃棄区の一角。一際高い廃墟の中に魔人種の一団は陣取っているらしい。建物の構造もチェックする必要があるな。
「(行くぞ)」
「(了解)」
俺たちは決めておいたハンドサインで連絡を取り合う。
前後左右に注意しながら、ゆっくりと探索を進めていく。
ここからは、いつ遭遇してもおかしくない。
俺は最新の注意を払いながら進んでいく。
違和感を感じたのは30分ほど歩き回った頃だ。1階の捜索を終えて、2階へと進み捜索しているのだが、敵は未だにその影すら見せない。
足跡やゴミなどからここで生活しているものがいることは分かったが、肝心のその姿を見つけることができないのだ。
「(師匠、師匠。あの部屋とか怪しくない)」
俺の体を叩いてきたニーナのサインで俺は部屋の奥に一際大きな扉を発見する。
「(確かに、匂うな)」
だが、扉を開けると音がする上に向こうの様子が見えない。
遭遇する危険が高すぎる。
「(師匠、行ってみようよ。鉢合ったときはすぐに戦闘に入ればいいだけだよ)」
「……(よし、行くぞ)」
ニーナの後押しもあり、俺はその部屋をのぞいてみることにした。
扉は両開きの引いて開けるタイプのようだ。
俺は、ドアノブに手をかけ、ゆっくりと……
「師匠!」
「っ!」
ニーナの声で、俺は反射的にその場を飛びのく。
直後足元が発光して、轟ッ! と、炎が爆発的に広がる。
この現象、間違いない……魔術だ。
設置型、条件起動型。
おそらくドアノブを回す事で発動するタイプの術式が組まれている。
こんな複雑な魔術、かなり高い持続性と操作性が必要だ。生まれた炎にしてもこの規模だ、変異性もかなり高いと見ていい。
こんな芸当ができるんだ、まず間違いなく魔人種の罠だろう。
しかし、助かった。ニーナのおかげで間一髪、炎を回避できた。
ほっとしたのも束の間、扉の奥から派手な音と共にいくつもの光が飛んでくる。
飛来するそれは、魔弾と呼ばれるものだ。
魔力を術式を介さず飛ばすそれはただの砲弾と大差ない。速度や、威力はそれほどでもないのだが……今回は数が多すぎる。
俺は直前でその軌道を変えながら襲い掛かる魔弾を何とかかわしていく。
壁にあたったり、時間経過で消えていく魔弾。
「下種にしてはやるじゃないか」
「……っ!」
声が聞こえたのは耳元。
前方に意識が行き過ぎて、後方から迫る敵に気付けなかったのだ。
キンッ
甲高い音と共に、襲撃者と……ニーナの刃がぶつかる。
「師匠、油断しすぎ!」
俺と襲撃者の間に入り、襲撃者の刃を受け止めたのはニーナは前もって渡しておいたナイフをうまく使い、襲撃者の剣を払っている。
襲撃者はフードをしていて顔が見えないが、声と体格から男と予想する。そんな襲撃者と小さな少女であるニーナが切り結んでいる。
力で押し切られていないのは、それだけ鬼人種の身体能力が高いからだろう。
ニーナの見た目以上の強さに押し切ることを諦めたのか、襲撃者はバックステップで距離をとった。
ニーナも深追いすることなく、俺と背中を合わせ全方位に警戒を向ける。
突然の襲撃にも慌てず周囲が見えている。
ニーナは思ったより優秀な戦闘員のようだ。
「助かった」
背中合わせに礼を言う。
都合2回も危ないところを助けられた。これではどちらが年長か分からないな。
「どうする? かなり状況は悪いけど」
「だなあ。素直に帰してもらえればそれが一番なんだけど」
俺たちを囲むのは6つのローブ姿の人影。
6人……情報にあった全員だ。まさに、最悪の状況。
あの設置型の魔術から見ても、俺たちの襲撃はバレていたとみていい。
……だが、どこで情報が漏れたんだ?
