来訪者
ニーナはあれから強く迫ってくることもなくなった。
1日に1回は様子を見るために会いにいっているが、長く一緒にいることは減り、その間もニーナは黙々と廃棄区にて修行を続けている。
強くなることに貪欲。
ニーナの種族を知った今では、それも少し分かる気がした。鬼人種は魔人種と戦争をしている種族だ。敵を殺すため、自分を守るため、力が必要なのだろう。
そんな生活を1週間ばかり過ごした頃、俺はアトラに呼び出され彼の屋敷へと来ていた。
「魔人種の一団がこの街に来ているだって!?」
「ああ、確かな情報だ」
いつになく真剣な様子のアトラは俺の言葉に頷いている。
魔人種は他の種族への敵対意識が強い。
人類種の生存圏である帝都になんて来る訳がない。来たとしても、それはよからぬ事を考えてのことだろう。
「ったく面倒な」
「ユーマには彼らの暗殺を依頼したい」
やっぱそうなるか。
「彼らを野放しにすることはできない。魔人種ということで、ユーマに抵抗感があるようなら断ってもらってもかまわない」
確かに野放しには出来ない、だろうな。
状況を理解した俺は、
「もう2年も前の話だ。俺の中でとっくの昔にケリはつけてる」
なんて嘯いて、依頼を受けようとする。
「嘘つきなよ、ミリィちゃんのおかげでちょっとはマシになった程度じゃないか」
「なんでそこでミリィが出て来るんだよ。変態は全ての出来事に幼女が関わってないと気がすまないのか?」
「……やれやれ、自覚してなかったのだとしたら結構な重症だね」
アトラはそう言ってアメリカ人みたいなポーズでやれやれと主張した。
その仕草に割りと本気でイラついたが、今はそんなことを言っている場合ではないと自重する。
「人数、潜伏場所を教えろ」
「詳細はここに、できるだけ早いうちに頼む」
渡された紙に視線を落とし、内容を確認していく。
「6人か……正直厳しい」
「補助要員をつけようか」
「それがいいだろうな」
魔人種は十三種族第六位に位置する。
怪物の域には届かないまでも、相当に強い。魔人種の人間はそのほとんどが魔術師になれるほどに高い魔力と魔力性質を持つ種族だ。
魔術というのは非常に強力だ。
魔術を使えるものと使えないものでは、拳銃を装備しているといないほどの差があるといっていい。
つまりは拳銃で武装したテロリスト6人をナイフ1本で撃退するようなものだ。奇襲の有利があるとはいえ1人でやるには少々きつい。
「……なんだよ」
気がつけばアトラが意外そうな顔でこちらを見ていた。
その顔がなんだかムカついたので少し口調が荒くなる。
「いや、やっぱり変わったよ。昔のユーマならチームを組むのに躊躇っていたと思うよ」
「……かもな」
言われてばそうかも知れない。
チームやパーティといったものが苦手な俺はそれらを避けていた。
便利屋の依頼にしても、共同のものは端から選択肢から除外していた。パーティを組んだ記憶もアルベルトに無理やり組まされたとき以外、記憶にない。
「今回は事が事だからな。しょうがない」
「ふふ、そういうことにしておくよ」
なんだよ、ふふって。きめえ。
「それじゃあ人員はこっちで選定しておくからまた後で……」
「いや、メンバーはこっちで見つけるからいい」
俺の言葉に再び、意外そうな顔のアトラ。
いい加減にしろ。
「ユーマ、君……頼れる人いたんだ!?」
「てめえは俺をどんだけボッチだと思ってんだ!」
俺は溜まりに溜まった苛立ちを爆発させて、アトラの屋敷を後にした。
メンバーのあてというのはもちろんニーナだ。
彼女の戦闘力は身をもって知っている。そう、十二分にな。
修行場所に行き、いつものように鋼糸の修行をしていたニーナに事情を話すと、あっさりと了承した。
「師匠が行くところならもちろんついて行くよ!」
ニーナはアホの子だ。特に深く悩むこともなく、テンション高く引き受けてくれた。
「今回は結構危険な任務だからな、いろいろ打ち合わせしておくぞ……ひとまず落ちつけるところに行きたいな」
魔人種の潜伏場所は廃棄区、つまりはこのエリア内だ。
うっかり聞かれるかも知れない可能性を考えれば場所を移すしかない。ばったり遭遇する危険も考えると、ここにはもう来ない方がいいだろう。
この1週間近く、遭遇しなかったのは本当に運がよかった。
「だったら師匠の家に行こうよ」
「うぇ!?」
変な声がでた。
「だって誰にも聞かれる心配なくて、落ち着ける場所でしょ? 師匠の家が一番だと思うけど」
「それもそうだが……」
家にはミリィがいる。
なんとなくニーナとミリィを合わせたくない自分がいた。
「まあ、それしかないか」
アトラの屋敷という手もあったが、あの場所はフラストレーションが溜まる。1日に2回も行きたくはない。
他にいい場所も思い付かなかったので、俺の家に案内することにした。
家に着き、玄関を開けると……
「おかえりなさーい」
俺の帰りに気付いたミリィの声が聞こえてきた。
「た、ただいまー」
「おじゃましまーす」
ミリィの言葉に、俺とニーナが返事をする。
「あれ、お客様?」
ニーナの声に来客を察したミリィが奥の部屋からぱたぱたとやってくる。
夕食の支度をしていたところなのか、可愛らしいエプロンを着ている。エプロンというかミリィ可愛い。
ミリィとニーナの目があう。
「兄さん、こちらの方はどちらさまですか」
あれ、ミリィの機嫌が悪いぞ。
俺を見る視線も心なしか冷たい。
「いや、こいつはただの仕事仲間だよ。特に深い関係じゃない」
俺はなんで、浮気相手と歩いているところを妻に見つかった夫みたいなことを言っているのだろう。
後ろ暗いところは全くないのに、ミリィの視線を受けていると自分が悪いことをした気分になってくる。
「はじめまして、ボクはニーナ。ししょ……ユーマとは、そうだね、お互い唯一の関係と言っておこうかな」
なんか、ニーナの言い方に含みを感じるのは気のせいか?
