ニーナVSユーマ
「ねーねー師匠、あの技教えてー」
次の日。
「いいじゃん、減るもんじゃないんだしさー」
次の日。
「ねーねーねーねー」
次の日。
「ねー……」
「あああああああ! もう毎日毎日うっせえんだよ!」
連日付きまとわれていい加減、我慢の限界だった。
街中の路上で、突然叫びだした俺に通行人が目を向ける。ささっと俺達を避けるように動きだすあたり、よく訓練された帝都民だ。
「じゃあ、どうしたら教えてくれるの?」
「俺に付きまとうのをやめたら教えてやるから、二度と面見せるな!」
「それじゃあ教えてもらえないじゃん」
「それくらいお前の顔は見飽きたってことだよ!」
いい加減この少女をどうにかしないと面倒だ。
どうにかして、追い払えないかと思案する俺に、ニーナが……
「じゃあこうしない? これから組み手をして、ボクが勝ったら技を教える。師匠が勝ったら、もう二度と頼まない。これでどう?」
と提案してくる。
「組み手って……それだとお前が有利だろ」
宙を舞ったアルベルトの姿を俺は忘れてはいない。
「えー。師匠より遥かに小さな女の子に向かってそれを言っちゃうの? 師匠、男としてのプライドとかないの?」
「はっ、そんな安い挑発に乗るかよ」
「ろくでなし、根性なし、甲斐性なしぃ! ははっ! 師匠にぴったりの言葉だねっ」
「くっ……」
今すぐ殴りかかりたい。
が、我慢だ我慢。この程度では俺の沸点を超えられねえぜ。
「この童貞」
「よっしゃ戦争だゴラァ! その舐めたことほざく口を二度と喋れなくしてやっから表でろや!」
誰が童貞だこのやろう! ど、ど、ど、童貞ちゃうし!
「うわあ、狙い通りなのにここまで反応されると申し訳なくなるね……」
こうして、くだらない理由で俺とニーナの決闘が始まった。
さきほどまで避けようとしていた帝都民が喧嘩の匂いを嗅ぎ付けて、俺達を遠巻きに眺め始める。本当にいい性格をしている。
「それじゃあルールの確認ね。武器はなし。相手に参ったと言わせるか、戦闘不能に追い込めば勝ちね」
「いつでも来い」
武器の使用禁止。
これは俺にとってかなり不利な戦いと言える。
それでも時に、男には退けない戦いがある。今がその時なのだ。
女には分からない。童貞扱いされる屈辱が!
「それじゃ……遠慮なくっ!」
弾丸のように飛び掛ってくるニーナ。
ニーナの拳をクロスした両腕の中央で受ける。
「ぐっ!」
……重い。
なんとか耐え切り、俺は奥歯をかみ締めながらアルベルトとニーナの喧嘩を思いだす。
この少女が見た目以上の戦闘力を持っていることは疑いようがない。
気を引き締め、全力でニーナを取り押さえにかかる。
「ははっ!」
やる気を見せた俺に、ニーナは笑う。
狙うは関節。
行動不能に追い込んで言うことを聞かせる!
ニーナの嵐のような拳の連打を耐えながら、機を待つ。
「ふっ!」
ニーナ踏み込んだその瞬間に俺も同時に踏み込む。
ブンッ……と目測を誤ったニーナの拳が空を切る。
お互い前進した俺たちは、当然のようにぶつかる。
ここだ!
ニーナの胸を横なぎに押し込み、同時に足払いをかける。
腰を中心に逆方向に力を加えられたニーナはその場で転倒する。
はずだった。
「なっ!?」
完璧なタイミングで決まったと思ったが、ニーナは有り得ない反応速度でバク宙をして俺の足払いを回避した。
なんて運動神経してやがる!
