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難易度ベリーハードの異世界生活  作者: 秋野 錦
第二章 帝都邂逅篇

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鋼糸術と魔術適性


「ではこれより、修行を行う」

「はい、師匠!」


 次の日、俺とニーナは帝都のはずれ廃棄区へと来ていた。

 帝都はその都市をいくつかの区に区切って呼称している。


 俺たちの住んでいるのは居住区、ギルドとアトラの屋敷は商業区にある。

 廃棄区はその名の通り廃棄された土地だ。いつかの戦争で建物が軒並み倒壊してしまい、復興の目処も立たなかったため、現在は捨てられた利用価値のない土地として扱われている。


 俺は人目がない近場としてここを選び、ニーナに稽古をつけることにした。一度教えると明言した以上、教えないわけにはいかない。


「まずは、俺が森で使った技だが……新人はどれくらいあの技について掴んでいる?」

「うーん。ほとんど分かってないよ。あの時は伏せていたからよく見えなかったし。あ、魔術じゃないっていうのは分かってる!」

「ほう、魔術と勘違いしているのかと思っていた」


 あれほど大規模な破壊を起こせるといったら魔術が真っ先に浮かぶだろう。


「それは最初からないと思ってたよ。師匠は人類種だし」


 ニーナの人類種だしという発言は、人類種の多くは魔術が使えないという常識からでたものだ。

 人類種は体内に溜め込める魔力量が他の種族に比べ極端に少ない。そのため、術式を展開できるだけの魔力が足らず魔術の発動ができないのが普通だ。


「まあ、そうだな」

「だから、どうやったのかなーって、すごく興味ある」

「じゃあ一度やってみるから、見てろ」


 俺は例のフル装備の状態で、近くの廃墟を指差す。

 いくつかある鋼糸術の中でも最も簡単なものを選ぶ。


 『鋼糸術・閃断』


 左手から伸びた数本の鋼糸に魔力を通して切れ味を増す。鋼糸は廃墟の壁を切り刻み、瓦礫へと変える。


「おおー!」


 ニーナが興奮した声音でぱちぱちと拍手を送ってくる。


「分かったか?」

「糸、ですね」


 思ったより間単に当てられてしまった。

 鋼糸は視認するのが難しいほどの細さなのだがな。


「よく分かったな」

「左手を見てれば分かるよ。ただ、普通の糸ではあんな風に壁を切り裂けないと思うんだよね。魔力を通して操作性と切れ味を増してたりする?」

「正解だ」

「まさか魔力をそこまで丁寧に扱えるなんてね、結構驚きだよ。さすが師匠!」

「ふふん、もっと褒めろ崇めろ奉れ!」

「いよっ! 師匠の技術は世界一ぃ!」


 新人の羨望の眼差しに気をよくする俺。


「でも、師匠。人類種の癖になんでそんなに魔力の操作うまいの? もしかして魔術師だったり?」

「いや、魔術を使うには才能が足りなくてな」


 人類種にも魔術を扱うものはいる。人類種全体の1%にも満たないごく少数だがな。


 魔術を使うには魔力と魔術適性が必要だ。

 適性とは個人個人の持つ魔力の性質の優劣で決まる。

 俺たちはそれぞれ違う特性の魔力を持っている。その特性は変異性、持続性、操作性、収束性の4つに分けられ、それぞれの特性がどれだけ強いかで魔力の質が決まる。


 4つの性質全てが優秀な魔力のこともあるし、逆もある。

 さらにこの特性が優秀であることに追加して、魔術を扱うだけの魔力量を持っていなければ魔術は使えない。これが魔術を扱える人間の少ない理由だ。


「じゃあ何で魔力の操作がうまいの?」

「昔、ちょっと叩き込まれてな」


 魔術が使えなくても魔力は使える。

 魔術というのは変異性の突出した火系統、持続性の突出した水系統、操作性の突出した風系統、集束性の突出した土系統に分かれる。

 術式によって魔力の性質をより強化したものが魔術であるため、魔力だけでもある程度の超常現象は起こせる。


 その証拠にと、俺は実演をしてみせる。


「俺は操作性と変異性が若干優秀でな。操作性によって鋼糸を手足のように動かして……」


 瓦礫の中でもそこそこ大きな岩の塊を鋼糸を使って宙に浮かす。

 ぱっと見は、岩の塊がひとりでに浮き始めたように見えるだろう。


「くっ、この重量だとかなりきついな……んで、変異性で切れ味を増す!」


 魔力を通し切れ味の増した鋼糸が岩の塊を切り刻む。

 小さくなった岩の塊はぼろぼろと地面に落下する。


「なかなかよく出来てるねえ」


 ニーナはそういいながら、鋼糸で作ったその滑らかな切り口を興味深そうに眺める。


「ぶっちゃけ鋼糸術って言ってもこの程度のものだ。練習すれば誰でも使えるようにはなると思うぞ」

「そうかなあ、結構すごいと思うけど。師匠はこれ、誰に習ったの?」

「ん? 鋼糸術か? 全部自分で考えて作ったけど」

「え! これ我流なの!?」


 俺の言葉にニーナは驚愕の表情だ。