「カッカッ。密談って言うのは、遮蔽物のあるところでやったほうがいいぜ。魔術の中には音を拾うものだってあるんだからなあ」
俺の様子を見て、楽しそうに襲撃者の一人が口にする。
さきほど俺の背中をとった、一番がたいのいい男だ。
「なるほどね、運悪く俺たちの会話は聞かれてたってことか」
俺がぼやきに、男は再び愉快そうにカッカッカと笑う。
「……なんだよ」
「運悪く、ねえ。実はそうでもないんだなあ、これが」
「どういうことだ」
俺は会話しながらニーナにタッピングでサインを送る。『鋼糸を使う、動くな』と。
だらだら喋ってるバカに目に物見せてやる!
バッと腕を掲げ、鋼糸に魔力を流し込む。
『鋼糸術・閃断』
6本の糸が、6人の首を飛ばすため奔る。
不可視の刃が、敵の首を刈り取る……はずだった。
「弾け飛べ──《デア・フリッカー》」
「なっ……!」
俺の鋼糸は、たった一度の魔術で呆気なく弾かれた。
鋼糸を弾いた魔術は精度、威力共に高い。種族間格差を感じる魔術に俺は面食らう。
だが、それ以前に……
「俺の糸が、なぜ見えてるっ!」
極細の刃を弾かれた俺の叫びに、男は……
「ああ? ……はははっ! そうかそうか、人類種には見えねえんだったなあ魔力が!」
と、高らかに笑う。
その口ぶり。まさか、こいつら……糸に纏わせた微量の魔力が見えているのか!?
鋼糸の本領はその攻撃の見えにくさある。
極薄の糸が飛んでくるのだ。初見での回避はまず不可能。故に、必殺。俺は絶対の自信を持ってこの技を使ってきたが、まさかこんなあっさり防がれるなんて……
「次はこっちから行くぜ。燃え盛れ──《デア・フレア》」
「くっ!」
うな垂れている暇はない。
6人の詠唱に、生まれる炎の魔術も6つ。
6方向から迫る炎の渦に、回避できるだけの隙間はない。
ならば、隙間を作るのみ!
小太刀に魔力を通して切れ味を増した後、地面を切りつけ、鋼糸も同時に動かして足元を切り進める。
「新人、下だっ」
『鋼糸術・天崩し』
俺たちは切り刻んだ地面と共に1階に落ちる。
「逃げるぞっ!」
1階にダイナミック降下を果たした俺は悩むことなく、逃亡を決断する。
奇襲が失敗した以上、勝ち目は薄いと判断したのだ。
俺の指示にニーナは、
「……師匠は逃げて。ボクはここに残って戦う」
なんて、ふざけたことを抜かし始める。
「はあ? 何言ってんだよ」
その言葉に俺は呆れて、ニーナのほうを向き、息をつめる。
俺に技を教えろと迫ったとき以上の闘志。いや、殺気といったほうが正しいだろう。
「あの男に見覚えがあるの。あいつらの狙いはボクだと思う」
「お前だけ置いて逃げれる訳ねえだろっ!」
議論している暇はない。
俺は、強引にでも連れて逃げようとニーナの細腕を掴む。
その時、不意にニーナが俺の首元へと顔を近づけてきて……
「ごめんね」
微かな痛みが首元に伝わると同時に、力が抜けていく感覚。これは、まさか……
「んっ。師匠の魔力、凄い」
「なに、を……」
……吸血、されたのか。
口元から俺の血を滴らせながら、微かに微笑んだ後、ニーナは呟く。
「師匠はすぐに逃げて。ここはもうすぐ……地獄になるよ」
ニーナはそう言って、鬼人種のみ許される権能を発動させた。
《嗚呼、狂わしき我が血統よ。応え、猛れ、燃え滾れ。ただ一時の華と知れ──》
ニーナが紡ぐのは権能を発動させるための呪文……祝詞だ。
《──我らの誇りは喰らうこと。今こそ、強者の首を噛み千切ろう──》
祝詞に合わせるように、ニーナの銀髪が紅に染まり、その額に漆黒の角が2本出現する。
《──権能開花・血の逆襲》
鬼人種の権能、血の逆襲。
この世で最もおぞましい権能が今……顕現した。