バク宙と同時に俺の顎を打ち上げる様に拳を振るわれる。
体勢ゆえに体重の乗らないそれは俺の視界を揺らす程度の力しかなかない。そして、それだけで隙を生むには十分だった。
「ハッ!」
ニーナの拳が俺の腹部を完璧に捕らえる。
「ぐ、ふっ」
完璧に決まったそれに、思わずたたらを踏む。
「まだまだ行くよ」
そこからは一方的な展開だった。
殴る、蹴るの暴行にひたすら耐え続ける。
一度決まった守勢を逆転できるだけの力を俺は持っていなかった。
「はあっ、はあっ」
「あの技をどうして使わないの?」
ニーナの問いに、今は使えないのだと告げてやりたかったが、酸素を求める肺は言葉を喋ることを許さなかった。
鋼糸の技は嵌まれば凶悪だが、使用にはいくつかの条件がある。
まず、俺自身がグローブを装備していることだ。
今回は突然の勝負だったため装備していない。
さらに、地形が悪い。
鋼糸という構造上の欠陥だ。引っかかるものが少ないこの道の上では鋼糸は機能しにくい。
極めつけは下準備だ。
ヴルフの時は、ニーナに意識が行っている間に時間をかけて糸を撒き、設置することができたが、今のような遭遇戦では使えない。
尤も、鋼糸は武器に入るため、端から使えないが。
台詞から察するに少女は、どうやら俺がヴルフの群れに何をしたのかは本気で分かっていないようだ。
「余裕ぶりやがって……あんなもん使わなくてもお前ぐらいちょちょいのちょいだっての」
「ちょちょいのちょいって……ふふっ」
俺の言い草がツボに入ったのか、笑いを抑えきれない様子のニーナ。その瞬間に俺は攻勢に出た。
その余裕が命取りだと教えてやる!
それから数分後……俺は地面に伸びていた。
「私の勝ちだね。約束は守ってもらうよ」
か、完敗だ。
まさかここまで一方的にやられるとは……
「分かった……技を教えてやるよ」
「ほんとっ!?」
挑発に乗せられたからとはいえ、一度は了承した勝負だ。ここでひっくり返しては筋が通らないだろう。
「ああ、だが今日はもう疲れた。明日から教えてやるよ」
「分かった! 絶対だからね! 師匠!」
ニーナはそう言って去って行った。
面倒なことになったと、俺は重い身体を引き摺って家に帰った。
「いたた……」
「今日はいったいどうしたんですか兄さん。こんなに傷だらけになって帰ってくるなんて」
俺は擦り傷だらけの身体の治療をミリィに任せていた。
正確には、家に帰るなり俺の傷だらけの姿を見たミリィが問答無用で引っ張っていき今に至る。
「ちょっとな」
「便利屋の仕事ってこんなに危ないんですか?」
「いや、仕事はあんまり関係ない。街中でちょっと絡まれてな」
「この怪我でちょっとって……兄さんはそのトラブルメーカーな体質なんとかしてくださいよ」
「俺がトラブル作っているわけじゃないんだけどな」
「巻き込まれてる時点で似たようなものでしょう」
「……まあな」
ミリィはため息をつきながら俺の怪我を救急箱から取り出した応急セットで手当てしていく。
「まあ、そのおかげで兄さんに会えたわけですし……文句は言えないですけどね」
呟くミリィの言葉に、これ幸いと便乗する。
「そうそう、平凡な人生よりはある程度波風あるぐらいがちょうどいいと思うわけですよ、お兄ちゃんは」
「兄さんがそれ言うのは反省してないみたいでちょっとむかつきます」
「す、すいません」
まだ出会って1ヶ月程度しか経っていないというのにすでに頭が上がらない。
兄としての威厳がやばい。
「ちゃんと気をつけてくださいね。毎日こんな怪我されて帰ってこられたら……心配で落ち着かないです」
潤んだ瞳でそんなことを言われたらお手上げだ。
というか……可愛いすぎるっ!
「ちっくしょう、ミリィはなんていい子なんだっ!」
治療なんて投げ捨てて、ミリィの小さな体を高い高いする感じに抱き上げ、その場をぐるぐると回る。
「い、いきなり何するんですかぁ」
慌てる様子も可愛い。
「はっはっは、ミリィは可愛いなあ」
「おーろーしーてー!」
数分間ミリィの愛らしさを堪能した後、俺は子供扱いするなとミリィに叱られ正座させられましたとさ。