「まあ、出来ないかなーって思っていろいろ試したらできたって感じだな」

「師匠が始祖だったのね。通りで聞いたことない戦い方だと思った……」


 ニーナは戦慄している。

 何か俺を見る目に畏怖のようなものが混じっている気がする。

 もともとは漫画で見た技をなんとか再現しているだけなんだがな。


「けっこう苦労したんでな、できれば教えたくはなかったんだが」

「自分、すっごいラッキーな気がしてきた」

「あまりべらべら人に話すなよ」

「それはもちろん。っていうか師匠こそよく自分みたいなどこの馬の骨ともしらぬ小娘に教える気になったね」

「お前が無理やり聞きだしたんだろうが!」


 昨日の暴挙を忘れたわけじゃねえぞ。

 あの時は死ぬかと思ったわ。


「ははは、強い人とか興味深い技とか見つけちゃうといても立ってもいられなくて」

「教えるって決めたんだ。いまさらごちゃごちゃ言ったりはしないがよ……教える代わりにあんまり無茶なことするな」


 俺の忠告にニーナは、


「……うん、分かった」

 と、言って深く頷き返したので……


「ならよし」

 気持ちに一区切りついた俺は、ニーナに用意しておいた予備のグローブと鋼糸を渡してやる。


「うわっ、この装備品かなり高そう」

「特注品だ。ワンセットで30万コルくらいする」

「高っ!」


 普通の装備に比べれば超高い。

 愛用の小太刀が5000コルだったのを思えばこの値段の高さも分かるだろう。何より鋼糸が高かった。あれほどの薄さの鋼となれば製造からして未知のものになる。

 王都にいた魔術師の力を借りて何とか完成した一品だ。


 ちなみに魔術師ってのは正輝のことだ。あいつは人類種の癖に魔術が使えるきわめて珍しい人物だ。それも、4系統全てに適性があるまさに怪物。勇者の称号は伊達ではないのだ。


「使わない分の糸はグローブに巻きつけといて……そうそう」

「じゃあ、魔力通してみるね。始めてだしちょっと離れていてね」

「はなからそのつもりだ」


 近くにいてばらばらにされては堪らない。

 俺が鋼糸の到達半径を超えたところでニーナはゆっくりと鋼糸を扱いだした。


「…………」


 目に魔力を送り、視力を強化する。魔力にはこういった使い方もできるのだ。鋼糸を視認できるだけの視力に上げた俺は、鋼糸の動きに注視してみる。

 たどたどしい動きではあるが、ゆっくりと動き始める鋼糸。

 ニーナは俺よりもセンスがあるかもしれないな。

 数分間鋼糸を使わせた俺は、ニーナの元に行き使用感を聞いてみた。


「動かすのは多分できるんだよね。ただ、自分の魔力は変異性が低いから師匠ほどの切れ味が出せるかどうか……」

「鋼糸自体の切れ味はそこまで高くないからな」


 実はこの鋼糸、普通に巻きつけた程度では切れ味がない。

 微妙に使い勝手の悪い武器だと常々思う。


「やっぱり適性が大事になってくるよなあ」


 鋼糸の扱いでダントツに必要なのが操作性だ。次に変異性。集束性と持続性は特殊な用途をしなければ必要ないだろう。


「見たところ操作性には問題なさそうだし、練習すれば使えるようになるだろ」

「自分もそう思う」


 断言しやがった。

 案外自信家だな、こいつ。人間謙虚なほうが生きやすいと思うぜ。


「というか師匠。鋼糸が扱えるだけの操作性と変異性があるなら魔術も使えるんじゃないの?」

「ん、そうなん?」

「うん。あっ、でも人類種は魔力量が足りないと駄目なんだっけ」

「魔力量は十分あるらしいから問題ない。新人から見たら俺って魔術使えそうなの?」

「うん。使えるだけの土台はあると思う」


 マジか。

 王都にいたころ正輝に教わって魔術を試したことがあったが、全く使えなかった。もしかしたら、鋼糸術を使うことで俺の適性が上昇したのかもしれない。


 そのことをニーナに話してみたら個人の魔力量と魔力性質は変化しないとのことだったので、俺の仮説は間違っているようだ。

 うーむ。もう少し詳しく研究すれば俺も魔術が使えるようになるのかも知れないな。


「ところで思ったのだが、新人よ」

「なんです」

「魔力とか魔力性質に詳しいみたいだが、お前何者だ?」


 お前何者だ。

 こんな言葉を口にする日が来るとは。中二っぽくて少し恥ずかしいが他にうまい言い回しも思い付かなかったのでストレートに言ってみた。


 というのもニーナに対して一つ思い当たることがあったのだ。

 ニーナは多分……人類種の人間じゃない。

 見た目は人類種と全く変わらないように見えるが、言葉の端々から人類種以外のものを感じ取れる。

 それに、ニーナが人類種でないとしたら先日の怪力にも説明がつくのだ。


「ありゃ、言ってなかったっけ」


 ニーナは何でもないように言ってから、


「ボク、鬼人種なんだよね」


 ……爆弾を、言い放った。




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