なんか、ミリィの視線がさらに冷たくなった気がするのは気のせいか?
「兄さん? 深い関係じゃないんじゃなかったの?」
「いやいや、全然深くないぞ。出会って2週間経ってないし、全然赤の他人だよ!」
慌てて否定するが……
「……兄さん、私も出会って1ヶ月少ししか経ってないんだけど……赤の他人なのかな……」
しまったぁぁッ! 言葉のチョイス間違えたぁぁぁッッ! 俺のバカやろう!
「ミリィ! 思いの強さの前に過ごした時間なんて関係ない! お前は俺の妹で、俺はお前の兄貴だ! 赤の他人の訳ないだろう!」
まさに必死。
「兄さん……」
若干潤んだ瞳で俺を上目遣いで見てくる。
「俺の家族はミリィだけだ! 愛してる!」
「兄さんっ!」
ガシッ。
熱い抱擁を交わす俺たち。
なんとかミリィの機嫌は保たれた。
「でも、師匠の理屈で言うと自分と何かあってもおかしくないってことじゃないかな?」
「せっかくのいい場面なんだからお前は黙ってろ!」
水を差す一言を放ったニーナに怒りを込めて睨む。
誰のせいで家庭崩壊しかけたと思ってやがる。これ以上うちをかき乱すな!
「兄さん、せっかくのお客さんなんですからちゃんともてなしましょうよ。私が来てから始めてのお客さんですし」
「……まあ、ミリィがそういうなら」
「連れてきておいて酷い言い草だー」
「えーとニーナさん? でいいかな」
「いいよー。自分もミリィって呼ばせてもらうね」
ニーナは一瞬ミリィの頭部、正確にはその耳に目を送ってニヤニヤと笑い出す。ニーナは俺の体に身を寄せて、耳元で喋りだす。
「彼女、獣人種だよね。そんな子と兄妹って……なんか訳ありみたいだね。今度、話きかせてよ」
「いいだろう別に、放っとけ。他人の家庭環境を詮索すんな」
ニーナにそれだけ言って、俺達はいい加減玄関から移動した。
リビングへと移動した俺達は、ニーナが増えて3人分になった夕食を並べ、夕食をとる。
「へえ、それじゃあニーナさんは兄さんに戦い方を教わっているんですね」
「そうそう、師匠ってば結構だらしなくてさー。指導とかかなり適当なんだよね。付きっ切りだったのは最初の日だけでそれ以外はほとんど放置だし」
「あー分かる。兄さんってそういうところズボラだよね」
「釣った魚に餌をやらないタイプだね」
「あははっ! そうそう、そんな感じだよね!」
きゃっきゃうふふと展開されるガールズトークに口が挟めない。
というか2人とも、本人がいるところで本人の話題はやめてくれ。いたたまれない。
2人の共通点ということで話題になるのは仕方ないが、もう少し内容をだなあ……
悶々とした気分のまま、食事を取る。
ミリィは同年代の友達のようにニーナに接している。ミリィは俺のときとはまた違う楽しそうな様子だ。
別に寂しくはない。
ミリィが笑ってくれるならそれだけで俺は満足だ。
……やっぱり寂しい。
「新人、飯くったら仕事の話をするんだ。さっさと食え!」
「はーい」
「あ、ごめんなさい。時間取っちゃって……」
「み、ミリィは悪くないって! いや、俺も少し焦らせすぎたな。ほら、新人! お代わり食っていいぞ!」
また落ち込みそうなミリィをぎりぎりフォロー成功。
なんか今日は言動が裏目裏目を引いている気がする。やはり、ミリィとニーナを合わせるのはよくなかったか。
責任転嫁し始める俺の様子に、ニーナは……
「師匠って家ではそんな感じなんだね。いつもと雰囲気違うなあ」
と、含みを持たせる笑みを浮かべる。
「兄さんって仕事中どんな感じなの?」
「基本ぶすーっとしてるよ。接客業だけはやらせちゃ駄目だね、あれは」
「兄さん目つき悪いからなあ」
「そうそう、この前一緒に街を歩いていたら師匠が人とぶつかってね。そしたら、師匠の顔みた相手の人……ぷぷっ、凄い勢いで謝って逃げていっちゃってさあ」
「機嫌悪いときの兄さん、本当に顔怖いよね……ふふっ」
その現場を想像したのかミリィまで口を押さえて笑いを堪えている。
俺は結局いつもの3倍近く時間をかけて夕食をとる羽目になった。
でもまあ、たまにはこういう賑やかなのもいいかもしれない。
俺とミリィの2人だけではこうはならないだろうから。その点だけは、新人を褒めてやってもいいかもしれない。
「あ、お代わりもらっていい?」
「お前、少しは自重しろよ」
自分の家のごとく振舞うニーナに俺は一瞬で評価を覆し、その頭にチョップを落とすのだった。




