鬼人種の権能
この世界には『出会ったら脇目も振らず逃げろ。いや、逃げても無駄だろうから遺書でも書け。いや、その時間ももらえないか』と言われる種族がいくつかある。
十三種族のうち、危険度の高い順に並べられた位階序列の一位から五位までの怪物たちだ。
その中の一つ。十三種族・第四位、鬼人種。
高い身体能力と魔術適性を有するまさに怪物。とはいえ、普段はそこまで大きな脅威ではない。単純な性能から言えば、十三種族第八位の獣人種にも劣る程度なのだが、その恐れられる所以は鬼人種の権能にある。
見た目に大差がないことも多い十三種族の分類を決定付けるものとして真っ先にあがるのが権能だ。権能とはその種族にのみ現れる特殊体質のことなのだが……
鬼人種の権能は、多種族のそれに比べて異彩を放っている。
『血の逆襲』。
これが鬼人種に与えられた権能の名前。
吸血という行為により、対象の魔力体力気力を奪い自身に転化する、下剋上の能力。
1対1なら、吸血種よりも上位の種族であろうと喰われかねない。
ナチュラルボーンのリベンジャー。それが彼ら、鬼人種なのだ。
「鬼人種、か」
俺の呟きをニーナは……
「うん、そうだよ」
と、なんでもないかのように肯定する。
俺は鬼人種の知識を呼び起こしながら、自身をそれだと語る少女に視線を送る。
確かに人類種ではないと思っていた。
しかしせいぜい妖人種とかその程度のものだと思っていたのだが……まさか、鬼人種とは。
「あれ? 思ったより驚いてないね」
「驚きすぎて表に出てこないんだよ」
鬼人種、か。2年前の出来事を思い出させるね。
妹の死は、未だ俺の心の奥底に深く根を張るトラウマだ。
動揺を見透かされないように、俺はおちゃらけた雰囲気で口を開く。
「しかし、あれだな。新人が俺を師匠って呼ぶのはかなり違和感あるな。お前、俺よりよっぽど強いだろ」
「だろうねー。でも、師匠ってのは強い人がなるものじゃないでしょ」
「そんなもんか?」
「うん。師匠は師匠のままでいいと思うよ」
その日はニーナに修行道具といって鋼糸とグローブを預けたまま、その場を後にした。
ニーナの告白後、俺は相当ぎこちなかったと思うが、そのことに関してニーナは何も言わなかった。彼女にも思うところがあるのだろう。
俺がまた明日、と告げると妙に嬉しそうだったのが印象的だった。
「…………」
「兄さん、何かあったんですか?」
その日の夕食。
ミリィと食卓を囲んでいるところで、突然ミリィがたずねてきた。
「……そう見えるか?」
「はい、何か心配事とかあったら私に相談してくださいね」
「心配事、なのかなあ」
いまいち自分の感情が分からない。
心配なのか、警戒なのか、畏怖なのか……俺自身、ニーナに向ける感情を把握し切れていない。
「兄さんはぶっきらぼうで、自分勝手で、考えなしですけど」
「……酷いな」
「兄さんは優しい人です。しっかりと向き合えたなら、きっと悪い結果にはなりませんよ」
「……ありがとな、ミリィ」
本当によく出来た子だ、ミリィは。
獣人種と人類種のハーフである少女。俺は少女と共に生活しているのだ。種族の違いなんて、それほど深刻に考えるものなどではないのかもしれない。
ニーナが鬼人種であるということで、萎縮してしまっていた。
これは魔人種に感じる感情に近いものだ。自分より上位の存在にある他種族、それだけでも当然怖いが、それ以上に2年前の出来事が俺に強い苦手意識を生みつけていた。
「なんか少しふっきれた気がするよ。ありがとな、ミリィ」
「どういたしまして」
まずは明日、ニーナに会いに行こう。
時間ならたっぷりあるはずだ。
俺はそう思い、ミリィと共に食事を楽しむことにした。
……この時の俺はまだ、気付いていなかった。
水面下で少しずつ、あの事件が迫っていたことを。




